お邪魔虫、これがインドネシアから来た一人の若者につけた私の影の名前。彼は丸ぽちゃの可愛い顔をした男の子。少なくとも私の潜在知識の中のインドネシアの顔はしていない。 つぶらな瞳、色白、カールした髪。十五歳からアメリカに移住しているゆえ、インドネシアのアクセントはまったく無い。一般のアジア人共通のシャイなところも持ち合わせていない。一見、「僕には苦労はありません」という顔をしている。
一時期、日本からの便りに、お邪魔虫、アッシー君、ミツグ君といろいろなかわいらしい呼び名が男の子たちついていたようだ。 私はそれらの本当の意味合いはよくわからないが、私の前で見え隠れしているこの坊やはまったくその名にふさわしい。
彼は直美ちゃんのお邪魔虫。 彼女が大学の四年間働いていたアルバイト先のホテルに居た頃はまだ高校生。そのときから同じホテルでベルボーイをしていた。 インドネシアの彼の父親は子供達が十五歳になると次々にアメリカの高校へ転向させる。それゆえ彼には十六歳も年上の長兄と二人の姉が同じ街に住んでいる。
姉達は既にキャリア女性。一人は公認会計士、もう一人は建築設計デザイナーだそうだ。長兄は東洋の骨董品の貿易商と聞いている。街の高級住宅街に家を構え、家の中は美術館か、古物商みたいだと聞いた。
お邪魔虫は高校を出てから州立の短大にまず席を置いた。アルバイトの時間割を絶えず気をつけて必ず直美がシフトのときに彼もベルボーイをしている。 直美が現在進行中のボーイフレンドのアダムと映画、パーテイー、ピクニック、食事と出かけると彼も一緒する。 直美の友達でもあるがアダムの友達でもあるゆえそれを大いに利用する。 アダムが「今日はNO」だと言うと彼は直美のところへ走り、「OK」を取り付けてくる。まるで知恵のたけた幼子のようだ。別に彼が居ても邪魔じゃないし、寂しいから誰かの側に居たいらしいと直美はさして気にしない。いつか彼もガールフレンドを見つけたら私たちのところから離れていくからそれまでねと彼女は達観している。
直美の昼間の仕事場、短大の事務所にもサンドイッチ持参で毎日来る。
ランチは直美と一緒すると本人が決めたのだそうだ。職場の他の女性から学生はキャフェテリアがあるでしょう、あそこへ行きなさいと言われても決してひるまない。毎日来る。時々、姉さんが昨晩料理したからとインドネシアの料理を持って来ることもある。
現在はルームサービスボーイゆえ、自由が利くと、それだけ彼は直美を守れると信じている。まだ21歳になっていないから飲酒ができないと同時にあまりバーへの出入りは出来ない年齢だがホテルの制服を着ているのでどこでもお構いなしである。
車が故障すればアッシー君にもなる。 閉店後の会計の計算も手伝ってくれる。
母親の気持ちとしては、あまり役に立たないボーイフレンドより可愛い。
初めて私と逢ったときは、「アーやっとママに会えた」と抱きついてきた。実に可愛い。
大学の中の合気道の道場に通い、竹刀を振り回し、 ベッドの代わりに日本の畳を一畳買ってその上に寝たいとサイトで畳を買う方法を検索しているそうだ。
彼は二人の姉と同居しているが、最近彼女たちの母親がインドネシアから渡米して来て娘たちと一緒に住むとお邪魔虫はアパートの居住権を失った。
母国に居る父親には三人の妻が居る。第一妻はもう他界にしているそうだ、第二の妻は年老い、すべてを第三妻に任せてアメリカに移住して娘たちと住むと決めた。ゆえに、第三妻の息子は目の前から消えろというわけだ。彼はここでもお邪魔虫。
一ヶ月の猶予を貰いアパート探しを始めた。 出来たら直美ちゃんの近所のアパートをと探すが彼の予算が合わないとイライラしている内に期限が来てしまった。仕方なく彼はアダムのアパートのドアを叩いた。僕、床で寝ますからお願いしますと寝袋を手にしてやって来た。そうなると「アダムの行くとこ僕も行く」と男の一念。しかしアダムの行くとこ直美ちゃんの居る所となる。
兄弟姉妹とは名ばかりで、第一第二第三婦人までいる家庭環境は私たちが想像する兄弟姉妹関係とは少し違うらしい。
国に居る彼らの父親が癌の宣告を受けてもう何ヶ月にもなる、国からの便りは症状の悪化とあまり長くはない命が知らされている。しかし遠いインドネシアではオイソレと見舞いに行かれない娘、息子達はクリスマスも近く、年末の休暇を利用して父親の見舞い旅行の計画を始めた。最終的に一番必要なのは飛行機の切符代である。しかし、最近居候生活を終らせ、一人アパートを見つけ住み始めたお邪魔虫にはとても切符代は出せない。 未だに彼の住まいの中はまったく空っぽなのだ。畳の上での寝袋生活も続いている。私の事務所から中古のデスクと椅子を幾つか運びだし、それを勉強、食卓、コンピュターデスク兼用にしている状態。しかし、経済的に豊かな兄弟姉妹は腹違いの弟を見事にアメリカへ置いたまま自分たちだけで父親への最後のサヨナラ旅行を実行するつもりだ。
長兄家族、姉二人、第二夫人が明日はインドネシアへ出発と決めたその晩に彼らに悲報が入った。父親が亡くなった。さすがにこうなれば長兄も仕方なく弟の飛行機代を払い全員母国へと飛んだ。
クリスマスが終わっても、一月が終わってもお邪魔虫はアメリカへ戻ってこない。 第三婦人の息子であり、末息子であり、学生であることから、父親の葬儀の後始末、財産の始末を彼の肩に乗せられて彼はインドネシアで孤軍奮闘していると便りが来た。
開封された父親の遺書には細々と財産分与が明記されていたが、資産は残された遺族へ当分に分けられていなかった。 遺書が開封されたその現時点で経済力の低い者から分与額が高く、最高の経済力を持つ者へはほとんど遺産分与がないように作成されていたそうだ、故に何もないお邪魔虫に最高額が遺された。
十五歳で両親から離れ、二十歳の今まで一度もインドネシアへ帰ることもなく、これからもアメリカで一人生きていくお邪魔虫への父親の大きな愛情が見えるような気がする。
三ヵ月後やっとアメリカに戻った彼は、どうしたら税務署の目を潜ってすべてを手元に持ってこられるかと悩みながらも又、短大に戻り、ルームサービスボーイに戻り直美ちゃんのお邪魔虫に戻っている。
あれから三年、お邪魔虫は短大から四年生の州立大学へ編入して学生生活を満喫しているらしい。それと同時に彼の、直美ちゃんへのすがり付くような接触からも卒業しているようだ。彼のさわやかな人生を願う。
2008年2月18日月曜日
2008年2月9日土曜日
お邪魔虫 1
自分で始めた独立ならどこまでも自分でするのがこの世の慣わし。
