2008年12月13日土曜日

じゅんたろう さんが投稿「恵みの雪」にコメントを書き込みました。

ヒューストンの天気を時々見ています。一日の温度差がとてもい激しいですね。日本もそれほどでもないにしろ小春日和、インディアン・サマーと云いますかこのところぽかぽか陽気です。この温度変化で幼稚園児も体調を崩している子供が多くなってきました。19日で今年の学期はおしまいです。
優しい子供達が私にと自分のおやつ袋からキャンディーやリンゴ、温かいコーヒーをくれたりします。クリスマスの意味を知らない子供達や両親ですが、こんな気持ちが持てる人々がいるって事が嬉しいのです。私は小さなギフトをいつも用意して、たとえばケーキのような格好にしたハンカチなど、それに答えます。私にとってクリスマスは悲しい季節なのです。十字架でなくなられるためにお生まれになったイエズス様。我が家のクリスマスは毎週一本ずつ増えるキャンドルの光のみです。二三日前私は寒さで膝裏が痛くなりびっこを引いていました。喘息もちの子供がハイとホット・パッドを差し出しくれました。涙が出ました。これがクリスマスなのです。
皆様良いクリスマスを!


じゅんたろうさんコメントありがとうございます。
良いお話ですね。 胸にジーンと来ました。 子供は親や世間の教育でどのようにでも育ちます。本当に私たちの責任は大きいです。 
じゅんたろうさんはまだまだ無垢な気持ちの子供たちに沢山「優しさ」を教えてあげて下さい。

2008年12月12日金曜日

恵みの雪



昨晩このヒューストンの街に一夜のジョイが恵まれた。 ほんの二時間か三時間であったが雪が降って来た。積雪??三センチである。 それも12月の初旬に降ったのだから驚きである。 温暖化よ何処へ行った。 二日まえには時折冷房を入れないと少し蒸し暑いかと感じてたのに、なんと二十四時間後には雪である。 しかしそれも一夜の夢と化して、今日は陽がサンサンと照る小春日和の気候。 まったく体の調節に困る。 

お向かいのイギリス人家族の子供には生まれた初めての雪、クリスマスの飾りつけに大きな電動雪だるまを回していたのが、本当の雪が降ってきたのだから大変だ。庭に出てキャーキャーと叫んで転げ回っていた。 もしかしたら、今日あたり風邪をひいて寝ているかナ。 
お隣の家の前の飾りの付いたツリーが本当に白い雪で覆われて、少し早いホワイト クリスマスを街の人々が味わえた一夜となった。

いつもより少し遅く、もう暗くなって事務所を出たときは、 車のライトに照らされるもの見てアレッと思ったが、まさかである。 高速を走るうちにそれが雪だと知った時はもう嬉しくて諸手を上げたかったが、その反対に、闇夜の雪降りの中の運転がいかに大変か知らされた。 走るうちにサラサラ雪が少しドカ雪に変化して、車のフロントグラスに向かって飛び降りてくるような気迫には閉口した。 こんな経験は初めてである。そして頭をよぎったのは、今日はタイヤの新しいのを買って付け替えてもらうつもりが、面倒くさいが先に立って店に行かなかったことを思いだし、もう一度シマッタと嘆く。 「おー神様、この数珠つなぎの車の中でどうか事故を起こしませんように」と祈りながらの帰宅である。情けない。

毎年、十月になるといつも通りの蒸し暑さが遠のき、ハロウィーンの準備の子供たちが凝った衣装を着て寒い中を飛び回る準備おさおさないのに、三十一日のハロウィーの日は温度が逆戻りして子供たちが汗をかきながらぶあついコスチュームで苦しむのが習わし。
そしてまた少し涼しくなって、サンクスギヴィングの頃まで続き、 その日が来ると、各家のオーヴンでターキーを何時間も焼く日は初夏の暑さになり、ショーツにT-シャツ、冷房を入れて食事となる。 

クリスマスは普通冬らしい季節が戻り、生誕の祝の教会への道のりは楽しいドレスアップを楽しめるが、翌週はプレゼントでもらった素敵なトックリのセーターや、厚手のコートを若い人たちが着用して、ポカポカの小春日和に汗をかくのが常である。

一月の後半から二月に本格的な冬の季節になるはずが、 昨晩の雪は一体どういうことになるのかしら。 世の中が少しずつ狂って来ていると一緒に、「自然の女神」もお歳には勝てずに少し老衰かもしれない。

  

 

