確かに、どの宗派も悪いことは言わないでよいことばかり言います。
日本でも、17世紀の初頭、キリスト教の布教を名目に、50万人とも言われる日本人女性がキリスト教宣教師らによって人身売買されたといいます。
当時の日本の人口は数百万人でしたから、スゴイ数の日本人女性が連れ去られたことになります。
日本人女性は「良質」ということで、人気があったようです。
(でも、こうしたことは教科書には載せられていません。)
そういうこともあって、キリスト教は日本から排除され、戸籍をしっかり徹底しようと、お寺が利用されたようですね。
アフリカの黒人奴隷も、宣教師らに騙されて欧米に売られていきました。
そうした意味では かつての『Roots』というテレビ番組は衝撃的でした。
つまり、宗教は「両刃の刃」と言うことになると思います。
・・・何か、スゴイ話になりましたね。
信じるものは救われるのか、信じるものは騙されるのか・・・
でも、小生は、喜んで妻に騙されています。
信じるものは、救われているようです。
あらまさん 今日のコメントはとても 刺激的です
あらまさんのコメントにある史実は知りませんでした。50万人の人間の輸送とはいかに大変だったか。 むしろその地方の幕府が外資獲得に関与していたなんて考えてしまいます。これは時代劇小説の読みすぎです。 単純な頭の私はすぐそのような 末端のことを気にしてしまいます。またその50万人の女性がどこの国へ売られたかで、はたまた、日本人の血が入った子供がたくさんその国に流れていることですよ。 これは大変な事です。
そうでした、眠狂四朗も 悪い宣教師のDNAが入っていましたね。
さて 奥様を信じるか? これは 難しい問題です。奥様の何を信じ、騙されていらっしゃるのですか? 奥様からの「愛」「友情」「あきらめ」「惰性」そしてくるのが、「腐れ縁」の生活かナ?
ロジャー ウィティカというアフリカ系歌手の言葉です。
長い人生と結婚の後、自分は妻を愛しているだろうか?と自問して、 いやもう自分にはあの頃の「強い愛」は変化して「私は妻が好きだ」と言える。今、台所で私の為に食事を作っているあの女性が 「とても好き」だ。
「愛」を語るほどに自分には若さも勢いも残っていない、でも 自分はあの女性が「好き」だ。死によって離別されるまで 自分はあの女性がとても「好き」だと云える。
奥様の愛なんて信じることないのです。 でも、あらまさんが奥様を好きならそれでいいのです。 後の事はあまり知ろうとしないことです。
わたしの生きる上でのモットーは「真実は人を傷つける」そして「真実は時と共に変化する」どうでしょうか・真実を知らないから 人生は面白いのです。
2009年11月23日月曜日
2009年11月22日日曜日
あらま さんが コメントを 投稿
日本には、土着したキリスト教はあると思います。
いわゆる「隠れキリシタン」ですね。
ひっそりと、でも確実にその信仰を伝えていると思います。
ところで一般に、キリスト教だけでなく、宗教を布教する宗教家と言う人たちは、軍事コンサルタントと言う一面があると思います。
それが、宗教戦争あるいはテロとして現れているような気がします。
それを見抜いた豊臣秀吉とか徳川家康が国防のために、キリスト教を排除し鎖国に至ったようですね。
さらに、それを徹底させるために寺請制度を設けて、檀家制度を敷いてお寺に農民の管理をまかせたわけで、結果的に日本の文化を守ったと思います。
しかし、そうした網をかいくぐって、日本固有のキリスト教が続いているような気がします。
それが、長崎の原爆の時に明らかになったようです。
そして現在、日本固有のキリスト教の人たちは、少数派にもかかわらず、いわゆる「圧力団体」として、政府などに「信教の自由」を強く訴えているような印象を受けます。
信じる者の強さを感じます。
あらま さん こんにちは コメントありがとう ございます
圧力を受けてこそ強くなる、そういう意味では 「隠れキリシタン」の強さは大変なものらしいですね。流された先の五島列島にいらっしゃるそうです。 ご両親が隠れキリシタンの末裔という方の話をサイトで読んだことがあります。
お話によると、農家の方でしたが、 囲炉裏端で明け方の祈りからはじまり、 畑の中での昼の祈り、そして 夜も又 囲炉裏端での祈りは長く、 子供が眠くて体が二つに折れるほどにへたり込んでも、祈りはつづいたそうです。