大学四年間保ったホテルのフロント係りのアルバイトは生活費を稼ぐとなれば少し話は違ってくる。しかし一二年後には大学院へ行く心つもりゆえ大きな企業への就職はするつもりはない。パートの仕事を二つ持つと決めた。
昼間は短大の就職斡旋課に仕事が取れた。これは午後二時に終わる。夕方五時から夜の十一時まで国際ホテルのレストランのバーのバーテンダーの仕事を取った。 二の句が告げず黙る母親に、学校の先輩から進められた仕事だという。 取り澄ました出張中のビシネスマンたちのアルコール飲酒後の変化の観察はどんな心理学の授業からでも得られない観察レポートが書けるという。またカウンター越しに聞く人生模様は知らない世界が見える。
まあ理由はナンとでもつくワイ。それが本当なら縄のれんの店主たちは皆本が書けるというものだ。
サービス業ではあるが、先輩の話によると笑顔は必要なしと助言されたと嬉しそう。それはきっと日本の高級寿司屋のカウンター並みなのだなと納得した。
世の男性は「女性にいじめられたい症候群」があり、故に自分のように愛嬌も色気も無いほうがチップが多いのだと力説する。
呑んだくれの男に、「お客さんもうこれ以上は出せません、もうお部屋へお帰り下さい」といさめると彼らはチップを出してもう一杯と哀願するのだそうだ。男をいじめるのは負かしておいてと張り切る。
ナンとでも言ってくれ。しかし私は人がこれから何か行動を起こすときに「そんなこと止めたほうがイイワヨ」などとは決して言わないのを主義としている。 わたし自身が人から言われるのが嫌だからだ。どんな些細なことでも、どんなに愚かなことでも、その本人にしてみればまじめに出した結論を人が止める権利はないと思うから。
わたしは家の中でぬくぬくと守られている主婦ではないから、少しは世の中のことを見ているつもり。その世の中は荒波であることは確かだ、しかし、皆が一生懸命の場所でもある。 皆が一生懸命に仕事をし、一生懸命に生きている。
娘も息子もこれから一生懸命にこの世の中で生きていく、多分沢山の寄り道をするだろう、沢山の間違いも犯すだろう、でもその時折に真剣であれば良いのだ。悪い奴は世間にごろごろしているが、いい奴もごろごろしているのだ。 世の中そんなに悲観的に見るつもりはない。
あれから二ヶ月、娘の誕生日をかねて主人と私はかのホテルのバーへ出かけた。 敵情視察である。
静かな音楽の奏でるレストランの奥にバーがあった。雰囲気は宜しい。
黒のスラックス、白いシャツ、黒ベストに蝶ネクタイのポニーテールの女の子がカウンターの内側でグラスを磨いていた。
客は男性三人。一人が手に白い封筒を持ち娘の直美に手渡している。
三人の客が帰った後娘はその封筒を持って私たちの席へ来た。
彼らはヨーロッパから出張でアメリカへ来ているのだそうだ。ホテルの客はほとんどが仕事の出張者。みんな寂しそうよと同情している。
封筒の中は誕生カードだった。中に100ドル紙幣が一枚。 そして寄せ書きがあった。
「思わず仕事が二ヶ月に延長、退屈なホテル生活、毎日カウンターに座ると君が言ってくれる、『今晩は、今日も仕事ご苦労さんです』、がとてもうれしいです。お誕生日おめでとう」
それを読んで主人がホロリ、若い頃出張が多かった主人には彼らの気持ちが判るのだろう。娘は100ドル紙幣を見てニッコリ。
ホテルのフロントは玄関口。飛行機を降りてやっとたどり着いた客は皆少し取り澄ましてチェックインする。 しかし、一日の仕事の終りの一杯。 実にいろいろな人種の特色が出て面白いと話してくれる。
長い出張で家族が恋しく、毎週必ず来る週末が寂しく怖いと嘆くヨーロッパ人。
何人もの女性を引き連れて、横暴な態度を取り一ドルのチップも置かず大金持ちぶる東南アジアの男。
自分の職業をひけらかす銀行家。 アルコール依存症の医者。
ホテルの部屋に戻るのを嫌い、哀願するように、もう一杯、もう一杯と夜の更けるまで呑む出張社員。
三ヶ月も家族から離れ、もう見えも外聞もなく寂しい、 カウンターの内側に居る直美ちゃんに日曜日の昼間賃金の倍額を払うからここに出勤して自分の話し相手になってくれないかと提案する中年男性、週末の二日間を誰とも会話をせずじっとホテルに居るのはもうたまらないと、自分の家族の写真を見せ、ホラ 君と同年代の娘が居る、娘も大学へ行っていると訴える、こうなると悲劇である。
娘が遅い帰宅になっても、どんな酔客が居ても彼女には護衛兵がこのホテルに居る。ヒルトン ホテルのときはベルボーイ、この新しいホテルではルームサービスボーイに職を変え、時間も五時から十一時と娘の時間帯と同じにしてしっかりと守ってくれるお邪魔虫が居る。ついでにこのお邪魔虫は昼間の同じ短期大学にも席を置いている学生。
大学四年間保ったホテルのフロント係りのアルバイトは生活費を稼ぐとなれば少し話は違ってくる。しかし一二年後には大学院へ行く心つもりゆえ大きな企業への就職はするつもりはない。パートの仕事を二つ持つと決めた。
昼間は短大の就職斡旋課に仕事が取れた。これは午後二時に終わる。夕方五時から夜の十一時まで国際ホテルのレストランのバーのバーテンダーの仕事を取った。 二の句が告げず黙る母親に、学校の先輩から進められた仕事だという。 取り澄ました出張中のビシネスマンたちのアルコール飲酒後の変化の観察はどんな心理学の授業からでも得られない観察レポートが書けるという。またカウンター越しに聞く人生模様は知らない世界が見える。
まあ理由はナンとでもつくワイ。それが本当なら縄のれんの店主たちは皆本が書けるというものだ。
サービス業ではあるが、先輩の話によると笑顔は必要なしと助言されたと嬉しそう。それはきっと日本の高級寿司屋のカウンター並みなのだなと納得した。
世の男性は「女性にいじめられたい症候群」があり、故に自分のように愛嬌も色気も無いほうがチップが多いのだと力説する。
呑んだくれの男に、「お客さんもうこれ以上は出せません、もうお部屋へお帰り下さい」といさめると彼らはチップを出してもう一杯と哀願するのだそうだ。男をいじめるのは負かしておいてと張り切る。
ナンとでも言ってくれ。しかし私は人がこれから何か行動を起こすときに「そんなこと止めたほうがイイワヨ」などとは決して言わないのを主義としている。 わたし自身が人から言われるのが嫌だからだ。どんな些細なことでも、どんなに愚かなことでも、その本人にしてみればまじめに出した結論を人が止める権利はないと思うから。
