アルコール依存症は 毎日の生活の中にアルコールがなければ生きられない。中毒者とさして違いはないが、 時によって呑まなくても生活できるはずではないかと思うが、「呑まなきゃいられない~」のだろう。 本人がなぜ AA Meeting にまだ コミットメント をしないかと理由を聴いたら、 「オケイジョナル ドリンカー」になりたいのだそうだ。 祝い事のあるとき、何かうれしいとき、 皆で集まってワイワイしているとき 「私は呑みません」と言いたくない。
しかし、 娘の直美は心療クリニックのカウンセラーである。 その道のプロが言うには、そんな都合のいいことでは駄目、 止めるとは 止めること。一生呑まないと決意しなければ又もとの木阿弥。まことにプロとは 血も涙もない。 そばで暮らしている私としては もう二週間も口にしていないだけでも誉めてあげたいと思いのだが、 冷たい娘である。
かつて 禁煙をしたときは 自分でする勇気がなく Shick Center という妙な診療所へ通い 電子作用による禁煙治療を受けた。料金も馬鹿にならなかったが 先方さんの言葉がもっと気に入らない。 向こう三年間のタバコ代を先払いしてもらうと思えば安いものです。
タバコを一口吸うたびに体に電気が通って ビビッと来る。 そのビビッが嫌で、 タバコを吸うのが嫌になると何とも原子的な治療だった。 まあ今から 35年前の話であるから仕方がない。 今では 針治療とか、催眠術とかで禁煙をする人も居るらしい。 私に言わせればそんなに止めるのは 難しいかな~ 私なんて、もう何度止めたか分からないくらい禁煙をしている。 禁煙の専門家のつもりだ。 今では季節労働者ではなく 季節喫煙者である。 三月のキリスト教の四旬節が始まると 禁煙に入り、夏場は 野外での喫煙は暑いから そのまま続けて、 秋になって解禁になり、冬はやはり野外は寒いから 又禁煙をして 春のわずかな期間を楽しむ。 それならいっその事止めたらとよく言われる。
亭主殿は タバコにしても お酒にしても DNAの中にのめり込み症候群があるのだろう。 最近初めてオートバイにしてもしかり、乗りたいから 一台欲しいが始まりで とたんにのめり込み、今では我が家のガレージに ホンダ 450、ヤマハ XJ 1100 と カワサキ ヴォヤージ1250 が並んでいる。 そして 先日は ヤマハの大型の掘り出し物があると キョトキョトしていた。 今ある一台を売ってそれで あれが買える。 その手はもう古いのにまだ言っている。 三台目のときも 二台目をすぐ売るから これを逃したくない。 だが 手に入った途端もうその条件はすっかり忘れている。 これも のめり込み症候群の一端としか考えられない。 どうせなら 金銭欲へのめり込んでもらいたいものだ。
しかし問題はそれではない。 かつて亭主殿が禁煙を始めたとき 私はお付き合いでセンターに通わずに禁煙した。こっちだって ずいぶんと我慢と努力をしたのだから。 もう大丈夫だろうと 25年後に私は自分に解禁をした。これは言い訳である。 ねずみがあの美味しいチーズの一かけらが忘れられなくて ドアを叩きつづけるように、いつか又めぐり合えるという潜在意識があったのだろう、だから止められるのだ。故に 大きなストレスが起きたときにまっすぐに手が届いたわけだ。そして今度はお酒である。
まさか目の前で一人楽しむわけには行かない。 そこはホレ 夫婦一緒に頑張りましょうと少しは同情心を持って控えるようになる、 そのうちに まさか亭主の居ないところで 「隠れ酒」 をする気にもならず、ジッと我慢の人をしているうちに どうでも良くなって来たから不思議である。 不眠症の私は 夜中の二時ごろに チビリ チビリと一人楽しみ 本を読むのだが それが出来なくなった。 誰もするなとは言わないし、 してはいけない事でもない、しかし ブレーキがかかったがごとく お酒に手が行かなくなった。 呑んでも美味しくない。
これは一大事である。数少ない私の人生の中の楽しみを 又一つ亭主殿に取り上げられたような気がする。 もちろんこれは被害妄想であるが。 何事にも 依存症にはならないと自負している私が呑みたくなくなったというのは 「悲劇」である。
2009年9月3日木曜日
2009年9月1日火曜日
我が家のアルコール依存症 その1
世にアルコール中毒症という言葉がある。 そして アルコール依存症もそれに共存して存在する。 私は最近までは どちらもごっちゃまぜ 同じようなものだと理解していたが どうやら違うようだ。
どちらも 呑まなければ生きられないのには代わりはない。 そこで 存在するのが Alcoholics Anonymous meeting (AA Meeting) アルコール中毒患者及び依存症患者救済。
探してみ見ると あちこちのコミユニティー センターとかキリスト教教会などで 常時開催されている。 時間帯は週末だけとか、毎日昼食事に開くようだ。もちろん夕方に開くのもあるはず。 中毒症、依存症の人たちが 集まって各々の問題を話し合ったり、 自分の希望などを話し合ったりする集まりである。