なるほど、寺請制度ですね。 どの道何故か キリスト教というのは何処の国においても迫害の対象です。 日本しかり、 ローマ時代には 彼らはライオンに喰われていたのですからね。 そして屈強にも残った彼らが 中世期になると 十字軍とか、免罪符とか言っちゃって悪いことばかりしてました。 現在新教と言われる プロテスタントの方々は、ライオンに喰われていた頃の事は話題にせず、 そのあとの免罪符云々の時代を理由にして、 カトリックを忌み嫌います。 プロテスタントも結局は 元の幹は同じところから出て、すなわちご先祖様は同じなのですけど、ある日何処からか 降って湧いた宗派のような事を言いますよ。 アレ~ こんな事書いていいのかナ。 悪口はいけませんネ。
いわゆる「隠れキリシタン」ですね。
ひっそりと、でも確実にその信仰を伝えていると思います。
ところで一般に、キリスト教だけでなく、宗教を布教する宗教家と言う人たちは、軍事コンサルタントと言う一面があると思います。
それが、宗教戦争あるいはテロとして現れているような気がします。
それを見抜いた豊臣秀吉とか徳川家康が国防のために、キリスト教を排除し鎖国に至ったようですね。
さらに、それを徹底させるために寺請制度を設けて、檀家制度を敷いてお寺に農民の管理をまかせたわけで、結果的に日本の文化を守ったと思います。
しかし、そうした網をかいくぐって、日本固有のキリスト教が続いているような気がします。
それが、長崎の原爆の時に明らかになったようです。
そして現在、日本固有のキリスト教の人たちは、少数派にもかかわらず、いわゆる「圧力団体」として、政府などに「信教の自由」を強く訴えているような印象を受けます。
信じる者の強さを感じます。
あらま さん こんにちは コメントありがとう ございます
圧力を受けてこそ強くなる、そういう意味では 「隠れキリシタン」の強さは大変なものらしいですね。流された先の五島列島にいらっしゃるそうです。 ご両親が隠れキリシタンの末裔という方の話をサイトで読んだことがあります。
お話によると、農家の方でしたが、 囲炉裏端で明け方の祈りからはじまり、 畑の中での昼の祈り、そして 夜も又 囲炉裏端での祈りは長く、 子供が眠くて体が二つに折れるほどにへたり込んでも、祈りはつづいたそうです。
なるほど、寺請制度ですね。 どの道何故か キリスト教というのは何処の国においても迫害の対象です。 日本しかり、 ローマ時代には 彼らはライオンに喰われていたのですからね。 そして屈強にも残った彼らが 中世期になると 十字軍とか、免罪符とか言っちゃって悪いことばかりしてました。 現在新教と言われる プロテスタントの方々は、ライオンに喰われていた頃の事は話題にせず、 そのあとの免罪符云々の時代を理由にして、 カトリックを忌み嫌います。 プロテスタントも結局は 元の幹は同じところから出て、すなわちご先祖様は同じなのですけど、ある日何処からか 降って湧いた宗派のような事を言いますよ。 アレ~ こんな事書いていいのかナ。 悪口はいけませんネ。
2009年11月21日土曜日
じゅんたろう さんが投稿「人生いろいろ~世の中いろいろ」にコメントを書き込みました。
心暖まるお話です。ブログの冒頭にありますように全世界でキリスト教、しかもカトリックに対する拒否感がつのっています。基本的に私は信仰はその人の生き方であると考えます。他宗教であろうと排他的であってはなりません。
以前私が神戸にいました頃大阪の愛隣地区で食糧難が起こりました。イエズス会の神父がお一人で起こした「旅路の家」も例外なく困り果てました。私たちは近隣の方々へ一握りのお米の寄付をお願いするキャンペーンを教会学校の子供達としました。何と教会へはこれまで一歩も近づいた事はありませんがという方々からのご寄付が驚くほどありました。特に毎週土曜日、教会近くの真言宗の住職が四、五キロのお米をもってきて下さるのです。檀家の方々へ話した結果なのだそうです。
長男が小学生の時、修学旅行に行くことになりました。学校からの案内では伊勢神宮参拝でした。これまでの公立小学校では普通のことでした。ところが長男は学校へ抗議文を出しました。「僕はカトリックなので伊勢神宮へ行くことにちょっと考えます。別のところでだめでしょうか?」突然担任の先生が我が家へ来られそのことを知りました。それから学年全体で話し合った結果、愛知県犬山の「明治村」に変更されました。
この二つのこと、「こうでなければならない」と決め付ける私たちです。
キリスト教に対する世界の情勢は厳しいものです。でもだからといって他に迎合するのではなく、むしろ歴史ある伝統を内側から見直せば歴史の風雪に耐えてきた姿をあらためて感ずるのでは無いでしょうか。日本では0.01パーセントでしかないキリスト信者数です。当然多くを占める神道、仏教諸施設や信仰にやはり敬意や尊敬を払わ無ければなりません。そこには日本人の文化が染み込み息づき伝えられてきたからです。今こちらでは奈良興福寺の「アシュラ像」が爆発的人気を呼んでいます。アシュラとはアッキラ、アッチラ・・・そして日本語のアキラに変化しています。「光」と云う意味です。私は次男に命名しました。それほど心を打たれる造型だったのです。
