70歳を過ぎたらもうお勤めはないと訊いているが、 69歳の亭主殿はさしずめ陪審員義務の最後通達に先日出かけていった。 過去に何十回来たか覚えていないが、 毎回決してお役目御苦労さままでは至らず、ハイ ご足労様ですと あとから 五ドルの小切手が駐車場代として届くだけであった。 しかし、今度は 一歩前進、法廷の中まで辿りつき、 午後の三時まで拘束されてのお勤めであった。
まずは 朝の8時。 陪審員選別室には300名ほどが集められている。 ここは 殺人、放火、レイプ、窃盗など重罪犯を取り扱う裁判所である。
一つのケースに約65名と分けられ 各々の法廷に入る。 我が亭主及び他の64名が入ったのは 殺人犯の法廷。 裁判長、検察官、弁護士、そして すでに 起訴された 殺人犯も法定に着席して これから始まる陪審員選別の準備をしている。
まず裁判官から これから始まる陪審員の役割、意味、選別方法を説明、
この裁判は 判決と共に 陪審員が犯人の服役期間の決定の義務もあると説明する。
5年~99年の服役の決定は 裁判官による決定か、陪審員の決定にするかは 起訴された犯人が決めるのだそうである。 このケースの犯人は 陪審員による決定を希望していた。
そして 検察官のすでに起訴された犯人の罪状の説明。
情状や理由などは 説明されない。 それは 裁判が始まってからの事である。 犯人に対する予備知識になるような説明は一切ないという。 そして、 犯人側の弁護士の説明もあったが 犯人への同情心を呼び起こす説明は禁じられているので わずかな説明だけである。
その後に 陪審員予備軍への 質問が始まる。 これは 検事側と弁護士側からはじまるが 主になる事は一人一人の性格や 犯罪や犯人への姿勢への質問と観察であったと云う。
質問のひとつ。 判決を受けた殺人犯でも、 情状酌量にて釈放となることに肯定出来るか否か?
相当に意味の深い質問である。 そこで 一人が裁判官に説明を求めた。例えでなく実際ケースとしての説明を求めた。
答: 59歳の夫が、 55歳の末期癌の妻の痛み苦しむ姿に耐えられなく、 また妻からも殺してくれと再三望まれて、その妻を射殺した。
このケースの殺人犯は 規定通り刑務所に服役すべきか、 社会へ戻すべきかの意味なのだそうだ。
また、 陪審員予備軍からも質問が自由に許される。 そうである納得がいかなければ困るのである。
予備軍からの質問一つ: 法定でもし、 法医学の報告がなされるときには、どの様な計器を使用して、DNAや指紋検室したか 法医学室の見学もできるか?
裁判官の答: その時が来たら、 もちろんご要望なら 見学は出来ます。
ちなみにこの質問を出した人は陪審員にはならなかたそうだ。
そのあとに行われるのが 検察側と弁護士側からなる12名の選別。 私この人、あなた この人ダメ。私はこの人、 ダメダメその人は止めて頂戴とまあ、こんな具合で、 両方が 6名づつ 自分たちに有利であろう人を選ぶ。 検察官は 罪に対する合法と正当な考えの人。 弁護士側は 感情の起伏の強い、優しさ、同情の感情を呼び起こせる人となる。 彼らは月曜日から始まる裁判の陪審員となる。 通常なら4日から 10日で判決まで持っていかれるとの事。 もちろん その間は この12名の陪審員は 仕事には戻れない。 毎日裁判所に通勤である。
我が亭主と 昼食を一緒にしてインスタントのお友達になった エンジニアー と 会社経営のオッサンの三人は陪審員には選ばれなかった。 ご帰宅となった彼らはニンマリと微笑んでいたそうだ。 我が亭主曰く、 もしも、 選ばれたて、 10日間も仕事に戻れないかもしれないと思ったら頭がクラクラしたそうである。
2009年5月31日日曜日
2009年5月30日土曜日
じゅんたろう さんが投稿「今話題になっていること 2」にコメントを書き込みました。
この問題、何十年も考えていたことです。といっても宗教的理由ではありません。それは彼らの選択的自由であっていいとか良く無いとかで片付けられません。
問題は癌と言っても現代の医学で解決できるものか如何かです。乳がんだと乳房を切除、胃がんも切除とメスをいれ抗がん剤で果たして治って行くものでしょうか?癌そのものの成り立ちがすでに判って来ています。人は本来自己免疫や異物を排除する機能があります。私の体験では日々の食べ物にその鍵が有るという主張です。母は50代で乳がんをしましたが88才まで生きました。また身内のものが肝臓癌とすい臓癌を患ったのです。いまだに一度もメスを入れていません。内外の書物を読み漁り、人の身体が本来持つ抵抗力や免疫力を促すには現代の薬ではなく、日常の食べ物と知りました。日本ではいまだ話題になっていないオメガー3もそのひとつですし、各種のハーブも然りです。これからの時期ですと紫蘇(みどりのもの)やバジルなどしそ科のものが大変有効です。それらをこれほどというほど摂ります。一日30種類のものを摂れと言います。どうしても27種類しか取れないと・・・ある人がそれでは七味唐辛子を取れば30種類になるというジョークも出るほどです。ただし冬にはその時期のもの夏にはそれなりのものが大変有効です。冬に高い代価できゅうりを買うべきではありません。栄養価はそれほどありません。露地栽培の季節にあったものを摂るのが良いと思います。
日本の医者がシュガー・メタボリックにシナモンが有効だと全く知りませんでした。アメリカのヴェジタリアンの書物に出ていました。
一滴です。