そのAA Meeting に我が家の亭主殿が通い始めた。 誰に言われたわけでもなし、背中を押されたわけでもない。 この15年ほどは 浴びるように呑んでいた ウイスキーの味がまずくなったらしい。 呑んでも美味しくないのに なぜ呑む。 体が要求していると本人が気がついたのであろう。 毎晩 スコッチのオンザロックを 5杯開ける。 本人は3杯と主張する。 医者の前でも 友人の前でも シラー と3杯ですと言う。 もちろんそうである。 3杯呑んだ後はもう数が数えられなくなっているのだから、3杯までは覚えているのである。 しかし昔は楽しい気分になったのが 最近はもう義務で呑んでいるように見えていた。 もちろんそれは 同居している私の目からであるが。 本人はあくまでも 呑みたいから呑んでいると主張する。
そして 失敗も何度かした。 来客と夕食共にして、 食後のコーヒーと団欒の頃には 自分のベッドで鼾をかいて寝てしまったことも何度かある。 最近では 客と同じ長いすに座って会話中に スーッと寝てしまった。 もうこちらは赤面の至りである。 蹴飛ばして 起こしても 「寝てない」とがんばる。 「否定」は依存症の第一症状である。
わが亭主殿は 昔はチエーンスモーカーであった。 日に三箱になろうとしていたときに長男が産まれ、自分の父親が肺がんで49歳の若さで亡くなったことを思いだした。 これは割が合わないと気がついたそうだ。
こんなに可愛い息子の成長を見るか見ないかは 自分の健康管理につながると思ったら 毎日煙突のごとく吸っているタバコがあほらしくなったそうだ。 あれから 35年。
良く我慢してくれたと思う。
禁煙の後に手を出したアルコールが 最近では毎日体内に流し込まなければ居られなくなった。 アルコール中毒(アルカホーリック)とは 、一滴口に流し込むと 本人がダウンするまで、 酒のボトルが空になるまで呑み続けるらしい。 一本のビールを呑むと 6本入りの箱を抱え込むそうだ。 留まることがない。前後不覚になるまで 呑み続ける。
わが亭主殿はまだそこまで行かない。実は 5杯目が終わる頃には 長いすでグーグーであるから その先がないのだ。 又前後不覚ではないらしく、真ともな会話らしきものをする。 ついでに物事に関してうんちくを傾ける。それもクドイ。しかし 翌朝は何も覚えていない。こちらとしては 呑み始めたら 約束事はしないことである。 後で泣きを見るのはこちらだから。
その亭主殿がこの二週間 昼休みになると AA Meeting に通っている。 ときには場所を変えて、 年齢層の違うのや、 一連の職業の似通った集まりとかいろいろあるそうだ。 しかし何処の会合でも まだ コミットメントをしていない。 この集まりで 「コミットメント」をすることは 今後一切 二度と「呑まない」ということだ。
呑むのを止めて 10年経ちました。 20年経ちました、という集団が時間の許す限り会合に来る。 先日は 定年退職をもう 10年の前にしたという男性が 35年禁酒達成祝いをしていたそうだ。 私に言わせば、35年も呑んでいなければ 実際に味も覚えていないのではないだろうかと思うが、 そんな人でも ひとたび 一杯のアルコールを口にすると 35年前の中毒に戻るのだそうだ。 正直 もう体の組織が変わっているのでは?と考えるが たぶんこれは素人考えなのであろう。
どちらも 呑まなければ生きられないのには代わりはない。 そこで 存在するのが Alcoholics Anonymous meeting (AA Meeting) アルコール中毒患者及び依存症患者救済。
探してみ見ると あちこちのコミユニティー センターとかキリスト教教会などで 常時開催されている。 時間帯は週末だけとか、毎日昼食事に開くようだ。もちろん夕方に開くのもあるはず。 中毒症、依存症の人たちが 集まって各々の問題を話し合ったり、 自分の希望などを話し合ったりする集まりである。
そのAA Meeting に我が家の亭主殿が通い始めた。 誰に言われたわけでもなし、背中を押されたわけでもない。 この15年ほどは 浴びるように呑んでいた ウイスキーの味がまずくなったらしい。 呑んでも美味しくないのに なぜ呑む。 体が要求していると本人が気がついたのであろう。 毎晩 スコッチのオンザロックを 5杯開ける。 本人は3杯と主張する。 医者の前でも 友人の前でも シラー と3杯ですと言う。 もちろんそうである。 3杯呑んだ後はもう数が数えられなくなっているのだから、3杯までは覚えているのである。 しかし昔は楽しい気分になったのが 最近はもう義務で呑んでいるように見えていた。 もちろんそれは 同居している私の目からであるが。 本人はあくまでも 呑みたいから呑んでいると主張する。
そして 失敗も何度かした。 来客と夕食共にして、 食後のコーヒーと団欒の頃には 自分のベッドで鼾をかいて寝てしまったことも何度かある。 最近では 客と同じ長いすに座って会話中に スーッと寝てしまった。 もうこちらは赤面の至りである。 蹴飛ばして 起こしても 「寝てない」とがんばる。 「否定」は依存症の第一症状である。