わたしは家の中でぬくぬくと守られている主婦ではないから、少しは世の中のことを見ているつもり。その世の中は荒波であることは確かだ、しかし、皆が一生懸命の場所でもある。 皆が一生懸命に仕事をし、一生懸命に生きている。
娘も息子もこれから一生懸命にこの世の中で生きていく、多分沢山の寄り道をするだろう、沢山の間違いも犯すだろう、でもその時折に真剣であれば良いのだ。悪い奴は世間にごろごろしているが、いい奴もごろごろしているのだ。 世の中そんなに悲観的に見るつもりはない。
あれから二ヶ月、娘の誕生日をかねて主人と私はかのホテルのバーへ出かけた。 敵情視察である。
静かな音楽の奏でるレストランの奥にバーがあった。雰囲気は宜しい。
黒のスラックス、白いシャツ、黒ベストに蝶ネクタイのポニーテールの女の子がカウンターの内側でグラスを磨いていた。
客は男性三人。一人が手に白い封筒を持ち娘の直美に手渡している。
三人の客が帰った後娘はその封筒を持って私たちの席へ来た。
彼らはヨーロッパから出張でアメリカへ来ているのだそうだ。ホテルの客はほとんどが仕事の出張者。みんな寂しそうよと同情している。
封筒の中は誕生カードだった。中に100ドル紙幣が一枚。 そして寄せ書きがあった。
「思わず仕事が二ヶ月に延長、退屈なホテル生活、毎日カウンターに座ると君が言ってくれる、『今晩は、今日も仕事ご苦労さんです』、がとてもうれしいです。お誕生日おめでとう」
それを読んで主人がホロリ、若い頃出張が多かった主人には彼らの気持ちが判るのだろう。娘は100ドル紙幣を見てニッコリ。
ホテルのフロントは玄関口。飛行機を降りてやっとたどり着いた客は皆少し取り澄ましてチェックインする。 しかし、一日の仕事の終りの一杯。 実にいろいろな人種の特色が出て面白いと話してくれる。
長い出張で家族が恋しく、毎週必ず来る週末が寂しく怖いと嘆くヨーロッパ人。
何人もの女性を引き連れて、横暴な態度を取り一ドルのチップも置かず大金持ちぶる東南アジアの男。
自分の職業をひけらかす銀行家。 アルコール依存症の医者。
ホテルの部屋に戻るのを嫌い、哀願するように、もう一杯、もう一杯と夜の更けるまで呑む出張社員。
三ヶ月も家族から離れ、もう見えも外聞もなく寂しい、 カウンターの内側に居る直美ちゃんに日曜日の昼間賃金の倍額を払うからここに出勤して自分の話し相手になってくれないかと提案する中年男性、週末の二日間を誰とも会話をせずじっとホテルに居るのはもうたまらないと、自分の家族の写真を見せ、ホラ 君と同年代の娘が居る、娘も大学へ行っていると訴える、こうなると悲劇である。
娘が遅い帰宅になっても、どんな酔客が居ても彼女には護衛兵がこのホテルに居る。ヒルトン ホテルのときはベルボーイ、この新しいホテルではルームサービスボーイに職を変え、時間も五時から十一時と娘の時間帯と同じにしてしっかりと守ってくれるお邪魔虫が居る。ついでにこのお邪魔虫は昼間の同じ短期大学にも席を置いている学生。
2008年1月24日木曜日
運転 2
一般に車のスピード違反チケットは警察官一人に一日何枚とノルマがあるそうだ。 この情報はラジオのDJ番組からだが、警察の予算が足りなくなると、日によっては警察官一人に七十五枚のノルマが出る。その日は何がなんでも七十五件のスピード違反を捕まえなければ署に帰れないそうだ。 ふざけた話だ。
時たま一斉取締りに出会うことがある。この場合はもう観念するより仕方ない。高速の出口に数台のパトカーが止まり、降りて来る車を次々と止める。70マイルやそれ以上のスピードで走る車で高速を降りてくるその瞬間はどうしてもまだスピードが残っている、それをスピード違反といわれれば逃げようがない。 一時間もすればニ三人の警察官のノルマはこなせる。
たとえ理不尽と判っていても、アメリカの警察官に決して言い返してはいけない。 彼らの体に触れてもいけない鉄則がある。 警察官に理由は聞けない。 疑問があったら裁判所ですればよい。そして決して忘れてはいけないことは、警察官は拳銃を持っている。彼らは毎日緊張感からいつも短気でイライラしている。連帯感が異常に強い。権力を楽しむ。これが私の感想だ。 警察官に口答えをしたために生きて家へ帰れなかった哀れな人がどれほど居るだろう。お気の毒に。
この理不尽な理由からチケットを受けた人たちがどうにかして遁れようと弁護士の事務所へ行く。これを交通チケット弁護士と呼ぶ。 懲罰が増えると自動車保険が高くなる。会社によっては次期更新を断る。だが自動車保険を持つことは法律で定められている。だから保険会社は居丈高になる。 買ってもらうのではない、売ってやるのだ。一度事故を起こせばたとえそれが被害者側であっても彼らは容赦なく倍額の保険料を請求するか、更新を断る。そして彼らは「落ちこぼれの集まる」(ハイ リスク)保険を買わざるを得ない。それでなければ明日から車を運転できない。そこで六ヶ月ほど罪の償いをしてから又普通の保険会社へ戻る。しかし忘れてはいけない、会社を替わるたびに、新規契約で会社は一時金を請求できる。書き換え料最低百ドル。
チケット弁護士とは、裁判所へ同行、手続き、裁判長への懇談(ベンチのところでコソコソとするあれだ)そして一回分の罰金の変わりに弁護士料を払う。それなら何故弁護士の元へ行くか? 記録を消して貰う為。 駐車違反、スピード違反、座席ベルト違反、車検や登録料期限超過違反どんな違反でも記録に残れば次の更新時に金額が上がるのを遁れる為だ。どちらに転んでも被害者は一般人、これを警察―保険会社―弁護士の三者結託でなくてなんであろう。
社会はコンピュータの開発進歩を喜ぶが、その開発された情報網によって自分の首を絞めているのではと嘆きたい。 一度でも罰金を支払った過去があれば、 一度でも保険会社へ故障の支払いを申請すれば、一度でも毎月の保険料の支払いが滞納すれば、どこの会社でも記録が引き出せる。そして「お客様の過去の記録によりまして、」ハイ リスクのグループに入っていただくか、よそを探していただきます。 最近では個人のクレジットのランクを見て一般保険購入が出来なくなってきている。 クレジットカードの支払いが滞納していても、利息率の高いクレジットカードの保持者でも住宅保険、自動車保険、健康保険、浸水保険が買えなくなるそうだ。
このように締め付けられる故、保険を持つ人の人口が下降線をたどり、事故が起きても逮捕されるのを恐れて「当て逃げ」が増える。
あの日にあの道を通ったあなたが不運でした。