じゅんたろうさん コメントありがとう
なるほど、 息子さんの 真剣な気持ち可愛らしいですね。 子供の頃の私もそうでした。 真っすぐ前だけ見て、 周りが少しも見えませんでした。 それゆえ、 小学校、中学の頃は「オマエはアーメンだ」と呼ばれましたね。 でも息子さんの学校側の理解には敬意を表します。
井上洋冶神父、(遠藤周作氏と共にフランスへ留学したカトリックの神父が書いた本です)
「法然 イエスの面影をしばせる人」とういうのがありますが、 その中で氏は キリストと法然の共通性を書いています。もうだいぶ以前に読みましたから 少し記憶が薄いですが。
同じ宗派でも お国柄が出てきて 少しずつ捉え方が違いますね。アメリカ人とお隣の国メキシコの人たちと又ヨーロッパの人たちの捉え方も私の目から見てですが 多少違うようです。宗教に対する生き方が違うのか、 心の中の神の位置ずけが違うように見えます。
ですから 井上神父のおっしゃるように、日本に土着したキリスト教が出来てもよいはずだと思います。でも そういう事を言いながら、現在行われている カトリックの中で猛スピードに進んでいる刷新についていけずに文句を言う私が居るのですから 本当に矛盾しています。 ごめんなさい。
以前私が神戸にいました頃大阪の愛隣地区で食糧難が起こりました。イエズス会の神父がお一人で起こした「旅路の家」も例外なく困り果てました。私たちは近隣の方々へ一握りのお米の寄付をお願いするキャンペーンを教会学校の子供達としました。何と教会へはこれまで一歩も近づいた事はありませんがという方々からのご寄付が驚くほどありました。特に毎週土曜日、教会近くの真言宗の住職が四、五キロのお米をもってきて下さるのです。檀家の方々へ話した結果なのだそうです。
長男が小学生の時、修学旅行に行くことになりました。学校からの案内では伊勢神宮参拝でした。これまでの公立小学校では普通のことでした。ところが長男は学校へ抗議文を出しました。「僕はカトリックなので伊勢神宮へ行くことにちょっと考えます。別のところでだめでしょうか?」突然担任の先生が我が家へ来られそのことを知りました。それから学年全体で話し合った結果、愛知県犬山の「明治村」に変更されました。
この二つのこと、「こうでなければならない」と決め付ける私たちです。
キリスト教に対する世界の情勢は厳しいものです。でもだからといって他に迎合するのではなく、むしろ歴史ある伝統を内側から見直せば歴史の風雪に耐えてきた姿をあらためて感ずるのでは無いでしょうか。日本では0.01パーセントでしかないキリスト信者数です。当然多くを占める神道、仏教諸施設や信仰にやはり敬意や尊敬を払わ無ければなりません。そこには日本人の文化が染み込み息づき伝えられてきたからです。今こちらでは奈良興福寺の「アシュラ像」が爆発的人気を呼んでいます。アシュラとはアッキラ、アッチラ・・・そして日本語のアキラに変化しています。「光」と云う意味です。私は次男に命名しました。それほど心を打たれる造型だったのです。
じゅんたろうさん コメントありがとう
なるほど、 息子さんの 真剣な気持ち可愛らしいですね。 子供の頃の私もそうでした。 真っすぐ前だけ見て、 周りが少しも見えませんでした。 それゆえ、 小学校、中学の頃は「オマエはアーメンだ」と呼ばれましたね。 でも息子さんの学校側の理解には敬意を表します。
井上洋冶神父、(遠藤周作氏と共にフランスへ留学したカトリックの神父が書いた本です)
「法然 イエスの面影をしばせる人」とういうのがありますが、 その中で氏は キリストと法然の共通性を書いています。もうだいぶ以前に読みましたから 少し記憶が薄いですが。
同じ宗派でも お国柄が出てきて 少しずつ捉え方が違いますね。アメリカ人とお隣の国メキシコの人たちと又ヨーロッパの人たちの捉え方も私の目から見てですが 多少違うようです。宗教に対する生き方が違うのか、 心の中の神の位置ずけが違うように見えます。
ですから 井上神父のおっしゃるように、日本に土着したキリスト教が出来てもよいはずだと思います。でも そういう事を言いながら、現在行われている カトリックの中で猛スピードに進んでいる刷新についていけずに文句を言う私が居るのですから 本当に矛盾しています。 ごめんなさい。
2009年11月20日金曜日
あらま さんが投稿「人生いろいろ~世の中いろいろ」にコメントを書き込みました。」
「
日本の場合は、個人主義が浸透しているとはいえ、いまだに「家」とか「血筋」に拘る傾向があるようです。
