2008年3月27日木曜日

コメント ありがとうございます

じゅんたろうさん コメントありがとうございます。 励みになります。

肌の色の違い、住む土地の貧富、使う言葉の違い、人それぞれの能力の違い、次は寒い氷と雪に囲まれた土地に生きるか、熱帯や砂漠での厳しい環境での生活。

どの地やどの親に産まれ出てくるかまったく選択権のない私たち。

全てが神の業です。 本当に神は地球上に住む人間に何をお望みなのでしょう。

これだけ生きる為の条件を違えて、その中で、「隣人を愛せ」「人を憎むな」難しいですね。

きっと理由があるのでしょう。 その理由が分からない故に、人は悋気の中で生きているのですね。  罪深きもの、それは人なり。ですかね。

2008年3月26日水曜日

じゅんたろうさんからのコメント

この問題にいつかお二方が触れるだろうと思っていました。 
日本と云う国にいる私は全く逆の立場にいるわけですね
。在日朝鮮人、華僑の人々、北方民族の人々や被差別部落の人々、各地に残るサンカとの共生問題です。どちらの側から見てもモンゴリアンに変わりありませんし、なん世代にわたって暮らしている人々と見た目の区別がつきません。この点は不幸中の幸いと言えるかもしれませんが現に差別があるのです。
ある識者の意見ですと、縄文時代にさかのぼる頃およそ三種類の違った民族が次第に融和して行ったのと弥生になりますとさらに多くの民族が渡来してきています。
前文部大臣が「日本人は単一民族だ」と発言しましたが認識不足です。 
残念ながら明治以後(一部はそれ以前)それらの人々に対する差別の記録が残っています。
二十一世紀になり新たな問題が出てきそうです。労働不足による中国、ブラジル、フィリピン、イランなどの人々の非合法な入国です。 まだ南北アメリカのような問題になっていませんが大いなる問題をはらんでいます。 如何捉えていけばいいのか考えなければならないでしょう。
じゅんたろう

2008年3月24日月曜日

麻薬

手負い虎さんいつもコメントありがとうございます。

人の心の中は難しいですね。 過去の歴史に向かって進むと、そしてそれを自分の身に置き換えると誰の気持ちも揺れるのではないですか。

『同国人が麻薬汚染されて』

一般的社会で生活している私たちには「麻薬」という言葉は身近な事柄ではないですが、取り締まりが厳しくて、 栽培を始めても捕まるケースが多いようです。

ただ言わせて頂ければ、麻薬の大半は中南米からの密輸です。

在るTV番組で、中南米の国の1つ、麻薬栽培の盛んな土地のある主人がインタヴュで答えていました。  

「自分は親の代から麻薬の栽培をしている、収穫の全部がアメリカへ行くのだが、最近取り締まりが厳しくなって困る。 この仕事で家族を養っているのだから、アメリカが買わないのなら、自分たちの生活をアメリカが保障しろ。」面白い理屈だと思いました。 自分の子供が転んでもアメリカが悪いの典型ですね。ただ驚いたのは、 TVのインタビュアーが、この農場主には、子供が五人、農場で働く人数が何人、その家族と。

栽培を止めれば、食べるに困る人が大勢出てくる、いったいアメリカは、この哀れな子供たちを路頭に迷わす政策をとってどうするつもりだって息巻いていました。

しかし需要と供給の社会です。 

我が家の息子や娘が中学校の頃から、学校のキャフェテリアでランチの時間に、自分の飲んでいるミルクとかジュースを飲みかけで席を立つなと注意されます。 ほんの少し席を外した隙に飲み物の中へ麻薬を落とされるからです。

馬鹿みたいな話ですが、事実です。子供に言わせるとこれは「ママ、これは常識です」と云われます。

子供たち向けのステッカー、ペロリと舐めて貼り付けるアレです。 一時期はあの糊に麻薬が含まれていると云われました。

夏の暑い盛りに、ベルを鳴らしながらワゴン車がアイスクリームやキャンデーを売り歩きますが、あの商品に麻薬が含まれていると云われ、あのワゴンがベルを鳴らしながら通ると、私は子供の耳を塞いだものです。