わが亭主殿は 昔はチエーンスモーカーであった。 日に三箱になろうとしていたときに長男が産まれ、自分の父親が肺がんで49歳の若さで亡くなったことを思いだした。 これは割が合わないと気がついたそうだ。
こんなに可愛い息子の成長を見るか見ないかは 自分の健康管理につながると思ったら 毎日煙突のごとく吸っているタバコがあほらしくなったそうだ。 あれから 35年。
良く我慢してくれたと思う。
禁煙の後に手を出したアルコールが 最近では毎日体内に流し込まなければ居られなくなった。 アルコール中毒(アルカホーリック)とは 、一滴口に流し込むと 本人がダウンするまで、 酒のボトルが空になるまで呑み続けるらしい。 一本のビールを呑むと 6本入りの箱を抱え込むそうだ。 留まることがない。前後不覚になるまで 呑み続ける。
わが亭主殿はまだそこまで行かない。実は 5杯目が終わる頃には 長いすでグーグーであるから その先がないのだ。 又前後不覚ではないらしく、真ともな会話らしきものをする。 ついでに物事に関してうんちくを傾ける。それもクドイ。しかし 翌朝は何も覚えていない。こちらとしては 呑み始めたら 約束事はしないことである。 後で泣きを見るのはこちらだから。
その亭主殿がこの二週間 昼休みになると AA Meeting に通っている。 ときには場所を変えて、 年齢層の違うのや、 一連の職業の似通った集まりとかいろいろあるそうだ。 しかし何処の会合でも まだ コミットメントをしていない。 この集まりで 「コミットメント」をすることは 今後一切 二度と「呑まない」ということだ。
呑むのを止めて 10年経ちました。 20年経ちました、という集団が時間の許す限り会合に来る。 先日は 定年退職をもう 10年の前にしたという男性が 35年禁酒達成祝いをしていたそうだ。 私に言わせば、35年も呑んでいなければ 実際に味も覚えていないのではないだろうかと思うが、 そんな人でも ひとたび 一杯のアルコールを口にすると 35年前の中毒に戻るのだそうだ。 正直 もう体の組織が変わっているのでは?と考えるが たぶんこれは素人考えなのであろう。
2009年8月20日木曜日
じゅんたろうさん 手負い虎さん のコメント
じゅんたろう さんが投稿「 Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書」にコメントを書き込みました。
何ヶ月前だったでしょうか、オバマ大統領の国民皆保険の提案にはこれは素晴らしいと思いました。日本でも報道されていました。以前アメリカの健康保険制度に付いてうかがい知った時、これはとてもアメリカでは住めないと感じたものでした。
今回のブログで『死刑制度』の事を知り驚きです。確かに日本でも法律により無駄と知りながら高額な延命措置治療を続けなければなりません。
二十年程前になるでしょうか、叔母が雲網膜下出血で仆れました。家人不在で発見した時にすでに数時間経ていました。母と私が病院へ駆けつけると真っ赤な顔でいびきをかいて寝ているのです。揺さぶれば目を覚ますのでないかといった風です。医者は様子を見ましょうと云いその夜は帰宅し、あくる日再び訪れました。医者は一週間が限度です。人工呼吸の管が身体にそわないとそこが壊疽を起こしこれ以上は無駄な措置というのです。管を外すのは御家族の意思でと告げられました。私の判断で直ぐに叔母の所属教会の神父様をお呼びし終柚の秘蹟をしていただき、延命措置等の延長云々を訊ねました。神父様はフランスの方でヨーロッパでの措置やヴァティカンの指針など説明を叔母の家族に為さったのです。皆は理解しました。
親族全員が見守る中で LIBERA ME の祈りのうちに管が外されました。眠っているような姿は今でも眼に残っています。
この場合は叔母の信仰を親族が受け入れ、司祭に従ったわけです。ここに残された家族と医療者とそして彼女の生き方であった信仰によって決断されたのです。
これなら納得がいきます。アメリカでの「65歳・・・」って、それだけで決められるのはご免です。しかし悪戯に延命措置をされるのも、私ならいやです。いまや日本でも似たような問題がおきています。唯、今選挙前でそのような話題が沸騰し各党にマイナーになるマニフェストを提唱することは誰もしないだけです。
手負い虎 さんが投稿「 Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書」にコメントを書き込みました。
へ~~。65歳になったら殺してくれるの!日本は、75歳以上を「後期高齢者」と言う呼称をつけただけで、不評を買って廃止したくらいの国なのに。アメリカは其の上を行っているんだ^^。
私はもう68だから、アメリカにいたら、死ぬ権利あるわけだ。アメリカに行こうかな・・・
実は私は一人暮らしの特権として、倒れても、何がおきても、誰も病院に運んだりしないので、遺言なんか残さなくても自然死を迎えられると、期待しています。臓器移植法は反対だけどね。誰かの赤ん坊が死ぬのを期待して、自分の赤ん坊を助けるのを加勢すると言うあの法律、人間、バベルの塔を作りすぎじゃないの?
