2008年9月30日火曜日

じゅんたろう さんが投稿 "ハリケーン アイク" に新しいコメントを書き込みました。

いやいや驚きました。 日本のTVはそれほど詳しく伝えませんでした。 たいがい外国でのニュースは出来事を伝えるだけです。 当初はガルベストンの住民が膝上まで水につかり避難している様子が映っていたり、カテゴリー2に勢力を弱めたと報道していました。 ところがあくる日ヒュ-ストンに向かっていると報道され、市から脱出する物凄い車の列が放映されました。 こりゃ、日本の台風どころでは無いと心配しました。 日本では今年台風は殆どやってきません。 しかし物凄い雨台風が何度かやって来、郡部の整備の好くない山間部の道路は土砂崩れなどが発生しています。 温暖化の影響かこれまでとは異なったひと夏でした。 様子を書いて下さってちょっと安心いたしました。 お疲れが出ません様に。






じゅんたろうさん コメントとお見舞いありがとうございます。

三週間目に入りますが、まだ電気の通じていない地域は30万人ほど居ます。
 
中小企業や飲食店が一週間以上閉店を余儀なくされましたので、その期間に時間給で働く人たちの収入が止まり、 10月の家賃や光熱費の支払いに苦しむ人たちが増えるでしょう。

電気会社が、10月の電気代の支払いが遅くなっても 延滞金は請求しないなどとおかしなことを発表しています。 通じてない電気の支払いはできませんね。

どの家も出来うる限り破損した塀や庭木の整理をして、公の清掃機での回収を待っている間に、葉は乾燥し、まだまだ街全体はもとに戻っていません。

2008年9月25日木曜日

ハリケーン アイク

今月十二日に来襲したハリケーン アイクはヒューストンの中央を走る高速45号線をまっすぐに北へ向かって貫いた。
水面より低いガルベストン港とその町を破壊してヒューストンの街を突風でなぎ倒した嵐は自然の女神のお怒りや如何にと驚くばかりであった。

防風林とは良く云ったもので、古い町並みは大木で囲まれているゆえ、家が古くとも破壊されたのは庭の木々と塀で終わったが、新しく建てられた家並みは、二階建てのアパート群、コンドー、東部や西部からの若い入居者が好む大型の家が立ち並ぶ新しい住宅街はハリケーンをもろに受けて新築のはずなのに屋根を持っていかれた被害が大きかったようだ。植えて未だ数年の木は根っこから掘り起こされて倒れた。

ハリケーンの来襲と共に始まった停電は翌朝には二百三十万人の人が被害を受け街全体が冷蔵庫、TV,電話器、携帯電話の充電、コンピューター、と如何に毎日の生活が電気に頼っているか思い知らされた毎日を過すことになる。

テレビ、ラジオで食料と飲み水の買い置きを呼びかけていたのに翌日になると、食料、氷、飲み水の補給にFEMA の設置した教会や駐車所へ並ぶ列は長蛇となり、食料の買い置きをする経済がないのだと云われ、 如何にアメリカは貧富の差が多いか思い知らされた。

車しか交通機関の無いこの街の人たちは、ポンプが稼動しているガソリンスタンドを探すのが一苦労、やっと見つけても待ち時間二時間となる。それに加えて大半の人たちが買い込んだジェネレーターに必要なガソリン量に驚き、容器を持ってガソリンスタンドの列は又延びる。

街全体が停電とは、あらゆる信号が稼動しないことであるから、それでなくても右往左往の人たちの交差点でのトラブルも絶えない。 
数日間は大企業、小企業、商店、レストラン もう開いているのを探すことが出来ない。 
翌日には到着し始めた全米からの電気技師達の援軍が野宿をしながらの活動に対して、ラジオがかなきり声を挙げて、援軍の為の食料不足を訴え、ヒューストン市民へ食料のドーネーシオンを呼びかけている。

何処の地域が何時電気が通じるかの連絡網はインターネットで調べるようにと云うが、何処の誰のインターネットも不通になってしまい、それでなくても停電でPCも開けられないのにどうやって調べるのサ、と皆「?マーク」が頭に点滅するばかり。

我が家が位置する地域に電気が通じたのはなんと十日目。たとえジェネ
レターがあり、明かりも冷蔵庫もテレビもラジオも保持されていたがやはりいつもと違う生活を強いられることへのストレスは大きく、誰の顔にも疲労の色が出始めていた。