お酒やタバコは年齢に達しないと買えないけれど、 マリワナを手にいれるのには年齢制限がないと世間は笑っています。

街角に車を停車して窓を開けると、人が麻薬は要りませんか?と聞いてくれるそうです。 残念ながら未だ私のようなおばさんには聞いてくれません。

そんな中で子供たちが正常に育つのは、本当に大変なことなのです。 ですからご主人の同国人の人たちがアメリカに来たが為に汚染されるのは本当にお気の毒とは思いますが、やはりこれは本人の生き方です。もうアメリカという国がそうなのだと認識して、どんな誘惑にも、どんな強制にも負けない意思と知識をもたないと確かに麻薬常習者になるのは時間の問題のようです。

現在この国での成長段階で誰もが一度は試す機会があり、試し、その後にまた手を出すか、止めるかは本人の意思1つ。 選択権はおのおのが持っています。

もう何年も前の話ですが、エイドの末期になった息子を抱えた母親(74歳)が毎晩夜の街をさまよって売人を探し歩いていたそうです。  エイドの末期には大変な痛みが伴うのだそうで。 それを柔らあげるのはもうマリワナしかないそうで。しかし保険が無い為入院ができない。 時が経つにつれ、母親は経済的に困りました。 決して安いものではないから。そこで自分で麻薬の家庭栽培はじめました。これなら夜の街へ買い物に行く必要がないからです。

勿論それは警察の知るところとなりました。哀れにも、その74歳の母親は刑務所行きです。 

2008年3月21日金曜日

手負い虎さんのコメント

手負い虎 さんが投稿 "人種論’" に新しいコメントを書き込みました。

お!うまくいった。入れた入れた^^。
私はラテンアメリカ人と結婚していて、差別なら、いやというほど受
けています。しかもそれは仲間のはずの日本人から。高級な日本人にとっては、国際結婚でも等級があって、相手が白いか黒いか、中間色か、あるいは、相手の母国が国際社会でどういう位置にあるかによって、決まるようです。

私の場合、相手が日本のJICAが協力隊を送っている低開発国の人間なので、当然低級で、未知の日本人から、いきなり初対面で離婚を勧められたこともありますよ^^。案外、凄いのです。

多分、だから、「差別」に敏感なのです。「難民」となって、流れ流れて、日本企業に勤めた主人は、一番初めに「ぼく土人です。」という自己紹介を、意味もわからずさせられてきたようで、以後私は自称「日本土人」と名乗ってきました。

で、彼は、実は「アメリカ人」という「種族名」にものすごく頭にくるのです。「アメリカ人」という種族は、アメリカ大陸をのっとった「白い連中」ではなくて、原住民の自分達だ、と申しましてね。

で、そのグリーンガード目当てに、国境を越えた同国人が麻薬汚染されて帰ってくると、彼の心は揺れるようです。どのようにゆれるか、もうそこまで来ると、私の手に負えません。

姉は国際結婚ではありませんが、アメリカに永住して、子供達は「アメリカ人」です。一人は兵役を担って、イラクまでいって来たようです。その情報に対する、私の心は、かなり複雑です。

なお、こっそりいうと、「人種差別」の理由には、一理あると感じています。日本における関西人、関東人、東北人の区別のように、まさかそれによって、就職ができないほどではないとしても、別々のDNAを背負っていることは確実です。

私は今別居状態ですが、新婚のころの情熱が去った今、夫の国で老後を過ごすことを考えるには、かなりの抵抗を感じています。

2008年3月20日木曜日

人種論’

コメントをいつもありがとうございます。  コメントを頂くと、あーこんなブログでも誰かが読んでいてくれるのだとうれしくなります。 

人種論を口にするとか、書くのは確かに危険かもしれませんね。 人種の坩堝のアメリカに住んでいると人種問題は隣り合わせに生きているので日常茶飯事ですが、時には一触即発のケースもあります。

 

最近ではBigotという言葉をよく使います。辞書によると、「宗教、政治、人種に関して頑迷な人、偏狭な人」と出ています。差別ではなく、心が開けない人なのでしょう。 そういう意味では私はBigotかもしれない。

零細企業ですが、私も小さい商いをしていますが、時には外国からの取引があります、その相手国によっては取引をお断りすることもあります。 これも、 そのお国柄を考えてからの結論です。国によってその国のお国柄というものがあります。

従業員を雇うときも、 今では、年齢、国籍、男女、体の障害を理由に求人を断ることは規定に反するのですが、 どうしても、 その職種によってはその人の元のお国柄から来る習性が合わないのではと考慮して雇えない場合があります。

