2008年11月24日月曜日

サンクスギヴィング

秋も深まる11月、今年も第四週の木曜日がまたやって来る。 国中が楽しみにするサンクスギヴィング (感謝祭)が来る。
スーパーでは冷凍七面鳥のバーゲンが先週から始まっている。今年は景気が悪いと云われて久しいから、50ドル以上お買い上げの方にはお一人様一羽限定無料などという店を探すのは少しきついかもしれないが、 私の行きつけのスーパーでは当店のカードお持ちの方は1ポンドに尽き39セントと広告が出ていた。12-3ボンドの七面鳥だと5ドル前後で買える。添え書きとして、20ドル以上の買い物をしたお客様となっている。  

アメリカの男性にはこのサンクスギヴィングの日が一年中で一番楽しめる日になる。 クリスマス、ヴァレンタイ、誕生日どの日も男性はプレゼントを買わされるという使命があり、ただでは御馳走が食べられないが、この日だけは、何も持たずに食べることにいそしんでも誰からも文句を言われない日なのだ。そして年寄りは、子供や孫が自宅に来る楽しみの日である。

 男性軍は居間に集まって昼間からビールを呑みながら、TVのフットボールを観戦。女性群はキッチンで料理にいそしむ、昔からの風景が営まれる。どの家庭も大きな七面鳥は食べきれない、誰でも友人知人を招きいれる寛大な日でもある。

若い夫婦者は妻の実家の食卓に並び、お腹に詰め込んだ後に急ぎ車を飛ばして今度は夫の実家へと急ぎ同食事を繰り返す責め苦もある。 実家の母親にとっては皆が顔を揃えたかどうかは天地がひっくり返るほどに大切なことである。 
 
独身や一人家族から離れての生活をしている者にとっては、今年は何処の家庭にもぐり込んで七面鳥の食事にありつくか難しい課題であるが、おおらかなこの国では、何処の家庭でも息子や娘の友人、知人などは何時でもウェルカム、「皿を一枚余分に出すだけの事ですから」が合言葉になり、どの家族の招待に答えるか思案の時となる。

しかし、この実家の集まりにも裏と表があり、妙な話だが、いつまでも母親が元気で居てくれる事を喜ぶと同時に、 知人の数人の妻たちは、 私はもう50代になるのに未だに自分で七面鳥を焼いた事がない、いつになったら自分の番が来るのだろう。 私だってもう成長した息子や娘を呼んで家で祝いたいのに、彼らを説き伏せて全員集合を繰り返す自分が情けないと嘆く声を良く訊く。 

私たち夫婦は結婚37年目にして初めて、二人だけの感謝祭の食事になりそうだ。サンジェゴに移ってしまった娘も息子も一日だけの休日では、飛行機の往復は少し無理ゆえ、彼らも友人の家庭に招待されての祝の食事になるらしい。 それならばいっその事レストランへ行こうかと誘ってみたが、生粋のアメリカ人を自認する主人には七面鳥の無いサンクスギヴィングは考えられないそうだ。 まあそれもそうであろう、私も日本を出て長いが、やはり大晦日にはお蕎麦を食べたいし、お正月にはお雑煮を食べないと何かしっくりといかない。 産まれ育ったその国の持つ習慣とはそういうものかもしれない。

2008年11月17日月曜日

紅葉








何処までもつづく平原の中で、石油堀のポンプがドッカン、ドッカンと回転しているテキサスを走りつづけること五時間、やっと通り抜けたテキサス州。
見渡す限り山と牧草と牛の景色に変り、レッド リバーを越えればオクラホマ州、「ウエルカム オクラホマ」の立札が見えた。 昔の映画「オクラホマ」を思い出させる田舎道が一本いつまでもつづく。ラジオから流れるカントリーソングがそのまま景色になったようなのどかなオクラホマにやって来た。Talihina Oklahoma. 毎年 オートバイの Talimena Rally が開催されるクネクネと曲がりくねった山道の小さな町。