時たま一斉取締りに出会うことがある。この場合はもう観念するより仕方ない。高速の出口に数台のパトカーが止まり、降りて来る車を次々と止める。70マイルやそれ以上のスピードで走る車で高速を降りてくるその瞬間はどうしてもまだスピードが残っている、それをスピード違反といわれれば逃げようがない。 一時間もすればニ三人の警察官のノルマはこなせる。
たとえ理不尽と判っていても、アメリカの警察官に決して言い返してはいけない。 彼らの体に触れてもいけない鉄則がある。 警察官に理由は聞けない。 疑問があったら裁判所ですればよい。そして決して忘れてはいけないことは、警察官は拳銃を持っている。彼らは毎日緊張感からいつも短気でイライラしている。連帯感が異常に強い。権力を楽しむ。これが私の感想だ。 警察官に口答えをしたために生きて家へ帰れなかった哀れな人がどれほど居るだろう。お気の毒に。
この理不尽な理由からチケットを受けた人たちがどうにかして遁れようと弁護士の事務所へ行く。これを交通チケット弁護士と呼ぶ。 懲罰が増えると自動車保険が高くなる。会社によっては次期更新を断る。だが自動車保険を持つことは法律で定められている。だから保険会社は居丈高になる。 買ってもらうのではない、売ってやるのだ。一度事故を起こせばたとえそれが被害者側であっても彼らは容赦なく倍額の保険料を請求するか、更新を断る。そして彼らは「落ちこぼれの集まる」(ハイ リスク)保険を買わざるを得ない。それでなければ明日から車を運転できない。そこで六ヶ月ほど罪の償いをしてから又普通の保険会社へ戻る。しかし忘れてはいけない、会社を替わるたびに、新規契約で会社は一時金を請求できる。書き換え料最低百ドル。
チケット弁護士とは、裁判所へ同行、手続き、裁判長への懇談(ベンチのところでコソコソとするあれだ)そして一回分の罰金の変わりに弁護士料を払う。それなら何故弁護士の元へ行くか? 記録を消して貰う為。 駐車違反、スピード違反、座席ベルト違反、車検や登録料期限超過違反どんな違反でも記録に残れば次の更新時に金額が上がるのを遁れる為だ。どちらに転んでも被害者は一般人、これを警察―保険会社―弁護士の三者結託でなくてなんであろう。
社会はコンピュータの開発進歩を喜ぶが、その開発された情報網によって自分の首を絞めているのではと嘆きたい。 一度でも罰金を支払った過去があれば、 一度でも保険会社へ故障の支払いを申請すれば、一度でも毎月の保険料の支払いが滞納すれば、どこの会社でも記録が引き出せる。そして「お客様の過去の記録によりまして、」ハイ リスクのグループに入っていただくか、よそを探していただきます。 最近では個人のクレジットのランクを見て一般保険購入が出来なくなってきている。 クレジットカードの支払いが滞納していても、利息率の高いクレジットカードの保持者でも住宅保険、自動車保険、健康保険、浸水保険が買えなくなるそうだ。
このように締め付けられる故、保険を持つ人の人口が下降線をたどり、事故が起きても逮捕されるのを恐れて「当て逃げ」が増える。
あの日にあの道を通ったあなたが不運でした。
2008年1月10日木曜日
運転 1
玄関のドアがバターン。そうであった今日は娘が三週間分の洗濯物をもって来る日だ。飛び込んできた娘は床にあるものを蹴散らかして一目散にトイレへ駆け込む。子供のときから百万遍「出かける前にはトイレへ行きましょう。公衆のトイレはなるべき使わないようにしましょう」と育ててきたが、娘にはこの躾はダメだった。父親が、自分の娘は犬コロと同じで自分の行く所へ必ず印をつけて歩くと笑うが、娘盛りになってもそれは治らない。
直美に言わせると、「悪いのはママ、小さな膀胱をわたしに付けた」と恨む。
今日も脱兎のごとく洗面所へ飛び込む。私とてトイレへ駆け込んだことがないとは云わないが決して見栄えの良い図ではない。もう少し何とかならないものかと願うのだが、まさか行くなともいえない。 出てきた娘はフーットため息をつき、さて次の問題を始末するかとかなんとかモソモソ言いながら又外へ出て行った。 窓の外を見るとパトカーが屋根の上をピコピコと点滅させて我が家の前に停車、ポリスがクリップボードを手に待機していた。
やっと今日の授業が終った。洗濯物とタッパー容器は朝アパートを出る前に車に積み込んである。 彼女はペットボトルを片手に車に乗り込み我が家めがけて出発。 距離としてはせいぜい30マイル。時間にして30分と思いきや高速へ出て車の列はストップ。渋滞に重ねて事故が突発したらしい。もうノロノロ運転を通り越して動かない。携帯電話を出して友達とおしゃべりしながらペットボトルの水をグビグビ。しかし水は体内に入ったらいずれは出なければならない。彼女はハタと気がついたがもう遅い、高速の渋滞とは前へも後へも行かれない。 ジット我慢の人とならざるを得ない。暫しの間にがまの油ではないが冷や汗が出てくる。ガタガタ ブルブルと体を振っているうちにやっと車が動き出した。 渋滞は一度詰っている箇所がなくなるとすぐに元のスピードに戻る。そこで彼女の悪癖が又出た。彼女は多少スピードの出しすぎの気がある。 直美が走り出すと速い、それに速くしなければ悲劇が起きるかも、もう止まることが出来ない。 スイスイとごぼう抜きの運転は目立つ。 そしてポリスが見つけた。 屋根の上を点滅させたパトカーはサイレンを鳴らして止まれとサインを送るが悲しいことに止まれない。 高速を降りてもサイレンは聴こえる。住宅街に来て前方に一時停止、冗談じゃないあと数ブロックでママの家止まっていられないとそれも無視。パトカーを後ろにへばり付かせたまま家に着く、ドライブウエーに乗り上げ、彼女は車から飛び出てポリスに手を振って家に走りこむ。
辛抱強く待っていてくれたポリスは
「自分は洗面所へ駆け込む女の子をここまで追いかけていたのか?そんなこと早く言ってれよ」「すいません、止まって説明している時間がなかったのです。本当にごめんなさい」と平謝りに謝る娘に「今回だけだゾ、今度はもっと余裕を持って高速へ乗るように」と親切なポリスはお説教だけで懲罰は免除された。
しかし、今回は運が良かった、彼女のスピード違反、駐車違反で受ける懲罰や、召喚状はまず我が家の最高記録を破っている。 最近では、病院の患者の少年を図書館へ連れて行く途中にポリスに止められたそうである。恥ずかしいことだ。 あの時は制限速度で走っていたから裁判所でプロテストするのだ、そのときはあの男の子が証人に立つと約束したと言う。 あなたそれは約束してくれたのではなくて、約束させたのと違うの?出廷日にその子がもう退院していたらどうなるの?