ですから、自分の血が入っていない子供を、自分の孫と認めることがなかなか出来ないようです。
ところで、日本人のルーツを探ると、男子は必ず初代天皇である神武天皇に辿り着くことになっているようです。
それが大和民族の団結の礎になっているようです。
ウソかホントか知りませんが、もし、それがホントであれば、大和民族は皆同じ血を持っていることになりますから、大和民族の子供であれば、それは皆、自分の孫と同一でありましょう。
同様に、今の人類は、500万年前のアフリカの女性から端を発しているといいます。
それがホントであれば、「人類、皆、兄弟」であります。
ですから、単純に、連れ子であろうが実子であろうが『同じ』ということになるわけです。
つまり、子供は「神の子」というわけですね。
でも、それは感情が許さないと思います。
もし、小生がその立場になれば、実子とそうでない子とは区別、或いは差別してしまうでしょう。
それも、素直な感情だと思います。
でも、人間には理性がありますから、前述のように、全ての子供は神様からの贈り物・・・だと考えれば、子供は全て大切なものですね。
そうして子供を可愛がることも、素直な気持ちだと思います。
でも、実際は、こんな単純なものではないでしょう。
人生は、確かにいろいろですが、そのいろいろに対応できる能力が、ヒトには備わっていると思います。
カントのように「理性を批判」する人もいますが、割り切ることが大切だと自分に言い聞かせています。
年下なのに、ずいぶんと生意気なことを書いてしまい、申し訳ありません。
あらまさん いつもコメントありがとうございます。
宗教のことは全くご存じないとおっしゃりながら、 素晴らしい宗教感覚をお持ちですね。
あらまさんの仰るように「子供は神の子」であって 自分の子供ではない、 神から預かって育てているのだと考えたら、子供を所有物とみなして、その人生をコントロールする事がなくなるでしょうね。
でも女とは 子供を産んだ時から変わり、母性愛の名の下に、 育ててあげた、親孝行しろ、同居、未来の介護要員というふくざつ怪奇な社会に変化します。
年齢的にはいつまで 「理性」が保てるのでしょう。 私はそれが 怖いです。いつか理性が消えて、記憶が消えて、羞恥心も消えて、ついでに我欲も依存心も食欲もなくなってくれればこれほど有難いことはないです。 その時は 「あっそ~だ 自分も又 神の子なのだ」と想い出して無垢な気持ちにもどってから人生を終わりたいです。
日本の場合は、個人主義が浸透しているとはいえ、いまだに「家」とか「血筋」に拘る傾向があるようです。
ですから、自分の血が入っていない子供を、自分の孫と認めることがなかなか出来ないようです。
ところで、日本人のルーツを探ると、男子は必ず初代天皇である神武天皇に辿り着くことになっているようです。
それが大和民族の団結の礎になっているようです。
ウソかホントか知りませんが、もし、それがホントであれば、大和民族は皆同じ血を持っていることになりますから、大和民族の子供であれば、それは皆、自分の孫と同一でありましょう。
同様に、今の人類は、500万年前のアフリカの女性から端を発しているといいます。
それがホントであれば、「人類、皆、兄弟」であります。
ですから、単純に、連れ子であろうが実子であろうが『同じ』ということになるわけです。
つまり、子供は「神の子」というわけですね。
でも、それは感情が許さないと思います。
もし、小生がその立場になれば、実子とそうでない子とは区別、或いは差別してしまうでしょう。
それも、素直な感情だと思います。
でも、人間には理性がありますから、前述のように、全ての子供は神様からの贈り物・・・だと考えれば、子供は全て大切なものですね。
そうして子供を可愛がることも、素直な気持ちだと思います。
でも、実際は、こんな単純なものではないでしょう。
人生は、確かにいろいろですが、そのいろいろに対応できる能力が、ヒトには備わっていると思います。
カントのように「理性を批判」する人もいますが、割り切ることが大切だと自分に言い聞かせています。
年下なのに、ずいぶんと生意気なことを書いてしまい、申し訳ありません。
あらまさん いつもコメントありがとうございます。
宗教のことは全くご存じないとおっしゃりながら、 素晴らしい宗教感覚をお持ちですね。
あらまさんの仰るように「子供は神の子」であって 自分の子供ではない、 神から預かって育てているのだと考えたら、子供を所有物とみなして、その人生をコントロールする事がなくなるでしょうね。
でも女とは 子供を産んだ時から変わり、母性愛の名の下に、 育ててあげた、親孝行しろ、同居、未来の介護要員というふくざつ怪奇な社会に変化します。