やっと今週になって大半の学校も始まり、職場も開始、それでも未だ三十万人の人は停電の生活を強いられている。  

2008年9月12日金曜日

手負い虎 さんが投稿 "わたしの大統領選  3" に新しいコメントを書き込みました。

「本題とは関係ない野次馬の質問」
実はこちらで小耳にはさんだニュースだけど、オバマサンが、「ブタに口紅」という言葉を使ったということで、相手の陣営が共和党の女性副大統領候補のことを豚にたとえたと言って、共和党が大騒ぎしているとありましたけど、外野としては、その受け取り方、どうかなあと思うのですけどどうでしょう。

まあ、どうでもいいけれど、うっかり私は「ブタ」はマケインさんで、「口紅」は当然女性を表していると思いましたけど。古い革袋に新しい葡萄酒みたいな、ごく一般的なことわざなのでしょうが、「ブタに口紅」というの、本人たちの気持ちはともかくとして、日本で流行しそう…

本当はどういう意味なんですか?



手負いさんご質問ありがとう。 

サッカー ママという言葉があります。 一般的に専業主婦が子供のサッカーの練習にSUV(大型の車ですね)の後ろに息子やそのチームを乗せて走りまわるお母さんたちのことを呼びます。 今では、一般家庭の主婦の代表的表現と思ってください。 そこで セラ ペイリン共和党の副大統領候補は受諾初めての演説で、自己紹介として、 自分の息子がアイスホッケーの練習をするので、(アラスカですから)ホッキーママと自称したのです。彼女は「ホッキーママとピットブル(狂犬に近い闘争犬です。 どんなに飼いならしても、少しの弾みで人を噛み殺します)の違いをご存じですか? それは口紅です」と言いました。 すなわち自分はピットブルに口紅を付けた闘争女性であるとアピールしたわけ。 
豚に口紅は、いろいろな人がスピーチに取り入れます。 状況が悪い状態に少しの化粧をしても何も状態が変わらないという意味です。  「こんな経済状態では、 豚に口紅を塗るようなもので、一日の終わりには、やはり豚に変わりがない」そんな表現です。

オバマが話していたのは、ブッシュ政権の経済状態を批判していたので、ブッシュ政権は豚に口紅だと云いました。でもそれを聴いていた聴衆が、その言い回しを即、ペイレン女史のピットブルに口紅の事にすり替えて大喝さいをしました。
しかし、オバマが批判されている事は、彼は頭脳明晰であるはずだから、聴衆が自分の言葉を誤解して喝采したのを百も承知のはずなのに、そのまま通したことが批判を受けています。 彼は自分の演説が違う方向へとらへられても構わなかったらしいです。
面白いことはオバマの演説を聴いていた人たちの多くは本当にペイレンさんの事を指して比喩したと信じているようです。 

2008年9月10日水曜日

わたしの大統領選  3

若い音楽家がカーネギーホールへの道はどちらですか?
カーネギーホールへの道は練習です。という言葉があった。 成功への道はただ一つ。努力である。石の上にも三年。 結果が欲しかったら、諦めるな。どれをとっても忍耐と努力の必要な生活だ。己の信念や技量を信じても、浮き沈みも、紆余曲折もあるが、一つの道を歩きとうした人は最後には幸せに巡りあえるだろう。
自力で立ち上がった幸せ。ある評論家によると、共和党の原点はHow do we get there「そこへ辿りつくにはどうしたら良いか?」となるのだそう。
アメリカの素晴らしさは、自分をほっておいてくれるから。 自分の仕事、芸術、発明、開発に口を出さない、手を出さない、 自分の成功は自分のものとして置いてくれる。 開国以来数えきれない人があらゆる領域で成功をおさめている。そのどれにしても国も社会も彼らの成功を認めてくれる。努力の結果、 自由の保障。 個人の成功を国が取り上げることはない、個人の成功による巨万の富も個人の元に置かれる。 成功の裏側にある不成功もしかり。個人の責任の元にすべてが終わる。政府が自分の為に何をしてくれるかではない。自立、政府からの独立 Independant 正にそれがアメリカである。個人の幸福追求は個人の手の中にある。ある成功者が、 働けば報われる国がアメリカと云った。