彼女の父親もスピードの悪癖があり、昨年受けたチケットをいつものことと弁護士へ手渡したら、「たびたびのお客様今回は特別サービスで弁護士料を割り引かせて頂きます」と事務所の女性の言葉に、さすがに少し恥ずかしかったらしい。それ以来捕まっていない。 しかし直美は酷い、十六歳で運転を始めて最初の一年間で懲罰七回と我が家の最高記録。息子の秋夫が始めて止められたのが二十八歳のときだからさしずめ兄の分もセッセと頑張っている。
大学がカトリック系の私立校のためマンモススクールと違いすべてが小さい。校舎も小さいが生徒用駐車場などはほとんど無いに等しい。それゆえ早もの勝ちである。 いつも時間ぎりぎりにドタバタと駆け込む彼女、一日の授業が終わって自分の車へ戻ると駐車違反の紙をフロントガラスに見つけることが何度あっただろう。
毎朝左手に携帯電話、右手にコーヒーマグ、食卓の上の朝食を二枚のパンに挟んで食べながらトヨタのシフトの車を運転しながら通学、いったいどの手でハンドルを持っていることやら。
捕まらないほうが不思議だ。
神様とは有難い、あのような女の子でもまだまだこの世に使い道があると考えて下さっているらしく生かしてくだる。 感謝しなければ。
直美に言わせると、「悪いのはママ、小さな膀胱をわたしに付けた」と恨む。
今日も脱兎のごとく洗面所へ飛び込む。私とてトイレへ駆け込んだことがないとは云わないが決して見栄えの良い図ではない。もう少し何とかならないものかと願うのだが、まさか行くなともいえない。 出てきた娘はフーットため息をつき、さて次の問題を始末するかとかなんとかモソモソ言いながら又外へ出て行った。 窓の外を見るとパトカーが屋根の上をピコピコと点滅させて我が家の前に停車、ポリスがクリップボードを手に待機していた。
やっと今日の授業が終った。洗濯物とタッパー容器は朝アパートを出る前に車に積み込んである。 彼女はペットボトルを片手に車に乗り込み我が家めがけて出発。 距離としてはせいぜい30マイル。時間にして30分と思いきや高速へ出て車の列はストップ。渋滞に重ねて事故が突発したらしい。もうノロノロ運転を通り越して動かない。携帯電話を出して友達とおしゃべりしながらペットボトルの水をグビグビ。しかし水は体内に入ったらいずれは出なければならない。彼女はハタと気がついたがもう遅い、高速の渋滞とは前へも後へも行かれない。 ジット我慢の人とならざるを得ない。暫しの間にがまの油ではないが冷や汗が出てくる。ガタガタ ブルブルと体を振っているうちにやっと車が動き出した。 渋滞は一度詰っている箇所がなくなるとすぐに元のスピードに戻る。そこで彼女の悪癖が又出た。彼女は多少スピードの出しすぎの気がある。 直美が走り出すと速い、それに速くしなければ悲劇が起きるかも、もう止まることが出来ない。 スイスイとごぼう抜きの運転は目立つ。 そしてポリスが見つけた。 屋根の上を点滅させたパトカーはサイレンを鳴らして止まれとサインを送るが悲しいことに止まれない。 高速を降りてもサイレンは聴こえる。住宅街に来て前方に一時停止、冗談じゃないあと数ブロックでママの家止まっていられないとそれも無視。パトカーを後ろにへばり付かせたまま家に着く、ドライブウエーに乗り上げ、彼女は車から飛び出てポリスに手を振って家に走りこむ。
辛抱強く待っていてくれたポリスは
「自分は洗面所へ駆け込む女の子をここまで追いかけていたのか?そんなこと早く言ってれよ」「すいません、止まって説明している時間がなかったのです。本当にごめんなさい」と平謝りに謝る娘に「今回だけだゾ、今度はもっと余裕を持って高速へ乗るように」と親切なポリスはお説教だけで懲罰は免除された。
しかし、今回は運が良かった、彼女のスピード違反、駐車違反で受ける懲罰や、召喚状はまず我が家の最高記録を破っている。 最近では、病院の患者の少年を図書館へ連れて行く途中にポリスに止められたそうである。恥ずかしいことだ。 あの時は制限速度で走っていたから裁判所でプロテストするのだ、そのときはあの男の子が証人に立つと約束したと言う。 あなたそれは約束してくれたのではなくて、約束させたのと違うの?出廷日にその子がもう退院していたらどうなるの?
彼女の父親もスピードの悪癖があり、昨年受けたチケットをいつものことと弁護士へ手渡したら、「たびたびのお客様今回は特別サービスで弁護士料を割り引かせて頂きます」と事務所の女性の言葉に、さすがに少し恥ずかしかったらしい。それ以来捕まっていない。 しかし直美は酷い、十六歳で運転を始めて最初の一年間で懲罰七回と我が家の最高記録。息子の秋夫が始めて止められたのが二十八歳のときだからさしずめ兄の分もセッセと頑張っている。
大学がカトリック系の私立校のためマンモススクールと違いすべてが小さい。校舎も小さいが生徒用駐車場などはほとんど無いに等しい。それゆえ早もの勝ちである。 いつも時間ぎりぎりにドタバタと駆け込む彼女、一日の授業が終わって自分の車へ戻ると駐車違反の紙をフロントガラスに見つけることが何度あっただろう。
毎朝左手に携帯電話、右手にコーヒーマグ、食卓の上の朝食を二枚のパンに挟んで食べながらトヨタのシフトの車を運転しながら通学、いったいどの手でハンドルを持っていることやら。
捕まらないほうが不思議だ。
神様とは有難い、あのような女の子でもまだまだこの世に使い道があると考えて下さっているらしく生かしてくだる。 感謝しなければ。
2007年12月19日水曜日
お隣さん マイク 2
機械工、設計士、デザインのマイクと三台のコンプユーターをつなげたNetwork が必要とコンピュータを買い込んだが、さて誰がその配線をする?普通は専門業者に頼むが、彼はわが社で働いている若い従業員トマスに目をつけた。彼はかつてワイヤーマンであったから配線は得意だ。プロの時間給は普通35ドルから40ドル。仕事帰りのトマスを呼び止めてアルバイトを勧誘した。それも相場の半分の額。しかしトマスは独身者、夜学へ通いいつかは薬剤師になるのだと勉強中。副収入は誰でも有難い。 早速週末と仕事の後にお隣へ行ってコンプユーターの接続配線を始める。新しく購入する機械も今ではすべてコンプユーターである。一ヶ月後には便利なトマスを丸抱えで雇った。いわゆる引っこ抜きである。こちらはまた新しく社員募集をせねばならない。しかし「去るものは追わず」本当はそんなことはどうでも良いのだ。 若い社員が少しでも賃金の良い職場へ移っていくのは悪いことではない、しかし、四ヶ月後、新会社設立の予算を大幅に出たマイクは見事にトマスを解雇した。