年齢的にはいつまで 「理性」が保てるのでしょう。 私はそれが 怖いです。いつか理性が消えて、記憶が消えて、羞恥心も消えて、ついでに我欲も依存心も食欲もなくなってくれればこれほど有難いことはないです。 その時は 「あっそ~だ 自分も又 神の子なのだ」と想い出して無垢な気持ちにもどってから人生を終わりたいです。
2009年11月19日木曜日
あらま さんが投稿「人生いろいろ~世の中いろいろ」にコメントを書き込みました。
またまたお邪魔します。
小生は宗教のことは全く分りませんが、神も仏もサンタクロースも信じるものだと思っています。
信じていれば、たとえ故人であってもその人の心の中で生き続けるのと同じようなものだと思います。
さて、息子さん、婚約されたのですね。
おめでとうございます。
小生のところの愚息も先日、婚約しました。
ところで、10年ほどまえ、小生の従弟も2人の子供を持った年上の女性と結婚しました。
ところが、その従弟の母親、つまり小生の叔母はその結婚を今でも認めず、連れ子を孫とは認めようとしません。
結局、叔母はその娘さん夫婦を家に入れて継がせ、長男夫婦とは別居しています。
ところが、その娘さんの夫が家を出てしまったのです。
その夫は、婿に入るために結婚したわけではない・・・という考え方のようです。
なかなか叔母さんの思うように行かないようです。
そこで、その叔母さんが、長男のお嫁さんの連れ子を「サンタさんからの贈り物」と思えたら、素晴らしいと思います。
あらまさん こんにちは
ありがとうございます。そうです 息子は婚約しました。 そしてご多分にもれず現在一緒に住んでいます。 それが良い事かどうかはもう私には分からなくなりました。 それと二人の子供の父親もやっています。 女の子はもう 14歳、ティーン エージャーです。下の男の子は 9歳。家庭の中に入り込んだ息子の事をその男の子は 学校の作文の中で 「僕のお父さん」と書いているそうですから うまく行っているのでしょう。
母の日のカードの中に こんなことが息子の字で 書いてありました。
Thank you for everything for putting up with me, during good time and bad time.
Having children under my care 、I now know what I put you through…
いい時 悪い時 こんな自分を支えてくれて ありがとう。
子供と暮らしてみて、親が通った道の大変さが 今 分かりました。
恥ずかしいのですが このカードを読んで涙が出ました。
決してまっすぐな道を歩かず、 水たまりを見つけてはそこに足を入れ、学校の教師からの呼び出し数では記録保持者の息子でした、 やはり 険しい道を選んだようです。彼らの先を楽観していません、でも、息子の人生です。彼らの愛の巣は尊重しようと思います。
小生は宗教のことは全く分りませんが、神も仏もサンタクロースも信じるものだと思っています。
信じていれば、たとえ故人であってもその人の心の中で生き続けるのと同じようなものだと思います。
さて、息子さん、婚約されたのですね。
おめでとうございます。
小生のところの愚息も先日、婚約しました。
ところで、10年ほどまえ、小生の従弟も2人の子供を持った年上の女性と結婚しました。
ところが、その従弟の母親、つまり小生の叔母はその結婚を今でも認めず、連れ子を孫とは認めようとしません。
結局、叔母はその娘さん夫婦を家に入れて継がせ、長男夫婦とは別居しています。
ところが、その娘さんの夫が家を出てしまったのです。
その夫は、婿に入るために結婚したわけではない・・・という考え方のようです。
なかなか叔母さんの思うように行かないようです。
そこで、その叔母さんが、長男のお嫁さんの連れ子を「サンタさんからの贈り物」と思えたら、素晴らしいと思います。
あらまさん こんにちは
ありがとうございます。そうです 息子は婚約しました。 そしてご多分にもれず現在一緒に住んでいます。 それが良い事かどうかはもう私には分からなくなりました。 それと二人の子供の父親もやっています。 女の子はもう 14歳、ティーン エージャーです。下の男の子は 9歳。家庭の中に入り込んだ息子の事をその男の子は 学校の作文の中で 「僕のお父さん」と書いているそうですから うまく行っているのでしょう。
母の日のカードの中に こんなことが息子の字で 書いてありました。
Thank you for everything for putting up with me, during good time and bad time.