2008年12月4日木曜日

手負い虎 さんが投稿「サンクスギヴィング」にコメントを書き込みました。

いろいろ考えて、書いてみたのですが、私の意見で人さまのブログを汚すべきではないと考えまして、自分のブログに載せました。Happy Holidayについてです。


手負いさんコメントありがとうございます。

素晴らしいコメントだと思います。 手負いさんのブログのアドレスは此処です。 
http://myhome.cururu.jp/r_escobar_gallery 

2008年12月2日火曜日

手負い虎さん、じゅんんたろうさんからコメント いただきました

手負い虎 さんが投稿「サンクスギヴィング」にコメントを書き込みました。



まねっこの日本人が、日本でプラスチックでできたカボチャのランタンで大騒ぎしたり、意味もわからずあわてて七面鳥を食べたり、12月だ、それクリスマスとばかり町をピカピカさせたりしています。

私はそのそばで、おはぎ食べたり、まんじゅうを食べたりしていると、きちがいあつかいされます。

日本民族は外国に行かないと日本的にならないもんらしいですよ。^^




じゅんたろう さんが投稿「サンクスギヴィング」にコメントを書き込みました。


良い祝日だとおもいます。どんなのかは話に聞くだけでわかりませんが、もともとはイギリスから移住してきたピルグリム・ファーザースが荒地を開拓し最初に実った作物を神に感謝したからだとか程度の知識です。
日本でも新嘗祭だとか秋季皇霊祭だとか十一月にありましたが、皇室中心の祭りだと戦後消えてしまいました。今は勤労感謝の日です。妙なことに全く日本人としては考えられないハロウイーンなんてものが流行っているようで幼稚園でもこれをやるのです。五十年ほども前でしょうか、ウイリアム・ホールデンとキム・ノバックのこれをテーマにした映画がありました。日本では教会暦に沿った祭りがイースターとクリスマスぐらいでしょうか。やはりお正月なんでしょうね。ひな祭りや五月の節句、七五三もありますが、成人になるまでの通過儀礼です。その他各地に伝わる祭事は面白いものが数多く残っています。
兵庫県出身の私としては欠かせないのは十二月十四日の「討ち入り蕎麦」です。関東の人に話してもへーというだけです。


手負い虎さん、じゅんたろうさんいつもコメントありがとうございます。  
誰かが読んでいてくれると感じるのは、うれしいです。

個人主義の国のアメリカ人が祝日を結構丁寧に習慣通りに祝うのは、私がアメリカに来て一番驚いたことです。  これからはクリスマスにまっしぐらに商業戦がはじまりますが、 もうここ数年はMerry Christmasと云わずにHappy Holidayとメヂアでは呼びます。 一部の宗教に偏らないように、他の宗教の方々の気持ちを尊敬しましょうというのだそうです。 
それでも過半数はキリスト教ですから クリスマスは一年間中での最大の祝でしょう。
全くどうでも良いような(大きい声では言えませんが、くだらないプレゼント)を買いまくり、クリスマスの日にお互いがそれを開けて、ありがとう、を云い合うのですが、 でもそれが一つの儀式なのだと考えを変えると受け入れられます。 貴女の為に時間を費やして買い物をしました。ただそれだけの事なのです。また 毎日が忙しくしている社会で、 この日だけは、職場の誰かから、友人の誰かから、靴下一足、キャンドル 一個、キャンヂーの詰め合わせの包みを開けて、ヘエーとニヤニヤして終わりです。
でもこれも時代と共に少しづつ変わっています。 キリスト教オンリーの国だったのが、モスラム教や無神論者の声が大きくなり、 「神の生誕」 どの神の事だってどなっています。 でも考えてみれば、 自分の宗教を誇示して、他宗教の祝を拒否するのも、信仰の面では立派な考えではないでしょうかしら。 私がもし、仏教徒であって、毎日の生活の中にその色を濃く表す生活をしていたらやはり、やかましい~なんて考えたかもしれません。

祝い事としては、自分の子供を二カ国の血が通っていることを主張して、 サンクスギヴィングもクリスマスも、大晦日の年越し蕎麦、正月のお雑煮、三月三日のお雛様(女雛と男雛しかありませんけど)も飾り、五月五日は兜と刀も飾ります。 本当に忙しいですよ。 主人は喜びます、そのたびにお祝の食事が食べられるから一年中お祝いでいいそうです。
でもそれも大半はもう終わりました。 二人の子供が家を出てもう何年にもなります。
戦い終わって一抹の寂しさ残りですかね。 

手負い虎 さんが投稿「紅葉」にコメントを書き込みました。








どうも。内容も面白いのだけど、動物好きの私としては、どうしても目に飛び込んできたラックーンの写真に反応してしまいます。かわいくてねえ。これ、野生でそこいらにいるの?