アメリカでは、履歴書に克明に職暦を書き出す必要がある。一年一年年数を追ってその間にくまなく就業しているか、空白があればそれを知りたがる。何故ならその空白期間に刑務所入りがある可能性、病気、短期間の就職と解雇の繰り返しと疑いを持たれるから。また職歴の欄にかつての雇用主の住所、電話番号が必要とされている。会社側としては照会をくまなくする。 わたしのところにも十数年も前に居た社員の照会電話を受け取ることもある。「この職場をなぜ辞めた」それが大切なのだ。 また解雇とレイオフ(リストラ)とは意味が違う。就業期間の極端に短いのも、尻が落ち着かないと嫌らわれる。もう一つは、 解雇には失業保険が適用されない。これは辛い。 故に私たちのような零細企業が資金繰りに困り従業員にやめてもらうときは、次の職場への推薦状を添えることもある。
予断になるが、 中型サイズの職場への就職になると、ドラッグ テストが必ず入る。 麻薬常習者では困る。履歴書の審査、面接が終わり、そこまでOKの出た求職者は次にお小水のテストが待っている。これも男性の場合はカップを手渡されてから提出するまで必ず人が付き添う職場もあるそうだ。不埒な奴が時々現れて、家族の一員のサンプルを隠し持ってきて出すのもいるそうだ。嘘かホンとか知らないが、妻のお小水を持ち歩き、それを提出したら、未来の雇用者から、「君は妊娠していますね」と言われたなどという話を聞いた。 我が家の息子や娘も学生のころのアルバイト先で何度も経験をしている。 かつて息子の秋夫が面白い助言をくれた。 ドラッグ テストの前日に「日本の七味唐辛子」の入った食事をすると、テストの種類によっては「要注意」の結果がでるそうだ。七味の中の香料のどれかが引っかかるそうだが、それが何か教えてくれたがもう忘れた。
昔日本では、小学校で検便の日というのがあった。今もそれがあるのだろうか。その日の朝は学校中の生徒が登校前に自宅であの小さな容器を持って頭を抱え込む。 ある年、クラスの中のガキ大将が、自分は今朝弟が庭の隅で新聞紙の上に落とした糞を後ろから掠め取ってきたと豪語していたのが居た。
数週間後に結果が出た。わたしたちのクラスの男性教師は一人一人名前を読んで、結果を伝えてからその用紙を生徒に渡す。生徒のプライバシーなんて言葉もなかった懐かしい昔の話しである。 傑作はそのガキ大将の名前が呼ばれたとき、教師は、大声で、彼の腹の中にはサナダムシあり、肝油を飲むグループに名前を書き加えていた。教師以外クラス中の子供たちは、それが彼の弟の物だと知っている、今こそガキ大将が自分の行動に責任を持つときが来た。クラス中の子供たちが腹を抱えて大笑いをしたのを覚えている。
アメリカでは、履歴書に克明に職暦を書き出す必要がある。一年一年年数を追ってその間にくまなく就業しているか、空白があればそれを知りたがる。何故ならその空白期間に刑務所入りがある可能性、病気、短期間の就職と解雇の繰り返しと疑いを持たれるから。また職歴の欄にかつての雇用主の住所、電話番号が必要とされている。会社側としては照会をくまなくする。 わたしのところにも十数年も前に居た社員の照会電話を受け取ることもある。「この職場をなぜ辞めた」それが大切なのだ。 また解雇とレイオフ(リストラ)とは意味が違う。就業期間の極端に短いのも、尻が落ち着かないと嫌らわれる。もう一つは、 解雇には失業保険が適用されない。これは辛い。 故に私たちのような零細企業が資金繰りに困り従業員にやめてもらうときは、次の職場への推薦状を添えることもある。
予断になるが、 中型サイズの職場への就職になると、ドラッグ テストが必ず入る。 麻薬常習者では困る。履歴書の審査、面接が終わり、そこまでOKの出た求職者は次にお小水のテストが待っている。これも男性の場合はカップを手渡されてから提出するまで必ず人が付き添う職場もあるそうだ。不埒な奴が時々現れて、家族の一員のサンプルを隠し持ってきて出すのもいるそうだ。嘘かホンとか知らないが、妻のお小水を持ち歩き、それを提出したら、未来の雇用者から、「君は妊娠していますね」と言われたなどという話を聞いた。 我が家の息子や娘も学生のころのアルバイト先で何度も経験をしている。 かつて息子の秋夫が面白い助言をくれた。 ドラッグ テストの前日に「日本の七味唐辛子」の入った食事をすると、テストの種類によっては「要注意」の結果がでるそうだ。七味の中の香料のどれかが引っかかるそうだが、それが何か教えてくれたがもう忘れた。
昔日本では、小学校で検便の日というのがあった。今もそれがあるのだろうか。その日の朝は学校中の生徒が登校前に自宅であの小さな容器を持って頭を抱え込む。 ある年、クラスの中のガキ大将が、自分は今朝弟が庭の隅で新聞紙の上に落とした糞を後ろから掠め取ってきたと豪語していたのが居た。
数週間後に結果が出た。わたしたちのクラスの男性教師は一人一人名前を読んで、結果を伝えてからその用紙を生徒に渡す。生徒のプライバシーなんて言葉もなかった懐かしい昔の話しである。 傑作はそのガキ大将の名前が呼ばれたとき、教師は、大声で、彼の腹の中にはサナダムシあり、肝油を飲むグループに名前を書き加えていた。教師以外クラス中の子供たちは、それが彼の弟の物だと知っている、今こそガキ大将が自分の行動に責任を持つときが来た。クラス中の子供たちが腹を抱えて大笑いをしたのを覚えている。
2007年12月13日木曜日
お隣さん マイク 1
相棒のマイクは多少人をコントロールする癖がある。親しみを持つのに時間のかかる人のようだ。
マイクとミッキーの二人でこれから設立する会社のイメージがどうやら違うように見える。 ミッキーが吸殻をポイと工場の床に捨てるのが我慢できないと、 吸殻のある箇所をガムテープでX字を貼り付けて歩く。 もちろん吸殻はそのままだ、嫌なら捨てればいいのに、それは彼の仕事ではならしい。ミッキーの汚れた手で壁を触り汚れたと、そこにもガムテープでX字を貼って置く。 最初それを知ったとき、「異常」?という言葉が頭をよぎったがそうではないらしい。本人にしてみれば、言い出したらきりがないし、喧嘩になるとでも思っているらしい。 一日の終りに旋盤やミルの上に鉄くずが残っていると毎日ミッキーは文句を言われている。鉄やステンレスを削れば切りくずがでるのは致し方ない。だが、マイクは工場をいつも綺麗に保ち、何時誰が新会社を見に来ても整理整頓がされていて、うちの工場はこんなにきれいですと見学してもらうのが営業の一つと心得ている。いまだ大きな企業の一員として働いていたときの習性から抜け出られず、思いつき一つ、指図一つで会社は動くと信じているようだ。
自営業とは、営業、生産、経理、庶務すべてを知る必要がある。 もちろん人を雇えばよいことだが。