そしてその評論家は、民主党の原点はWe don’t like what we got となるのだそうだ。
人生の安全の中でぬくぬくと暮らし、誰かが生活を保障してくる、誰かが三食を食べさせてくれる。それは家庭の中にまだ居る子供と同じではないだろうか。大人になり、政府が自分の為に何をしてくれる? 人生の保障を願う。もっと寄こせ、もっと欲しいと。
国は自分の為に何をしてくれるだろう。 仕事がない、学歴がない、 しかし好きな相手ができ、自分は親としての幸せを持ちたい。 結婚もしたい、いや結婚なんて縛られたものは困る、 子供が欲しい、 みんなが子供を持っている、自分も子供が欲しい、 さあ、アメリカ国家、私たちに何をしてくれる?
ここは自由の国だったはずだ、 自分は自由に生きたい、 しかし生きなければならない、国が自由の保障をどこまでしてくれる。 生活保障はどうした? 低賃金者の医療はどうした。 政府が幸せを与えてくれるのではなかったか。この国は豊ではなかったのか? 自分は豊ではない、これは国の怠慢である。政治の怠慢である。格差がありすぎる。 
そして国が要求をのんで、保障のある生活を与えられた時、それを幸せと感じるのだろうか。 
人生の保障が欲しいか、独立が欲しいかの違いである。 
今日この頃、大統領選と共に二分されたアメリカの国に居てこんなことを感じた。

手負い虎 さんが投稿 "囲炉裏(いろり)" に新しいコメントを書き込みました

おかしいなあ。私は毎年落ち葉や木の枝を集めては、「灰」を大量に作っているけど。鶏を飼っているので、におい消しに使うのですが。どうして木を焼いてはいができないんだろ。



手負い虎さんコメントありがとうございます。

そうですね、木を焼いても灰が出来るはずですね。私もそう思って燃やしてみましたが、できた灰はほんの少しでした。 もしかしたら木の種類によるのかもしれません。
先日小さな嵐が来て、裏庭にある20年ほど古い梨の木が真っ二つに割れました。 そのままほって置いたのですが、やっと本職の人に来てもらって、取り払ってもらったのですが、 あの切り刻んだ枝を置いて行ってもらへば良かったです。乾かして燃せば良かったです。 何せ気候が暑いと頭のめぐりが悪くなります。 損した。

2008年9月8日月曜日

わたしの大統領選 2

さて次は共和党。共和党を支持するグループには右翼の強烈な人たちも居る。その一部がマレシアと呼ばれる、民間兵士のグループがある。 
共和党大統領候補はジョーン マケーイン。 年齢72歳。 最初の結婚で二人の息子を持つ子連れの女性と結婚、破綻はすぐ来た。 42歳で軍のパーテイーでシンディー婦人に一目ぼれ。年齢を37歳と偽り近づいた、しかしシンディーさんはその時24歳であったが彼女も27歳と偽った。 双方軍人家族の出身。バングラデッシュからの養子も含めて子供5人。マケーインはベトナム戦争で戦闘機を墜落され、5.5年間の捕虜生活をしている。 

演説の中で、 自分は一匹狼、何も怖くなかった。 しかし、両肩、足を骨折して小さな穴に放り込まれたとき、 同じ穴の中に居た捕虜が毎日わずかの食べ物を自分の口に入れてくれたとき、人間は一人では生きられないと知りました。 絶え間なく来る尋問と拷問に耐えながらも、 アメリカの国が自分にはある。アメリカが自分たちを待っていてくれると思えばこそ口を割ることもせず、みんなでどんな拷問にも耐えた。 アメリカは私なのです。そしてわたしマケーインはアメリカに尽くします。

現在戦争が続いているこのアメリカでのこの演説は力強い。 彼は、皆が一緒に豊になりましょう。原子力発電所を増やし、 アラスカの石油を掘るという。 他国を頼るな、政府の腐敗を正すという。 大統領のビトー(拒否権)が私の前からどんどん使いますと今から宣言している。一匹狼として政界で生きてきたマケーインの大活躍となるのかも知れない。
政府は腐っています。 大きすぎます、 金を使い過ぎます。 私と一緒に戦ってください。と呼びかけている。もう演説場は白熱していた。 

民主党のコンヴェンシオンはTVで見る限り、聴衆はT-シャツにブルージーン。 リラックスタイル。 四日目のオバマ氏の演説の時は本人の希望で、コンヴェンシオン センターからフットボール場に移り、 設置された高い演壇からオバマ氏が登場する姿は「イエス キリストの山上の説教」だと酷評した人が多いが、もしかしたら本当に本人はそのつもりだったのかもしれない。
噛んで含んだようなスピーチ、 聴衆が涙、涙の幸せムード。本当にこんなに良い国が来るのだろうかと喜ぶ。