コメントありがとうございます。

そうですよ、居たんです。 ここはキャンプ場でしが、キャンパーが5メートル以内の場所で夕食の準備をしていたのですが、 このラクーン君も負けじと自分の夕食のどんぐりを食べていました。 車のエンジンを止めて、窓ガラスを下ろして写真を取り出したら、食事を止めて、煩いんだよって感じで睨まれました。 まったっく動じず、先住者は自分だっていう顔していました。
写真はラクーン君から約2メートル以内でした。 もう少し近ずいて握手をしたかったのですが、彼がお食事中でしたから止めときました。  可愛いでしょ。

2008年11月24日月曜日

サンクスギヴィング

秋も深まる11月、今年も第四週の木曜日がまたやって来る。 国中が楽しみにするサンクスギヴィング (感謝祭)が来る。
スーパーでは冷凍七面鳥のバーゲンが先週から始まっている。今年は景気が悪いと云われて久しいから、50ドル以上お買い上げの方にはお一人様一羽限定無料などという店を探すのは少しきついかもしれないが、 私の行きつけのスーパーでは当店のカードお持ちの方は1ポンドに尽き39セントと広告が出ていた。12-3ボンドの七面鳥だと5ドル前後で買える。添え書きとして、20ドル以上の買い物をしたお客様となっている。  

アメリカの男性にはこのサンクスギヴィングの日が一年中で一番楽しめる日になる。 クリスマス、ヴァレンタイ、誕生日どの日も男性はプレゼントを買わされるという使命があり、ただでは御馳走が食べられないが、この日だけは、何も持たずに食べることにいそしんでも誰からも文句を言われない日なのだ。そして年寄りは、子供や孫が自宅に来る楽しみの日である。

 男性軍は居間に集まって昼間からビールを呑みながら、TVのフットボールを観戦。女性群はキッチンで料理にいそしむ、昔からの風景が営まれる。どの家庭も大きな七面鳥は食べきれない、誰でも友人知人を招きいれる寛大な日でもある。

若い夫婦者は妻の実家の食卓に並び、お腹に詰め込んだ後に急ぎ車を飛ばして今度は夫の実家へと急ぎ同食事を繰り返す責め苦もある。 実家の母親にとっては皆が顔を揃えたかどうかは天地がひっくり返るほどに大切なことである。 
 
独身や一人家族から離れての生活をしている者にとっては、今年は何処の家庭にもぐり込んで七面鳥の食事にありつくか難しい課題であるが、おおらかなこの国では、何処の家庭でも息子や娘の友人、知人などは何時でもウェルカム、「皿を一枚余分に出すだけの事ですから」が合言葉になり、どの家族の招待に答えるか思案の時となる。

しかし、この実家の集まりにも裏と表があり、妙な話だが、いつまでも母親が元気で居てくれる事を喜ぶと同時に、 知人の数人の妻たちは、 私はもう50代になるのに未だに自分で七面鳥を焼いた事がない、いつになったら自分の番が来るのだろう。 私だってもう成長した息子や娘を呼んで家で祝いたいのに、彼らを説き伏せて全員集合を繰り返す自分が情けないと嘆く声を良く訊く。 

私たち夫婦は結婚37年目にして初めて、二人だけの感謝祭の食事になりそうだ。サンジェゴに移ってしまった娘も息子も一日だけの休日では、飛行機の往復は少し無理ゆえ、彼らも友人の家庭に招待されての祝の食事になるらしい。 それならばいっその事レストランへ行こうかと誘ってみたが、生粋のアメリカ人を自認する主人には七面鳥の無いサンクスギヴィングは考えられないそうだ。 まあそれもそうであろう、私も日本を出て長いが、やはり大晦日にはお蕎麦を食べたいし、お正月にはお雑煮を食べないと何かしっくりといかない。 産まれ育ったその国の持つ習慣とはそういうものかもしれない。

2008年11月17日月曜日

紅葉








何処までもつづく平原の中で、石油堀のポンプがドッカン、ドッカンと回転しているテキサスを走りつづけること五時間、やっと通り抜けたテキサス州。
見渡す限り山と牧草と牛の景色に変り、レッド リバーを越えればオクラホマ州、「ウエルカム オクラホマ」の立札が見えた。 昔の映画「オクラホマ」を思い出させる田舎道が一本いつまでもつづく。ラジオから流れるカントリーソングがそのまま景色になったようなのどかなオクラホマにやって来た。Talihina Oklahoma. 毎年 オートバイの Talimena Rally が開催されるクネクネと曲がりくねった山道の小さな町。