中国から移住してきたある若夫婦が新しい食堂を開いたが、数年で倒産した。 理由は簡単だった。 メニューの中のすべての料理を、オーナーが料理出来なかったから。もちろん彼らはコックを雇った。 そのコックが決めた料理すべてがメニューに載っている。 しかしコックといえども人間。 病気もすれば怪我もする。
計理士上がりの若い経営者は、毎日レジスターの後ろに座り、帳簿を眺め、お客に挨拶していたが、 店が軌道にのり、この分で行けば今年はもしかしたら黒字なんて喜んでいた頃合を見て、コックが給料値上げを要求した。 とても彼が支払われる額ではなかった。値上げを渋る店主に、コックは実力行使を使った。 翌日から出勤を拒否した。若い店主はそのときに自分の愚かさをさとったそうだ。 もしも、自分がすべてメニューに載っている品を料理できていたら生き残れたと。 社員が出来ることを雇い主ができないようでは足元を見られるだけのこと。
独立した人が必ずしもノオハウをすべて知っているとは限らない。普通自分の専門を生かしたくて始めるケースが多い。 朝の会議に出て、秘書にコーヒーを持ってこさせて、なんてしゃれたものはもうない。コーヒーを淹れるのから床掃除まで経費を節約したかったらすべて自分たちでしなければならない。現在のアメリカの銀行は小企業に資金を貸さない方針になっている。理由が面白い、借財の額が小さいからだそうだ。借金をするなら大きくしろというわけだ、自営業の必要とする小額では書類仕事に時間がかかるだけで経費の無駄だという。
マイクも必死なのはわかる。彼が誰かと話し合いたいのもわかる。絶え間なく我が事務所へ設計図を持ち込み、こちらの働き手の意見を聞きに来る。 新しく購入した機械の使い方、電気の配線、果てはコンプユーターの使い方まで聞きに来る。 なんかカラースさんを思い出す。事務所を開くことに関する質問であったらいくらでも助けるつもりだ。かつてはわたし達が始めたときも誰かのお世話になっているのだから。しかしそれが収益を伴うビジネスに入ってくるとこれは別である。こちらはわが社の働き手にいい加減にするようにと注意したが、笑っているだけだ。しかし私としては死活問題である。夕方の仕事の後とか週末であるなら構わないが、営業時間では困る。この業界は知識、博識、経験は現金収入につながる。だからコンサルタントという商売が成り立つのだ。 自営業とは、毎時間オーナー自身が働き続け、収入を出さないと運営していけない。毎日が戦いである。
ある朝、いつものようにマイクが事務所に現れた。 「彼居る?」もちろん居るさ、いなきゃ困る。 「ちょっと相談だけどね、」と私の事務所の前を通って奥へ消えた。
30分後にドアを押して出て行こうとする彼に私はにっこりと微笑んで「問題は解決しました?」と聞いた、マイクは、「解決しました」
そこで私は囁いた「請求書は後で送りますから?」それ以来マイクは二度と事務所へは来なくなった。その二ヶ月後に彼はコンサルタントを雇った。最初からそうすべきだったのだ。ただ乗りはいけません。
マイクとミッキーの二人でこれから設立する会社のイメージがどうやら違うように見える。 ミッキーが吸殻をポイと工場の床に捨てるのが我慢できないと、 吸殻のある箇所をガムテープでX字を貼り付けて歩く。 もちろん吸殻はそのままだ、嫌なら捨てればいいのに、それは彼の仕事ではならしい。ミッキーの汚れた手で壁を触り汚れたと、そこにもガムテープでX字を貼って置く。 最初それを知ったとき、「異常」?という言葉が頭をよぎったがそうではないらしい。本人にしてみれば、言い出したらきりがないし、喧嘩になるとでも思っているらしい。 一日の終りに旋盤やミルの上に鉄くずが残っていると毎日ミッキーは文句を言われている。鉄やステンレスを削れば切りくずがでるのは致し方ない。だが、マイクは工場をいつも綺麗に保ち、何時誰が新会社を見に来ても整理整頓がされていて、うちの工場はこんなにきれいですと見学してもらうのが営業の一つと心得ている。いまだ大きな企業の一員として働いていたときの習性から抜け出られず、思いつき一つ、指図一つで会社は動くと信じているようだ。
自営業とは、営業、生産、経理、庶務すべてを知る必要がある。 もちろん人を雇えばよいことだが。
中国から移住してきたある若夫婦が新しい食堂を開いたが、数年で倒産した。 理由は簡単だった。 メニューの中のすべての料理を、オーナーが料理出来なかったから。もちろん彼らはコックを雇った。 そのコックが決めた料理すべてがメニューに載っている。 しかしコックといえども人間。 病気もすれば怪我もする。
計理士上がりの若い経営者は、毎日レジスターの後ろに座り、帳簿を眺め、お客に挨拶していたが、 店が軌道にのり、この分で行けば今年はもしかしたら黒字なんて喜んでいた頃合を見て、コックが給料値上げを要求した。 とても彼が支払われる額ではなかった。値上げを渋る店主に、コックは実力行使を使った。 翌日から出勤を拒否した。若い店主はそのときに自分の愚かさをさとったそうだ。 もしも、自分がすべてメニューに載っている品を料理できていたら生き残れたと。 社員が出来ることを雇い主ができないようでは足元を見られるだけのこと。
独立した人が必ずしもノオハウをすべて知っているとは限らない。普通自分の専門を生かしたくて始めるケースが多い。 朝の会議に出て、秘書にコーヒーを持ってこさせて、なんてしゃれたものはもうない。コーヒーを淹れるのから床掃除まで経費を節約したかったらすべて自分たちでしなければならない。現在のアメリカの銀行は小企業に資金を貸さない方針になっている。理由が面白い、借財の額が小さいからだそうだ。借金をするなら大きくしろというわけだ、自営業の必要とする小額では書類仕事に時間がかかるだけで経費の無駄だという。
マイクも必死なのはわかる。彼が誰かと話し合いたいのもわかる。絶え間なく我が事務所へ設計図を持ち込み、こちらの働き手の意見を聞きに来る。 新しく購入した機械の使い方、電気の配線、果てはコンプユーターの使い方まで聞きに来る。 なんかカラースさんを思い出す。事務所を開くことに関する質問であったらいくらでも助けるつもりだ。かつてはわたし達が始めたときも誰かのお世話になっているのだから。しかしそれが収益を伴うビジネスに入ってくるとこれは別である。こちらはわが社の働き手にいい加減にするようにと注意したが、笑っているだけだ。しかし私としては死活問題である。夕方の仕事の後とか週末であるなら構わないが、営業時間では困る。この業界は知識、博識、経験は現金収入につながる。だからコンサルタントという商売が成り立つのだ。 自営業とは、毎時間オーナー自身が働き続け、収入を出さないと運営していけない。毎日が戦いである。