Having children under my care 、I now know what I put you through…
いい時 悪い時 こんな自分を支えてくれて ありがとう。
子供と暮らしてみて、親が通った道の大変さが 今 分かりました。
恥ずかしいのですが このカードを読んで涙が出ました。
決してまっすぐな道を歩かず、 水たまりを見つけてはそこに足を入れ、学校の教師からの呼び出し数では記録保持者の息子でした、 やはり 険しい道を選んだようです。彼らの先を楽観していません、でも、息子の人生です。彼らの愛の巣は尊重しようと思います。
2009年11月18日水曜日
人生いろいろ~世の中いろいろ
昨今の流れで 欧州および米国では キリスト教への批判が高まっている。 キリスト教と言ってもこれは カトリックが主体になって 反キリスト教的動きが大きい。
この米国でも 一般メディアとか 商業世界では クリスマスを ハッピー ホリデー と呼び変えられていることは以前のこのブログで書いた。
私自身は 5-6歳のときよりカトリックの社会に居たので、12月24日のイエズス キリストの生誕日をクリスマスとして祝ってきたことへ何の不思議も感じなかった。むしろ 実家の母が仏教的仕来りを一切家庭内に取り入れなかったことのほうが驚きであった。
仏教信仰の家庭に生まれ育った母が 三十代後半になって教育を受け始めたカトリックの信仰もまだ浅く、日曜日に時たま教会のミサへ行く程度の母が 町会内のお祭りの寄付が来ても、 お正月の門松の集金が来ても 「宅はカトリックですから」と断っていた。 そんな 過去への切り捨ての勇気と決断に頭が下がる思いだった。というよりも、 町内が祝う祭りへ参加が出来なかった事が幼い私たちの気持ちを暗くした。
いいよね、お母さんは子供の頃はとっぷりと日本の習慣を楽しみ、 子供たちへは苦もなくご法度の令を下す母へ心の中で恨んでいた。
しかしここに訂正させて頂くが、 カトリックは 他宗教への心情は許されている。しかし私たちが教育を受け始めた頃は 神社仏閣への参拝などは 避けたほうが良いという誤解されて布教されていたのが残念である。 その人の気持ちがそう思うのであれば 参拝も良し、 寄付も良し、 ご焼香もありである。 実際そうあるべきだと思い。 他宗教を参拝したら自分の信仰が揺らぐのであれば そんな信仰はやめればよい。それよりも 他宗教への尊敬が持てなくて何がキリスト教だと言いたい。
しかし 私が育った頃の日本のクリスマスとは 「クリスマス デコレーシオン ケーキ」の一言に尽きる。白あり、水色あり(すいません あの頃は ブルーなんて言わなかった)丸いケーキの周りをヨーロッパの城のごとくにクリームで飾り付け、 なぜか ローソクが立っていたのもあった。
ちなみに私は一度だけ あのケーキを食べたことがある。 カトリックを主張していた母なのに あのデコレーシオン ケーキは 決して買わなかった。 あれは 銀座で呑み歩いている父親族が ご帰宅のときに 子供へのお土産として 銀座の街角で買って帰る品なのだと説明された。 ゆえに 私たちの父親も一度だけ あの 「デコレーシオン ケーキ」を持って帰宅してくれた。 あの甘さは なかなかのものであった。
米国に住むようになってから クリスマスの観念が180度変わった。 家族の集まりの時。 離れて暮らしている家族が帰宅する時。 豪華ではないが、 家族一同で 思い切り食べるとき。 それに伴う、 クリスマスプレゼントという 一年間の想いを兼ねた贈り物の季節となる。 日本のお中元、お歳暮、藪入り、正月が一度に来ると思えば簡単である。 もちろんその前に 感謝祭という 11月第4木曜日の祝日が来るが。
そのプレゼントを子供たちは サンタクロースという白い髭のおじいさんが持って来てくれることになる。
娘が小学生の時に真に真剣な目をして 「ママ~ サンタクロースなんて本当は居ない。 あれは作り話だって 本当?」 と訊いたことがある。 さて困ったナ と思ったら中学生だった 息子が助け舟をだしてくれた。 「自分はサンタクロースを信じるヨ。 「サンタが居ると自分で信じるからサンタがプレゼントを持って来てくれるのでしょ」 「信じるから来るので 信じなかったら クリスマスなんて なくてもいいじゃない」 確かその年だったと思いう、 私たちの多忙から ツリーの飾り付けが遅れていたのを 息子に指摘された。 「早く飾らないと プレゼントを置く場所が無くて サンタが困るから」「If you believe it will come」まさにこれである。
時々想うのだが、 たまたま巡り逢った恋人が離婚経験者で 二人の子持ちだった故に、その二人の子供を丸抱えで受け入れて、婚約したあの息子は かつて自分のモットーとしていた 「信じれば来る」の気持ちをまだ持ち続けているだろうか。
この米国でも 一般メディアとか 商業世界では クリスマスを ハッピー ホリデー と呼び変えられていることは以前のこのブログで書いた。