じゅんたろうさん 手負い虎さん 夏は暑いですね。
65歳になると自動的に誰でも Medicare 老齢者医療保険制度 に加入できます。毎月現在のところ95ドルの支払いをすれば 80%の医療費を国が支払います。 もちろん病院や医者で Medicareを受け入れるところですけど。 Medicareの経済に破綻がきたしたので 老人の医療に制限をつけるのでしょう。
何ヶ月前だったでしょうか、オバマ大統領の国民皆保険の提案にはこれは素晴らしいと思いました。日本でも報道されていました。以前アメリカの健康保険制度に付いてうかがい知った時、これはとてもアメリカでは住めないと感じたものでした。
今回のブログで『死刑制度』の事を知り驚きです。確かに日本でも法律により無駄と知りながら高額な延命措置治療を続けなければなりません。
二十年程前になるでしょうか、叔母が雲網膜下出血で仆れました。家人不在で発見した時にすでに数時間経ていました。母と私が病院へ駆けつけると真っ赤な顔でいびきをかいて寝ているのです。揺さぶれば目を覚ますのでないかといった風です。医者は様子を見ましょうと云いその夜は帰宅し、あくる日再び訪れました。医者は一週間が限度です。人工呼吸の管が身体にそわないとそこが壊疽を起こしこれ以上は無駄な措置というのです。管を外すのは御家族の意思でと告げられました。私の判断で直ぐに叔母の所属教会の神父様をお呼びし終柚の秘蹟をしていただき、延命措置等の延長云々を訊ねました。神父様はフランスの方でヨーロッパでの措置やヴァティカンの指針など説明を叔母の家族に為さったのです。皆は理解しました。
親族全員が見守る中で LIBERA ME の祈りのうちに管が外されました。眠っているような姿は今でも眼に残っています。
この場合は叔母の信仰を親族が受け入れ、司祭に従ったわけです。ここに残された家族と医療者とそして彼女の生き方であった信仰によって決断されたのです。
これなら納得がいきます。アメリカでの「65歳・・・」って、それだけで決められるのはご免です。しかし悪戯に延命措置をされるのも、私ならいやです。いまや日本でも似たような問題がおきています。唯、今選挙前でそのような話題が沸騰し各党にマイナーになるマニフェストを提唱することは誰もしないだけです。
手負い虎 さんが投稿「 Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書」にコメントを書き込みました。
へ~~。65歳になったら殺してくれるの!日本は、75歳以上を「後期高齢者」と言う呼称をつけただけで、不評を買って廃止したくらいの国なのに。アメリカは其の上を行っているんだ^^。
私はもう68だから、アメリカにいたら、死ぬ権利あるわけだ。アメリカに行こうかな・・・
実は私は一人暮らしの特権として、倒れても、何がおきても、誰も病院に運んだりしないので、遺言なんか残さなくても自然死を迎えられると、期待しています。臓器移植法は反対だけどね。誰かの赤ん坊が死ぬのを期待して、自分の赤ん坊を助けるのを加勢すると言うあの法律、人間、バベルの塔を作りすぎじゃないの?