ある朝、いつものようにマイクが事務所に現れた。 「彼居る?」もちろん居るさ、いなきゃ困る。 「ちょっと相談だけどね、」と私の事務所の前を通って奥へ消えた。
30分後にドアを押して出て行こうとする彼に私はにっこりと微笑んで「問題は解決しました?」と聞いた、マイクは、「解決しました」
そこで私は囁いた「請求書は後で送りますから?」それ以来マイクは二度と事務所へは来なくなった。その二ヶ月後に彼はコンサルタントを雇った。最初からそうすべきだったのだ。ただ乗りはいけません。
2007年12月6日木曜日
お隣さん ミッキー
赤毛の女性が大好きなミッキーは小規模な会社の半分オーナー。 彼は作る人。彼もドナルドと同じ精密機器の職人さん。設計と営業担当はイギリスから移住してもう二十五年、最近やっとアメリカ市民権を取る準備を始めたエンジニアーのマイク。彼が後の半分のオーナー。 この二人は水と油ほどの性格の違いがある。どうしてこの二人が一緒に仕事をするきっかけがあったのか不思議なのだが、半年ほど前にお隣の建物に入居して新しく特注カプリングの会社を設立した。
ミッキーは一日が終わると、子供が泥んこの中に横臥して遊んだように汚い。機械工だから汚れるのはわかる。しかし同じ機械工でもドナルドはあんなに汚くない。共に黒のT-シャツに黒のジーン。機械の前に立つときは野球帽をかぶる、細身で長身までは同じなのだが、ミッキーは違う、タバコを吸っても灰皿を使わない。彼が歩くとゴミが集まるっていう感じ。鼻髯にあごひげ。長髪。女性と話しをするときなどいともやさしげにニコニコするのだが、髯ボーボーのおっさんがニコニコするとニヤニヤに見えるから不思議だ。
週末に友人二人とミッキーはサン アントニオへ出かけた。帰宅途中昼食はファミリースタイルの食堂でと決め込んだ。皿の上に大盛に盛られた食事は中年以降の三人には不覚にも食べきることが出来なかった。そこへ店主のデブオバチャンがいつもの顔ぶれと違う彼らのテーブルへ挨拶に来た。ミッキーの肩に手を置き、食事はどうでしたか?とにこやかに聞く。 三人とも美味しかったと答えた、オバチャンは、皆さんまだ食事は終わっていないようですね?と皿の上の食べ残しを見る。あなた方アフリカでは、食べる物も無くて飢え死にする子供が現在も沢山居るのを知っていますか? とジローと三人を見る。 ここに食べ残された皿の上の食べ物で何人の子供が今日も生きられると思いますか?ジロー。こんなに食べ残して、あのアフリカの子供たちに申し訳ないと思いませんか ジロー。
やさしく諭されたテキサス男たちはシュンと悔恨の念に囚われ、背筋を伸ばして素直に「イエス マーム」と答え、目を白黒させてもう一度フォークを手にして自分たちの食べ残しを腹に詰め込んだ。大いなる人間愛、これぞまさにファミリーレストラン。
ネー、 自分たちが、食いたくないのに、腹に詰め込むことがどうしてアフリカの子供たちを助けることになるの? 毎日食事が出来ることを何故申し訳ないと感じなければいけないのかね。 アメリカの政府は、税金をガッポリとかき集めてアフリカなど第三国へ配っているのと違うの? 自分は、十六才から働き通しですよ。 休みなく働いて、 仕事をしなければ家族を養えないから。自分は一度も社会福祉へ援助を頼もうと考えたこともない。 俺アフリカの子供たちへ機械の使い方教えに行こうかな?そうすりゃ彼らももう飢えないだろう? そんなことをぼやきながらわたしの事務所のコーヒーを飲みに来る。自分たちの事務所では相棒のマイクの淹れるコーヒーが美味しくないのだそうだ。 それなら自分で淹れたら?というと、マイクが自分の淹れたコーヒーを捨てるとボヤク。ソレッテ、ミッキーもマイクの淹れたコーヒーを捨てるの? ウヒヒーと笑うミッキー。同意が出来ないのはコーヒーばかりではないのだが。
ミッキーは一日が終わると、子供が泥んこの中に横臥して遊んだように汚い。機械工だから汚れるのはわかる。しかし同じ機械工でもドナルドはあんなに汚くない。共に黒のT-シャツに黒のジーン。機械の前に立つときは野球帽をかぶる、細身で長身までは同じなのだが、ミッキーは違う、タバコを吸っても灰皿を使わない。彼が歩くとゴミが集まるっていう感じ。鼻髯にあごひげ。長髪。女性と話しをするときなどいともやさしげにニコニコするのだが、髯ボーボーのおっさんがニコニコするとニヤニヤに見えるから不思議だ。
週末に友人二人とミッキーはサン アントニオへ出かけた。帰宅途中昼食はファミリースタイルの食堂でと決め込んだ。皿の上に大盛に盛られた食事は中年以降の三人には不覚にも食べきることが出来なかった。そこへ店主のデブオバチャンがいつもの顔ぶれと違う彼らのテーブルへ挨拶に来た。ミッキーの肩に手を置き、食事はどうでしたか?とにこやかに聞く。 三人とも美味しかったと答えた、オバチャンは、皆さんまだ食事は終わっていないようですね?と皿の上の食べ残しを見る。あなた方アフリカでは、食べる物も無くて飢え死にする子供が現在も沢山居るのを知っていますか? とジローと三人を見る。 ここに食べ残された皿の上の食べ物で何人の子供が今日も生きられると思いますか?ジロー。こんなに食べ残して、あのアフリカの子供たちに申し訳ないと思いませんか ジロー。
やさしく諭されたテキサス男たちはシュンと悔恨の念に囚われ、背筋を伸ばして素直に「イエス マーム」と答え、目を白黒させてもう一度フォークを手にして自分たちの食べ残しを腹に詰め込んだ。大いなる人間愛、これぞまさにファミリーレストラン。
ネー、 自分たちが、食いたくないのに、腹に詰め込むことがどうしてアフリカの子供たちを助けることになるの? 毎日食事が出来ることを何故申し訳ないと感じなければいけないのかね。 アメリカの政府は、税金をガッポリとかき集めてアフリカなど第三国へ配っているのと違うの? 自分は、十六才から働き通しですよ。 休みなく働いて、 仕事をしなければ家族を養えないから。自分は一度も社会福祉へ援助を頼もうと考えたこともない。 俺アフリカの子供たちへ機械の使い方教えに行こうかな?そうすりゃ彼らももう飢えないだろう? そんなことをぼやきながらわたしの事務所のコーヒーを飲みに来る。自分たちの事務所では相棒のマイクの淹れるコーヒーが美味しくないのだそうだ。 それなら自分で淹れたら?というと、マイクが自分の淹れたコーヒーを捨てるとボヤク。ソレッテ、ミッキーもマイクの淹れたコーヒーを捨てるの? ウヒヒーと笑うミッキー。同意が出来ないのはコーヒーばかりではないのだが。
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