私自身は 5-6歳のときよりカトリックの社会に居たので、12月24日のイエズス キリストの生誕日をクリスマスとして祝ってきたことへ何の不思議も感じなかった。むしろ 実家の母が仏教的仕来りを一切家庭内に取り入れなかったことのほうが驚きであった。
仏教信仰の家庭に生まれ育った母が 三十代後半になって教育を受け始めたカトリックの信仰もまだ浅く、日曜日に時たま教会のミサへ行く程度の母が 町会内のお祭りの寄付が来ても、 お正月の門松の集金が来ても 「宅はカトリックですから」と断っていた。 そんな 過去への切り捨ての勇気と決断に頭が下がる思いだった。というよりも、 町内が祝う祭りへ参加が出来なかった事が幼い私たちの気持ちを暗くした。
いいよね、お母さんは子供の頃はとっぷりと日本の習慣を楽しみ、 子供たちへは苦もなくご法度の令を下す母へ心の中で恨んでいた。
しかしここに訂正させて頂くが、 カトリックは 他宗教への心情は許されている。しかし私たちが教育を受け始めた頃は 神社仏閣への参拝などは 避けたほうが良いという誤解されて布教されていたのが残念である。 その人の気持ちがそう思うのであれば 参拝も良し、 寄付も良し、 ご焼香もありである。 実際そうあるべきだと思い。 他宗教を参拝したら自分の信仰が揺らぐのであれば そんな信仰はやめればよい。それよりも 他宗教への尊敬が持てなくて何がキリスト教だと言いたい。
しかし 私が育った頃の日本のクリスマスとは 「クリスマス デコレーシオン ケーキ」の一言に尽きる。白あり、水色あり(すいません あの頃は ブルーなんて言わなかった)丸いケーキの周りをヨーロッパの城のごとくにクリームで飾り付け、 なぜか ローソクが立っていたのもあった。
ちなみに私は一度だけ あのケーキを食べたことがある。 カトリックを主張していた母なのに あのデコレーシオン ケーキは 決して買わなかった。 あれは 銀座で呑み歩いている父親族が ご帰宅のときに 子供へのお土産として 銀座の街角で買って帰る品なのだと説明された。 ゆえに 私たちの父親も一度だけ あの 「デコレーシオン ケーキ」を持って帰宅してくれた。 あの甘さは なかなかのものであった。
米国に住むようになってから クリスマスの観念が180度変わった。 家族の集まりの時。 離れて暮らしている家族が帰宅する時。 豪華ではないが、 家族一同で 思い切り食べるとき。 それに伴う、 クリスマスプレゼントという 一年間の想いを兼ねた贈り物の季節となる。 日本のお中元、お歳暮、藪入り、正月が一度に来ると思えば簡単である。 もちろんその前に 感謝祭という 11月第4木曜日の祝日が来るが。
そのプレゼントを子供たちは サンタクロースという白い髭のおじいさんが持って来てくれることになる。
娘が小学生の時に真に真剣な目をして 「ママ~ サンタクロースなんて本当は居ない。 あれは作り話だって 本当?」 と訊いたことがある。 さて困ったナ と思ったら中学生だった 息子が助け舟をだしてくれた。 「自分はサンタクロースを信じるヨ。 「サンタが居ると自分で信じるからサンタがプレゼントを持って来てくれるのでしょ」 「信じるから来るので 信じなかったら クリスマスなんて なくてもいいじゃない」 確かその年だったと思いう、 私たちの多忙から ツリーの飾り付けが遅れていたのを 息子に指摘された。 「早く飾らないと プレゼントを置く場所が無くて サンタが困るから」「If you believe it will come」まさにこれである。
時々想うのだが、 たまたま巡り逢った恋人が離婚経験者で 二人の子持ちだった故に、その二人の子供を丸抱えで受け入れて、婚約したあの息子は かつて自分のモットーとしていた 「信じれば来る」の気持ちをまだ持ち続けているだろうか。
2009年11月13日金曜日
タイチー 2
習い始めたらもう終ってしまった感じのする タイチー だが、一応ワン レッスンが昨晩で終了。実際一週間に1.5時間で何が習えるのかと考えれば、期待をしないほうが良い。
それにこのカンフー氏はよくしゃべる。 タイチー半分、お話半分。 タイチーとは全く関係ない話へと延々と広がっていく。 それでも一応は中国の武術の話を好んでするが、チャン だのワンだの そのまま言葉を言うが、歯が欠けているのかと心配するほどに なんか空気が漏れたような発音ではわからない。 もともとが こちらの人は、このカンフー氏のことだけではない、 外国語への無神経な感覚と 発音の悪さと好き勝手なイントネーシオンをつけるからさっぱりわからない。カラオケ をカリオケ 、すき焼を シュキヤキ式で発音されると困る。 まさか そこの黒板へ漢字を書いてくれともたのめないし~。
アッ いけない、少なくとも 何かを指導してもらった 教師にこのような事を言ってはいけないのだ。
ごめんなさい。