じゅんたろうさん 手負い虎さん 夏は暑いですね。
65歳になると自動的に誰でも Medicare 老齢者医療保険制度 に加入できます。毎月現在のところ95ドルの支払いをすれば 80%の医療費を国が支払います。 もちろん病院や医者で Medicareを受け入れるところですけど。 Medicareの経済に破綻がきたしたので 老人の医療に制限をつけるのでしょう。
2009年8月19日水曜日
Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書
いつ頃からだろう 日本でもアメリカでも Living will 尊厳死を希望する重症患者の遺言書を作成する習慣が始まった。 私の母もご他聞に漏れず 毎日書いている日記の中に書き込んだと何年も前に話していた。
私と夫はその遺書を未だ書いていない。 しかし子供たちには 口頭で伝えてある。
今の世の中では医療は一般的に中々患者を死なせてくれない。危なくなると連れ戻されることが多い。 なまじ家族が病の人を哀れと感じて 逝かせてあげようとしても 法律が許さない。 しかし、 もしかすると これからの医療には そのような心配は要らなくなってくるようだ。
現在沸騰状態のHealth care system という 国民健康保険のあり方が問題になっている。 とにかくすごい。 オバマ大統領の新案 全国国民皆保険に入りましょう。お国が面倒を見ますが キャンペーンである。 総国民の50%が健康保険に加入していないという壊れた保険制度が成り立っている国ではある。 民間保険会社がぼったくりをしすぎるのだ。
国の70%が中小企業でなりたっているこの国は 後の30%の人口である大企業の社員には会社の加入する保険に入れる。 これはラッキーな人たち。 次の中小企業でも医療保険などの給付をしている会社も多いが、それが出来ない企業が多すぎる。 そこで皆が個人で医療保険に加入する。 これが 保険会社のぼったくりの被害者となる。
ここまでなら 国民健康保険制度が成立すれば 残り50%の人には願ってもない懸案であるはずなのだが 問題はその内容である。 まあ 税金が高くなるとか、 加入したくない企業が違反行為として罰金がつくらしいとか そんなことより 現在大騒ぎしている項目のひとつに「死刑制度」と 巷で呼ばれているのがある。
この医療制度には 医療と患者(国民)の間に行政が介入して 医療の判断を決定するのだそうだ。 そして 患者の65歳以上には 行政の判断で その患者にこれ以上の医療処置をする必要の是非を決定するといわれている。 その人の存在価値を国が決めるのだ。
65歳以上の患者のプラグ(管 )を抜く、抜かないを国が決めるのだと皆が騒いでいる。
ゆえに、もろもろの手術の必要性も 投薬も 患者の年齢と患者の状態によって国が判断する。
「ワー ブッタマゲタ~」 これがわたしの最初の印象だが、 もしこれが本当の話ならば 尊厳死遺言書などはもう必要ない。 お国が尊厳死を提唱している。 管を抜く前に 65歳以上は もう医者が管を体に入れてくれないらしい。 金ばかりかかる年寄りは 始末してくれるらしい。 これぞ 姥捨て山アメリカ版である。
この医療制度を可決しようとオバマ氏が孤軍奮闘しているが あまりの騒動に 大統領も気持ちを変え、 四週間決定をのばすことにして、 夏休みに入った 議員さん達は皆お郷へ帰り、 タウン ミーティング「市民の集まり」を何度も繰り返し 新医療保険の説明会をしている。
しかし、このタウン ミーティングに集まる老人パワーの凄まじさに国会議員達がタジタジとなり、ボディーガードや警察官を横に立たせての弁論会。
どの議員も 「いやーそんなことはありません、 ちゃんと治療は受けられます」と返答するが 1000ページを超える 新国営医療制度の概要にはちゃんとその項目があるのだそうだ。それが削除されない限り、 口頭でどう言おうが、決定してしまえば彼らの勝利となる。
どうやら夏が終わるまで 土俵は水が入って持ち越しのようだが、私も老人組の一人、
家族の為と自分の為を思って尊厳死を希望しても、国に私の生死を決めてもらいたくないので しっかりとこの懸案の先行きを見届けたい。
私と夫はその遺書を未だ書いていない。 しかし子供たちには 口頭で伝えてある。
今の世の中では医療は一般的に中々患者を死なせてくれない。危なくなると連れ戻されることが多い。 なまじ家族が病の人を哀れと感じて 逝かせてあげようとしても 法律が許さない。 しかし、 もしかすると これからの医療には そのような心配は要らなくなってくるようだ。
現在沸騰状態のHealth care system という 国民健康保険のあり方が問題になっている。 とにかくすごい。 オバマ大統領の新案 全国国民皆保険に入りましょう。お国が面倒を見ますが キャンペーンである。 総国民の50%が健康保険に加入していないという壊れた保険制度が成り立っている国ではある。 民間保険会社がぼったくりをしすぎるのだ。