やはり私はBigotですね。  

『肌が黒いとこういう性格だと断定するのは、やはり危険だな』

ご指摘のように、うっかりするとこれは差別になりますね。  

私の主人は三代目のアメリカ人です。 違います、ドイツ系アメリカ人です。友人たちが集まっての会話中、何度「このドイツの頑固頭」と呼ばれるのを聞いたでしょう。 

「自分はイタリアンではない、言葉のサービスはしない」

「このイギリス人、偉ぶって提案ばかりせず、自分でやれよ」

「こら、そこのスペイン男、 もういい加減でカッカと興奮するな、頭を冷やせ」

みな国籍から来る国民気質を揶揄しています。ですが、笑ってやり過ごす人種と、ジメッと胸深く入れて陰気に怒る人も居ます。 それは仕方が無いことです。

日本企業の社員の奥様が、店頭で困っているのを見て話しかけた私に

「アノ、主人が申しますの、アメリカ人と結婚しているような日本女性とは口を利いてはいけないと、ですから失礼いたします」 これは「差別」です。最初は「軽蔑」なのかと考えましたが、私は軽蔑される云われはないので、これは差別なのだと自分で納得しました。 

通称グリーンカード、永住権をもっている私がもし国籍を取得しても「アメリカ人」とは呼ばれません。「ジャパニーズ アメリカン」と呼ばれます。

「メキシカン アメリカン」、「チャイニーズ アメリカン」、と母国の名前が頭につきます。

これを差別と感じたこともありました。他民族が最も帰化する国。他民族が多数商業として、勉学として来る国。

毎年試験を受けてアメリカ国籍を取得する人が多数います。 その中で何パーセントの人たちが、最低の国民の義務である「選挙への投票」「陪審員の義務」に従うでしょう? 多くの新しいアメリカ国籍の人たちが、面倒くさいから、自分には関係ないからと最初から投票権の登録もせず、それゆえに配達されることのない「陪審員への呼び出し」を良いことにする、自分の都合だけでの国籍取得。

ときとして受ける質問で、「あなたは何人ですか」に母国の名前を挙げる人がほとんどです。そして、「アメリカ国籍は持っています」と答えます。

徴兵制度で軍隊に入隊して人生の何年間を国民としての義務を遂行した人たち、徴兵制度が終わっても、志願兵として軍隊に所属する人たちやその家族の国に対する愛着とは少し違うようです。

それゆえ、

『市民権を持っていれば「アメリカ人」のはずだ。』

 というご指摘ですが、何がアメリカ人かに対してすこし違ってくるようです。

私が伝えないのは、 人はその国に生まれ、其の国で育ち、ある程度の教育も受けると、その人の命がある限り 母国の血は体の中で脈をうっているのだということです。そして、二代目、三代目の時代から土着民になるのかもしれません。

2008年3月18日火曜日

手負い虎さんからのコメント

「マニュアル」にコメント。

人種論は、危険だなあと思う。アメリカは多民族国家で、市民権を持っていれば「アメリカ人」のはずだ。
日本側はそういう「アメリカ人」でも日本人のDNAが入っていれば、わざわざ「日系・・世」と呼び、相手の
迷惑にもかかわらず、勝手に区別をする。

アフロアメリカンはアフリカ本土のアフリカ人と違って、歴史的に被害妄想が先行するのは、仕方が無い
として、多分、アフリカ本土のアフリカ人のほうが、アフロアメリカンより頭数が多いだろうから、肌が黒い
と、こういう性格だと断定するのは、やっぱり危険だなあと思う。

私はキリスト教も仏教も、本気で研究した結果思うのだが、この世界に「キリスト教国」はかつて存在した
ことが無く、「仏教国」も存在したことが無いこと。歴史的に支配者が、支配の都合によって、そのように
「宣言」したことがあるかもしれないが、両方とも、誰かが「宣言」すれば、達成できるような単純な代物で
はない。

私にいわせれば、西洋は、まだ「ギリシャ神話」の国で、日本は「天皇教」の国だ。オデッセイのような「だ
ますための知恵」がものをいうのは、キリスト教だからでなくて、「ギリシャ」教だからだ。法律がどうあろ
うと、人が死のうと殺されようと、「謝れば」精神が安定するのは、仏教だからでなくて、主体のあいまいな、
言霊の国だからだ。日本のカトリック信者だって、言霊が信仰の主体で、「それらしきもの」を信仰してい
ることにしている「天皇教徒カトリック派」に過ぎない。私もそうかもしれない。^^



R.M. de Escobar