一週間後の共和党の支持者の多くの男性はスーツ姿、女性はカジュアルな服装にコンヴェンシオン帽子をかぶり、 こぶしを振り、国旗を振り、雄叫びを挙げている。 
マケーインの演説の時は演説台を長く延長させ、ちょうど中央を歌舞伎の花道のように設置。小柄なマケーインが壇上に立つと、聴衆の中にチョコット立ち上がったように見えた。たぶんにこれは民主党のフットボール場を意識しているはず。
実に対照的である。 どちらの演説にも国中が関心を示し、 いたる所で「あなたはドチラ」と訊きあい、 同じ政党と知ると握手をしたり、抱き合ったりと忙しい。
気楽に国民が10ドル、20ドルの小切手を政党の本部に送り、自宅の庭に支持党のバナーを立て、車のスチッカーに貼りつけ、これからの60日は活気のあるアメリカとなる。

そしてあと数週間もするとお互いのデヴェート(討論会)が始まる。 大統領候補者同士、そして副大統領候補同士。私のテレビ観戦もまだまだ終わらない。
あ~忙しい。

2008年9月7日日曜日

わたしの大統領選 1

二週間毎晩共和党と民主党の大統領選挙候補選出大会の演説を観ていた。 こんなに身を入れて演説を聴いたのは本当に初めてだ。どちらの候補者が演壇に立っても、その日のテレビやラジオの視聴率は、35、000、000人を上回ったそうだ。中国のオリンピックの開催日の視聴率を越えたそうである。 それだけ国民が次期大統領に期待と不安を感じている。
私には選挙権はないから別にどちらの候補を望んでもどうということはない、これは一般の永住権(グリーン カード保持者)を持つ外国人の本音になる。これは、市民として住み、仕事をして収益を得るか、勉学をしている以上は非常に失礼な考えであることは承知している。

民主党候補のオバマ氏はさしずめ新興宗教の教祖的存在に見える。 それに備わるだけの説得力と容姿と態度。動きが華麗である。 ハリウッドのセレバティーとも言われている。
ハワイ産まれ。アメリカ白人女性の母とケニア出身モスラム教の黒人の父。その父親は早くから彼の前から姿を消している。その後母子はフィリッピンへ移り、再婚。そして離婚。またハワイに戻り、母子家庭として生活保護を受けながら母親は大学院へ進む。 
オバマ自身は殆ど白人側の祖父母との接触の中で成長するが、大学はアメリカ本土東海岸のアイビリースクールで弁護士になり、その後シカゴの黒人街へ入り、そこのコムニティー オーガナイザーをしながら教師をしていた。 私は彼の数冊に及ぶ自叙伝は読んでいないが、これは演説会とラジオのトークショウからの知識である。
カリスマ的なオバマは演説が上手。 実に素晴らしい。しかしインタヴューになると、彼の答は円を描いているような会話をする。 本題に入らない。 だから彼の質問に対する答えが分からない。 聴いていると、彼の首を絞めて、「コラ、言え、はっきりと言え」と云いたくなる衝動にかられる。 
オバマの演説を聴いていると、 国民を幸せにしてくれると約束する。 ゆりかごから墓場までしっかりと政府が面倒を見てくれると約束してくれる。 もう何も心配することはない、すべてを変える(Change)仕事も増える、経済も高くなる、医療も政府に任せなさい。戦争は会話で解決する。 まさに楽園である。 それを聴いた聴衆は中には涙している人たちも見えた。 
もう一つ彼が黒人であること。 長い長い黒人の虐げられた奴隷から解放してくれる。 やっとその時が来た。長い道のりだった。黒人が白人をリードするときが来たと考える。私の目からの米国は現在マイノリティーの方が有利である。 あらゆる職場は均等にマイノリティーが白人社会の中に混ざっていないと違法である。 生活保護もマイノリティー優先である。どこに奴隷解放があるのかと見回してしまいたくなる。 しかし中産階級の多少下であることが虐げられていることになる。 故にオバマ氏の演説に、最低賃金の値上げがある。それを唱えると聴衆は涙して喜ぶ。 しかし、最低賃金で労働している人口は全国の5%しか居ない。その大半は高校生や大学生のアルバイトが加わる。 しかし演説は、お助けムードを貫いている。
「国民の自律」ではなく、「政府が国民を保護する幸せ」となる。「チェンジ」「チェンジ」と叫ぶ。 我が家の長椅子でビールを呑んでいたある男性が、 どうしてチェンジするの、今のアメリカが自分にはとても快適だけどネ、人間上を見たらきりがない、現在のアメリカの大きな問題は違法移民でしょう? どうして彼らが危険を冒してでもこの国に来るのかオバマ氏は考えてみなければ、移住者にとっては、彼らの国より生きやすいから来るのでしょう? 欠点はいくらでもあるけど、少なくとも世界の幾つかの国々よりは生活のし易い良い国に入るのだろうに、どうしてチェンジするんだろう。
 なるほど。