国の70%が中小企業でなりたっているこの国は 後の30%の人口である大企業の社員には会社の加入する保険に入れる。 これはラッキーな人たち。 次の中小企業でも医療保険などの給付をしている会社も多いが、それが出来ない企業が多すぎる。 そこで皆が個人で医療保険に加入する。 これが 保険会社のぼったくりの被害者となる。
ここまでなら 国民健康保険制度が成立すれば 残り50%の人には願ってもない懸案であるはずなのだが 問題はその内容である。 まあ 税金が高くなるとか、 加入したくない企業が違反行為として罰金がつくらしいとか そんなことより 現在大騒ぎしている項目のひとつに「死刑制度」と 巷で呼ばれているのがある。
この医療制度には 医療と患者(国民)の間に行政が介入して 医療の判断を決定するのだそうだ。 そして 患者の65歳以上には 行政の判断で その患者にこれ以上の医療処置をする必要の是非を決定するといわれている。 その人の存在価値を国が決めるのだ。
65歳以上の患者のプラグ(管 )を抜く、抜かないを国が決めるのだと皆が騒いでいる。
ゆえに、もろもろの手術の必要性も 投薬も 患者の年齢と患者の状態によって国が判断する。
「ワー ブッタマゲタ~」 これがわたしの最初の印象だが、 もしこれが本当の話ならば 尊厳死遺言書などはもう必要ない。 お国が尊厳死を提唱している。 管を抜く前に 65歳以上は もう医者が管を体に入れてくれないらしい。 金ばかりかかる年寄りは 始末してくれるらしい。 これぞ 姥捨て山アメリカ版である。
この医療制度を可決しようとオバマ氏が孤軍奮闘しているが あまりの騒動に 大統領も気持ちを変え、 四週間決定をのばすことにして、 夏休みに入った 議員さん達は皆お郷へ帰り、 タウン ミーティング「市民の集まり」を何度も繰り返し 新医療保険の説明会をしている。
しかし、このタウン ミーティングに集まる老人パワーの凄まじさに国会議員達がタジタジとなり、ボディーガードや警察官を横に立たせての弁論会。
どの議員も 「いやーそんなことはありません、 ちゃんと治療は受けられます」と返答するが 1000ページを超える 新国営医療制度の概要にはちゃんとその項目があるのだそうだ。それが削除されない限り、 口頭でどう言おうが、決定してしまえば彼らの勝利となる。
どうやら夏が終わるまで 土俵は水が入って持ち越しのようだが、私も老人組の一人、
家族の為と自分の為を思って尊厳死を希望しても、国に私の生死を決めてもらいたくないので しっかりとこの懸案の先行きを見届けたい。
2009年8月16日日曜日
屁理屈
じゅんたろうさん 暑中お見舞いありがとうございます。 日本もすっかり暑さの中に包まれたようで 大変ですね。どうかお体にはくれぐれも気をつけて下さい。 今年の夏風邪は こちらでも下痢が伴うようで厄介です。
暑さと 熱っぽさと お腹シクシクひりひりは体力を消耗させます。
こちらヒューストンも延々と暑さが続いています。 もう疲れました。八月になると 必ず来る 原爆の日と終戦記念日は 日本人の私たちには 決して忘れられない過去です。拭い去れない過去の悲劇。繰り返してはいけない悲劇。私たち日本人の間では この64年の長い年月をそう心に戒めてきました。 こちらでは 原爆 投下の日は 一応ニュースで報じます。 でも 12月のパール ハーバーの空襲がそれを越す報道です。悲劇の記憶というものは 被害者側が覚えているもので 加 害者側の記憶から遠のくものなのでしょうか。 そういう意味では 黒人奴隷制度は 黒人の中には生きている問題なのでしょう。又中国人、韓国人の過去の日本への恨みつらみは やはり 時代と共に順送りされるものなのかもしれません。 私ももう一度考えて見なければいけない問題かもしれません。
多少常識のあるアメリカ人でも 広島長崎への原爆投下は 「果たさなければならなかった つらい現実」と理解されています。 もし 投下しなければ 億という数の日本の国民とアメリカ兵が悲惨な戦いのもとに亡くなるはずだった。それは日本国が玉砕をいとわないという情報の元にだそうです。 それを 「原爆を投下したことで 解除出来た」そのように報道します。
8万 人以上の広島の市民が一瞬のうちに亡くなることがどうして両国の為なのか? それはわたしには絶対に理解の出来ない理屈です。仕方がないから 投下した、沖縄のような合戦を日本本土でアメリカ兵及び日本国民がしてはならない、 そこまでは理解出来ます。 でもその先の それなら それが なぜ原爆だったのか。 その行き過ぎた行動は認めたくない現実のようです。 見識ある人たちは アメリカの汚点と認めますが それでも やはり次の言葉は
「しなければならなかった」「日本人の為に投下した」と聴きたくない屁理屈が口から出ます。
『今年は特に”核”廃絶を訴える番組が大変多いと思います。北朝鮮の無謀な核実験に始まり核保有力による相互の武力の均衡が、おかしな事に抑止力になっているということです。ちなみにアメリカは9,800発、ロシアは12,300発を保有しています。世界中で数万発ということです。』