 何年振りかで紅葉を見ようと此処まで足を延ばした甲斐あり。 牧場と山の空気が、ゆったりと漂うのんびりとした景色。山から山へと黄色や紅く染まったクネクネとした山道は息を呑むような紅葉と、自分は緑をつらぬく、絶対に紅くならないぞと踏ん張る松の木のコントラストがどこまでも綺麗に並ぶ。 人種の雑多の中で生活する毎日故か、 アー此処はアメリカなのだと変なことに感心させられてしまう。
非常に保守的な州に加えて、福祉が少ない故、黒人、ラテン系にアジア系の顔が見えない。もうラテン系が半分以上を占めるヒューストンとは川を一つ越えただけでこんなにも違うのかと驚いてしまった。

今年の夏は気温がいつもより高かったが、十月の後半になって急に温度が下がり寒くなった為に木々の変化も一気に変化して今年の紅葉は例年より綺麗なのだと食堂のおばさんが話してくれた。丁度私たちが訪ねた週末が紅葉の最後の週末になるようで、来週になれば真っ赤な葉が一斉にストーンと地に落ちてしまう。 

実を言うと我が亭主殿も二年つづけてこの地へ来ている。
今年も三週間程前にこの町に25名のバイカーと二泊三日のラリーであっちの山こっちの山と走り回ったのだが、来年も又来る為には、やはり自宅に一人留守番をする山の神様も一度はお連れしないと具合が悪いのではと悔悛と罪の償いの気持ちからの紅葉見物となったわけ。いえいえ私としては、理由はどんなのでも構わないのです。 間違っても、バイクの後ろに乗って出かけようなどと奇想天外なことさえ云わないでくれれば、しっかりと四輪の屋根付きの、椅子付きの乗り物であればどこまでも参ります。

昼食をまだ食べていないからとレストランをキョロキョロと目で探していたら、小さなこの町に一つしかない個人経営のハンバーグの店に連れていかれた。 壊れかけたような小さな店は狭く、カウンターに座れない客は後ろで立ってハンバーグを食べるが誰も文句など云わない。 隣で一緒に立って食べていた夫婦は頭にお揃いのバンダナをかぶり、二人とも会社勤めの中年夫婦だが、先週は息子の住むコロラドまで行って来たそうだ。 クリスマスには娘の住むカンサス州までこのクルーザー(大型バイク)で行く予定だと話してくれた。私は心から凄いと思った。ラリーのシーズンが終わっても、二人乗りのクルーザーは車の数よりも多い。 それも中年以降老年の域に達しているらしい夫婦者。 もしかしたら我が亭主殿はこの人たちを私に見せたくてセッセとドライブして此処まで私を連れて来たのだろうかと勘繰りたくなったが、もしそうだとしても、それはかなわぬ夢として胸の中深く閉まっておいて貰いましょう。  

昼食後、山を越え反対側に降りたらそこは「ウエルカム、アーカンサス州」の立札。 オヤこれが元大統領クリントンさんの「おらが町」かいなと嬉しくなった。私はこの州に足を入れたのは初めてである。
 
ブルーの大型バイクが道の端に止まり、ドライバーが中腰になってエンジン部分を眺めているのを見た我がお節介亭主が、「ハウディー」?と声をかけ自分が手伝うことはあるかと聞いた。亭主殿も田舎に来て言葉まで違えているのが傑作であった。  お揃いのヘルメットに皮ジャン、中のシャツがピンクまでお揃いの二人はなんと白髪の老夫婦。乗っているクルーザーは何万ドルもする高級バイク。最近買い換えたので何が何処にあるか分からなくて困っていると云う。バッテリーが上がってしまったらしいが、そのバッテリーの位置が分からないと心細いことを言う。 そばでコロコロに肥った奥さんが一生懸命に分厚いマニュアルのページをめくりバーテリーの箇所探しに忙しい。
そのうちに「アッ見つけた、このページに書いてあるわヨ」と嬉しげに叫ぶのを訊いてから私たちは車に戻った。 お手伝いをするのは簡単だが、 せっかく奥さんが自分の旦那さんに叱咤激励しているのに他人が手を出すのはご法度としよう。うちのお父ちゃんだってそんなこと出来るワヨと憎まれたくない。

ピンクのシャツの夫婦はバイクの故障を直したとみえて、翌日は二か所であのコロコロの奥さんを後ろに乗せたブルーのバイクが勇ましい姿で飛ばしているのを見た。