12名で始めたクラスの落ちこぼれが一人だから、カンフー氏はいとも ご満悦である。 流れるようなあの動きが自分のものになったか?と訊かれたら、「ダメでした」と即答が出る。 プロのダンサーは数時間で振り付けを会得するらしいが、 どうして 私はあの動きが覚えられないのだろうと、そのほうが 不思議だ。 言わせて頂ければ、クラスの10名が同じである。 休憩中の会話で知ったのだが、 中の二人は このカンフー氏のクラスにもう一年近く通っているそうだ。 フン それにしては あまり 私たちと違いがない。しかしそれ以来彼らの動きを見ていたら、確かに他の人達とは 多少違う。 カット見開いてカンフー氏を追っていなくても 動いている。 美しく流れるような とは 違うが、まあ、よろしいのではないだろうか。一年ネ~。
昨晩の最後のレッスンで どうやら 何となく、いくらか 水の流れのように とはいかなくても全員が同じ方向を向いて、 同じ側の手を出して??終了したと思う。 さて 次である。 もちろん 一人で出来るか? 出来ない。 絶対に出来ない。 覚えていない。 しかし、次のクラスは一月からだそう。 さて困った。 一週間したら 忘れる年齢の私は一月まで待ったら又 初心者に戻る。なるほどそうやって 商売が成り立つわけか。
Googleで調べたら、 案外あちこちで タイチークラスがあるらしい。 さっそく来週は他のクラスを調べてみるつもり。 我が家から遠くない箇所に一つ、新しく出来た サッカー球場のジムの中でも中国人が教えていると聞いた。 これは 退職者向けだそうだ。 故に月曜日の朝だとか。 また 私の仕事場の近くに中国のお寺があるのだが、 そこでもクラスがあるそう。 私の知人がかつて参加したが 「呼吸法が出来ていない。 腹で呼吸をセイ!」となんども注意されて、彼女出来ないものは出来ない、と止めてしまったお寺である。 でもそこも調べてみよう。 だって 自分の為いだもの。 腹で呼吸セイってどなられないように気をつけよう。
それにこのカンフー氏はよくしゃべる。 タイチー半分、お話半分。 タイチーとは全く関係ない話へと延々と広がっていく。 それでも一応は中国の武術の話を好んでするが、チャン だのワンだの そのまま言葉を言うが、歯が欠けているのかと心配するほどに なんか空気が漏れたような発音ではわからない。 もともとが こちらの人は、このカンフー氏のことだけではない、 外国語への無神経な感覚と 発音の悪さと好き勝手なイントネーシオンをつけるからさっぱりわからない。カラオケ をカリオケ 、すき焼を シュキヤキ式で発音されると困る。 まさか そこの黒板へ漢字を書いてくれともたのめないし~。
アッ いけない、少なくとも 何かを指導してもらった 教師にこのような事を言ってはいけないのだ。
ごめんなさい。
12名で始めたクラスの落ちこぼれが一人だから、カンフー氏はいとも ご満悦である。 流れるようなあの動きが自分のものになったか?と訊かれたら、「ダメでした」と即答が出る。 プロのダンサーは数時間で振り付けを会得するらしいが、 どうして 私はあの動きが覚えられないのだろうと、そのほうが 不思議だ。 言わせて頂ければ、クラスの10名が同じである。 休憩中の会話で知ったのだが、 中の二人は このカンフー氏のクラスにもう一年近く通っているそうだ。 フン それにしては あまり 私たちと違いがない。しかしそれ以来彼らの動きを見ていたら、確かに他の人達とは 多少違う。 カット見開いてカンフー氏を追っていなくても 動いている。 美しく流れるような とは 違うが、まあ、よろしいのではないだろうか。一年ネ~。
昨晩の最後のレッスンで どうやら 何となく、いくらか 水の流れのように とはいかなくても全員が同じ方向を向いて、 同じ側の手を出して??終了したと思う。 さて 次である。 もちろん 一人で出来るか? 出来ない。 絶対に出来ない。 覚えていない。 しかし、次のクラスは一月からだそう。 さて困った。 一週間したら 忘れる年齢の私は一月まで待ったら又 初心者に戻る。なるほどそうやって 商売が成り立つわけか。
Googleで調べたら、 案外あちこちで タイチークラスがあるらしい。 さっそく来週は他のクラスを調べてみるつもり。 我が家から遠くない箇所に一つ、新しく出来た サッカー球場のジムの中でも中国人が教えていると聞いた。 これは 退職者向けだそうだ。 故に月曜日の朝だとか。 また 私の仕事場の近くに中国のお寺があるのだが、 そこでもクラスがあるそう。 私の知人がかつて参加したが 「呼吸法が出来ていない。 腹で呼吸をセイ!」となんども注意されて、彼女出来ないものは出来ない、と止めてしまったお寺である。 でもそこも調べてみよう。 だって 自分の為いだもの。 腹で呼吸セイってどなられないように気をつけよう。
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