世界でそんなにあの魔の爆弾があるのですか。抑止力とは 自分たちのもっている核を捨てることですか? それともこれから持とうとする国や 核の数を増やす国を抑制させることですか? それも理屈に合いません。 ある見識者が お互いに核をもっているから 使わないのだ。 それも屁理屈です。
じゅんたろうさん 私が子供の頃、長崎原爆投下の映画 「長崎の鐘」を何度も何度も観ました。被爆した永井博士(名前がたしかではないのですが)と二人のお子さんたちの悲しい話です。 じゅんたろうさんの記憶の中にもありましょう。 あのような 一人ひとりの悲劇は 数万発の核保持のもとでは 木の葉がごとくもう意味がないのでしょう。 人類の罪深さがいつこの世の終わりを迎えるのでしょうね。
そうです 明日は聖母の被昇天でした、 私が洗礼をうけた日です。最近祈ることが出来なくなっている私ですが、 もう一度 あの日に戻って いろいろと考えてみます。
暑さと 熱っぽさと お腹シクシクひりひりは体力を消耗させます。
こちらヒューストンも延々と暑さが続いています。 もう疲れました。八月になると 必ず来る 原爆の日と終戦記念日は 日本人の私たちには 決して忘れられない過去です。拭い去れない過去の悲劇。繰り返してはいけない悲劇。私たち日本人の間では この64年の長い年月をそう心に戒めてきました。 こちらでは 原爆 投下の日は 一応ニュースで報じます。 でも 12月のパール ハーバーの空襲がそれを越す報道です。悲劇の記憶というものは 被害者側が覚えているもので 加 害者側の記憶から遠のくものなのでしょうか。 そういう意味では 黒人奴隷制度は 黒人の中には生きている問題なのでしょう。又中国人、韓国人の過去の日本への恨みつらみは やはり 時代と共に順送りされるものなのかもしれません。 私ももう一度考えて見なければいけない問題かもしれません。
多少常識のあるアメリカ人でも 広島長崎への原爆投下は 「果たさなければならなかった つらい現実」と理解されています。 もし 投下しなければ 億という数の日本の国民とアメリカ兵が悲惨な戦いのもとに亡くなるはずだった。それは日本国が玉砕をいとわないという情報の元にだそうです。 それを 「原爆を投下したことで 解除出来た」そのように報道します。
8万 人以上の広島の市民が一瞬のうちに亡くなることがどうして両国の為なのか? それはわたしには絶対に理解の出来ない理屈です。仕方がないから 投下した、沖縄のような合戦を日本本土でアメリカ兵及び日本国民がしてはならない、 そこまでは理解出来ます。 でもその先の それなら それが なぜ原爆だったのか。 その行き過ぎた行動は認めたくない現実のようです。 見識ある人たちは アメリカの汚点と認めますが それでも やはり次の言葉は
「しなければならなかった」「日本人の為に投下した」と聴きたくない屁理屈が口から出ます。
『今年は特に”核”廃絶を訴える番組が大変多いと思います。北朝鮮の無謀な核実験に始まり核保有力による相互の武力の均衡が、おかしな事に抑止力になっているということです。ちなみにアメリカは9,800発、ロシアは12,300発を保有しています。世界中で数万発ということです。』
世界でそんなにあの魔の爆弾があるのですか。抑止力とは 自分たちのもっている核を捨てることですか? それともこれから持とうとする国や 核の数を増やす国を抑制させることですか? それも理屈に合いません。 ある見識者が お互いに核をもっているから 使わないのだ。 それも屁理屈です。
じゅんたろうさん 私が子供の頃、長崎原爆投下の映画 「長崎の鐘」を何度も何度も観ました。被爆した永井博士(名前がたしかではないのですが)と二人のお子さんたちの悲しい話です。 じゅんたろうさんの記憶の中にもありましょう。 あのような 一人ひとりの悲劇は 数万発の核保持のもとでは 木の葉がごとくもう意味がないのでしょう。 人類の罪深さがいつこの世の終わりを迎えるのでしょうね。
そうです 明日は聖母の被昇天でした、 私が洗礼をうけた日です。最近祈ることが出来なくなっている私ですが、 もう一度 あの日に戻って いろいろと考えてみます。
2009年8月9日日曜日
じゅんたろう さんが投稿「差別いろいろに第二のコメントを書き込みました。
追伸:先の投稿の中で"アメリカ人たろうとすると国際試合などで国歌斉唱時には胸に手を当てかしこまっているが、日本人はしない。”と書いた。
今日から第91回全国高等学校野球大会が皇太子殿下御隣席のもと甲子園で始まった。選手の入場、足をトントンと機械仕掛けのように踏み、手はこぶしを握っての行進だ。全校全く同じだ。さて国歌斉唱、選手も観客も直立不動である。家人に甲子園経験者がいる。彼に聞くとこのスタイルは高等学校野球憲章で決まっているのだそうだ。そういえば胸に手を当てる行為は日本では見ないものだ。
一滴です
「"I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.」