 何年振りかで紅葉を見ようと此処まで足を延ばした甲斐あり。 牧場と山の空気が、ゆったりと漂うのんびりとした景色。山から山へと黄色や紅く染まったクネクネとした山道は息を呑むような紅葉と、自分は緑をつらぬく、絶対に紅くならないぞと踏ん張る松の木のコントラストがどこまでも綺麗に並ぶ。 人種の雑多の中で生活する毎日故か、 アー此処はアメリカなのだと変なことに感心させられてしまう。
非常に保守的な州に加えて、福祉が少ない故、黒人、ラテン系にアジア系の顔が見えない。もうラテン系が半分以上を占めるヒューストンとは川を一つ越えただけでこんなにも違うのかと驚いてしまった。

今年の夏は気温がいつもより高かったが、十月の後半になって急に温度が下がり寒くなった為に木々の変化も一気に変化して今年の紅葉は例年より綺麗なのだと食堂のおばさんが話してくれた。丁度私たちが訪ねた週末が紅葉の最後の週末になるようで、来週になれば真っ赤な葉が一斉にストーンと地に落ちてしまう。 

実を言うと我が亭主殿も二年つづけてこの地へ来ている。
今年も三週間程前にこの町に25名のバイカーと二泊三日のラリーであっちの山こっちの山と走り回ったのだが、来年も又来る為には、やはり自宅に一人留守番をする山の神様も一度はお連れしないと具合が悪いのではと悔悛と罪の償いの気持ちからの紅葉見物となったわけ。いえいえ私としては、理由はどんなのでも構わないのです。 間違っても、バイクの後ろに乗って出かけようなどと奇想天外なことさえ云わないでくれれば、しっかりと四輪の屋根付きの、椅子付きの乗り物であればどこまでも参ります。

昼食をまだ食べていないからとレストランをキョロキョロと目で探していたら、小さなこの町に一つしかない個人経営のハンバーグの店に連れていかれた。 壊れかけたような小さな店は狭く、カウンターに座れない客は後ろで立ってハンバーグを食べるが誰も文句など云わない。 隣で一緒に立って食べていた夫婦は頭にお揃いのバンダナをかぶり、二人とも会社勤めの中年夫婦だが、先週は息子の住むコロラドまで行って来たそうだ。 クリスマスには娘の住むカンサス州までこのクルーザー(大型バイク)で行く予定だと話してくれた。私は心から凄いと思った。ラリーのシーズンが終わっても、二人乗りのクルーザーは車の数よりも多い。 それも中年以降老年の域に達しているらしい夫婦者。 もしかしたら我が亭主殿はこの人たちを私に見せたくてセッセとドライブして此処まで私を連れて来たのだろうかと勘繰りたくなったが、もしそうだとしても、それはかなわぬ夢として胸の中深く閉まっておいて貰いましょう。  

昼食後、山を越え反対側に降りたらそこは「ウエルカム、アーカンサス州」の立札。 オヤこれが元大統領クリントンさんの「おらが町」かいなと嬉しくなった。私はこの州に足を入れたのは初めてである。
 
ブルーの大型バイクが道の端に止まり、ドライバーが中腰になってエンジン部分を眺めているのを見た我がお節介亭主が、「ハウディー」?と声をかけ自分が手伝うことはあるかと聞いた。亭主殿も田舎に来て言葉まで違えているのが傑作であった。  お揃いのヘルメットに皮ジャン、中のシャツがピンクまでお揃いの二人はなんと白髪の老夫婦。乗っているクルーザーは何万ドルもする高級バイク。最近買い換えたので何が何処にあるか分からなくて困っていると云う。バッテリーが上がってしまったらしいが、そのバッテリーの位置が分からないと心細いことを言う。 そばでコロコロに肥った奥さんが一生懸命に分厚いマニュアルのページをめくりバーテリーの箇所探しに忙しい。
そのうちに「アッ見つけた、このページに書いてあるわヨ」と嬉しげに叫ぶのを訊いてから私たちは車に戻った。 お手伝いをするのは簡単だが、 せっかく奥さんが自分の旦那さんに叱咤激励しているのに他人が手を出すのはご法度としよう。うちのお父ちゃんだってそんなこと出来るワヨと憎まれたくない。

ピンクのシャツの夫婦はバイクの故障を直したとみえて、翌日は二か所であのコロコロの奥さんを後ろに乗せたブルーのバイクが勇ましい姿で飛ばしているのを見た。