小学校から始まって高校生まで 毎朝教室の中に立っている星条旗に向かって胸に手を当て、上記の言葉を宣誓するのは 未だ続けられていることです。
ボーススカウトの集まりでも、小さな政治的集まりでも、大人も子供も開会の折には 何とか星条旗を出してきて起立、胸に手をあてて宣誓します。
集会のときに、宣誓しましょうと呼びかけると、小さな息子 大きなお父さん隣に立つお母さんみなが手を胸に当て、星条旗に向かって同じ言葉を唱える姿は 見ていて気持ちがよいです。
また、毎年繰り返される 新しい市民権を得た 外国人たちも 最初にするのがこの宣誓です。
小学校、中学校で 運動会に選手宣誓をする生徒は 右の手をこぶしにして 前み持ち上げて 「誓いま~す」でしたが、 よその国は 胸に手を当てますね。 これはその国のスタイルですね。
今日から第91回全国高等学校野球大会が皇太子殿下御隣席のもと甲子園で始まった。選手の入場、足をトントンと機械仕掛けのように踏み、手はこぶしを握っての行進だ。全校全く同じだ。さて国歌斉唱、選手も観客も直立不動である。家人に甲子園経験者がいる。彼に聞くとこのスタイルは高等学校野球憲章で決まっているのだそうだ。そういえば胸に手を当てる行為は日本では見ないものだ。
一滴です
「"I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.」
小学校から始まって高校生まで 毎朝教室の中に立っている星条旗に向かって胸に手を当て、上記の言葉を宣誓するのは 未だ続けられていることです。
ボーススカウトの集まりでも、小さな政治的集まりでも、大人も子供も開会の折には 何とか星条旗を出してきて起立、胸に手をあてて宣誓します。
集会のときに、宣誓しましょうと呼びかけると、小さな息子 大きなお父さん隣に立つお母さんみなが手を胸に当て、星条旗に向かって同じ言葉を唱える姿は 見ていて気持ちがよいです。
また、毎年繰り返される 新しい市民権を得た 外国人たちも 最初にするのがこの宣誓です。
小学校、中学校で 運動会に選手宣誓をする生徒は 右の手をこぶしにして 前み持ち上げて 「誓いま~す」でしたが、 よその国は 胸に手を当てますね。 これはその国のスタイルですね。
2009年8月8日土曜日
じゅんたろう さんが投稿「差別いろいろ」にコメントを書き込みました。
難しい題材が出ました。中学生のころウイリアム・ペンの伝記を読みとても感動したのを思い出しました。ペンシルヴァニア首都フィラデルフィアはギリシャ語のフィル(愛、もっともフィロソフィなどに使いアガペやエロスとは違う意味の愛)とアデルフォス(兄弟)から出来た造語で新天地の意気込みを感じる都市名だ。本に接した当時だとまだ独立200年ほどだ。西部劇映画全盛時代だ。しかしアパッチだとかチェロキーを悪役に回し戦う騎兵隊に疑問を持った。挙句の果ては南北戦争。ヨーロッパの文化に締め付けられ新天地を見つけたというが、彼等、先住民を押しのけてのアメリカ文化発達だ。アメリカだけだとは言うまい。南米、オーストラリア、オセアニア、ロシア然りそして中国然り。そういう日本も例外ではない。朝鮮半島や満州との関係。また今も続くアイヌ先住民の問題。これはいまだに"土人法”という項目があり、明治憲法そのままの言葉を使っている。嘘か本当か、大学生のテスト『ロ肉ロ食』’ロ’の中に文字を入れよと云う問題。出てきた答えは『焼肉定食』。弱肉強食がパレスチナ問題にもいえることだ。アメリカの場合一人一人が意識を持ってきたことがうらやましい。それなりに問題もあろうが。
日本は一見差別が無いような社会に見えるが、それ以前に意識の無さがある。アメリカ人たろうとすると国際試合などで国歌斉唱時には胸に手を当てかしこまっているが、日本人はしない。プライム問題に振り回されるまでは日本はひたすら拝金主義にひた走りだったが、いまや挫折。行き場を失いつつある。それがこの八月末行われる選挙、政権交代劇。霞ヶ関の天下り族は右往左往しているとか。やっとそんな実態に国民が気付かされ他のだ。アメリカでの"差別”には緊張感がある、悲惨な事件もあった。しかし日本の差別は誰も気がつかなかった"差別”なのだ。
コメントらしく無いものになりましが、”日本”という今を考えるきっかけに成りました。
日本は一見差別が無いような社会に見えるが、それ以前に意識の無さがある。アメリカ人たろうとすると国際試合などで国歌斉唱時には胸に手を当てかしこまっているが、日本人はしない。プライム問題に振り回されるまでは日本はひたすら拝金主義にひた走りだったが、いまや挫折。行き場を失いつつある。それがこの八月末行われる選挙、政権交代劇。霞ヶ関の天下り族は右往左往しているとか。やっとそんな実態に国民が気付かされ他のだ。アメリカでの"差別”には緊張感がある、悲惨な事件もあった。しかし日本の差別は誰も気がつかなかった"差別”なのだ。
コメントらしく無いものになりましが、”日本”という今を考えるきっかけに成りました。
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