癌細胞は産まれたときから 私たちの体内で生息しているそうですね。 それが 生活の中での何かのきっかけで 活動を始めるのとか。 まったく 時限爆弾を抱えて生きているようなものです。 そういわれるとやはり 食生活や毎日の生活に気を付けるようになります。
一日30種類のものですか。 食料品の種類の少ないアメリカでは大変難しいことです。 でも 老人ぼけも 一日 30人の人間に行き合うことで 頭の細胞の活動を良くしてボケないと聴いたことがあります。30という数字には何か意味があるのでしょうかね。
問題は癌と言っても現代の医学で解決できるものか如何かです。乳がんだと乳房を切除、胃がんも切除とメスをいれ抗がん剤で果たして治って行くものでしょうか?癌そのものの成り立ちがすでに判って来ています。人は本来自己免疫や異物を排除する機能があります。私の体験では日々の食べ物にその鍵が有るという主張です。母は50代で乳がんをしましたが88才まで生きました。また身内のものが肝臓癌とすい臓癌を患ったのです。いまだに一度もメスを入れていません。内外の書物を読み漁り、人の身体が本来持つ抵抗力や免疫力を促すには現代の薬ではなく、日常の食べ物と知りました。日本ではいまだ話題になっていないオメガー3もそのひとつですし、各種のハーブも然りです。これからの時期ですと紫蘇(みどりのもの)やバジルなどしそ科のものが大変有効です。それらをこれほどというほど摂ります。一日30種類のものを摂れと言います。どうしても27種類しか取れないと・・・ある人がそれでは七味唐辛子を取れば30種類になるというジョークも出るほどです。ただし冬にはその時期のもの夏にはそれなりのものが大変有効です。冬に高い代価できゅうりを買うべきではありません。栄養価はそれほどありません。露地栽培の季節にあったものを摂るのが良いと思います。
日本の医者がシュガー・メタボリックにシナモンが有効だと全く知りませんでした。アメリカのヴェジタリアンの書物に出ていました。
一滴です。
癌細胞は産まれたときから 私たちの体内で生息しているそうですね。 それが 生活の中での何かのきっかけで 活動を始めるのとか。 まったく 時限爆弾を抱えて生きているようなものです。 そういわれるとやはり 食生活や毎日の生活に気を付けるようになります。
一日30種類のものですか。 食料品の種類の少ないアメリカでは大変難しいことです。 でも 老人ぼけも 一日 30人の人間に行き合うことで 頭の細胞の活動を良くしてボケないと聴いたことがあります。30という数字には何か意味があるのでしょうかね。
2009年5月28日木曜日
今話題になっていること 2
ミネソタ州に住む 癌(Hodgkin's lymphoma)(胸部に腫瘍が出来る)を患っている13歳の少年ダニエル君が医者の進める抗がん剤治療を拒否した。一月に診察を受けた結果宣告されたそうだ。
そしてこの二月に治療を受けたが その後 治療を止め、自然慮法をすると病院を去っている。 母親の説明は 宗教的な理由となる。
しかし医者は、もしこの少年が治療を拒否すれば 死が目の前に迫っていると説得
していた。 そこで今回は法律がその少年の前に立ちはだかった。
裁判官により、両親が少年の抗がん剤治療を拒否するなら 親権を取り上げ、親から隔離されて の治療を受けることを宣告した。
しかし、宗教的理由を盾に治療を拒否続ける母親と少年は彼らの住む町から消えてしまった。逃亡である。その親子を探す町のシェリフと病院は FBIの助けを仰ぎ 二日後には この親子は FBIの追跡の人となった。
ハーブによる癌治療で有名なメキシコへ逃げたのではないかと予測され FBIはメキシコまでも 母子を探していたらしい。 しかし、一週間ほどして この母と少年は ミネソタの町へ戻ってきた。彼らはカリフォルニアまで逃れたらしく、やはりその先にあるメキシコへ 目指していたらしいが、 あとに残された父親と知人の説得の結果となる。
そして火曜日に医師の診断を受け、 木曜日からこの13歳の少年は抗がん剤治療を始める。 少年が治療を受ける間は シェリフの監督下で両親は 親権を保つことが出来る。
何とも気持ちのすっきりしない出来事だと思う。 宗教の中には 輸血を受け付けないのもあり 時々それによる摩擦が起きることがあり、 病院側は対処として即警察の介入を要求するのを見聞きするが、 やはり このケースも同じなのだろう。
未成年の処置は 一般常識を遺脱した親の対処に対して警察や裁判所の介入で取り締まるわけなのだろう。
この少年がこれから受ける治療で生き延びてもらいたいと願うが、 戻ってきた 少年を診断した医者の、 六日間の逃避の間に 胸の中に育つがん細胞は大きくなり、 胸の壁の外までも出てきていると発表している。 はたしてそんなに早く癌は成長するのだろうか、 それとも これは医者の 治療結果に対する 「逃げ」なのではないかと少し疑いたくなる。
病名のHodgkin's lymphoma は PCの辞書を使って検索してみましたが 「お探しの言葉は見当たりません」となる。
申し訳けありません。
そしてこの二月に治療を受けたが その後 治療を止め、自然慮法をすると病院を去っている。 母親の説明は 宗教的な理由となる。
しかし医者は、もしこの少年が治療を拒否すれば 死が目の前に迫っていると説得
していた。 そこで今回は法律がその少年の前に立ちはだかった。
裁判官により、両親が少年の抗がん剤治療を拒否するなら 親権を取り上げ、親から隔離されて の治療を受けることを宣告した。
しかし、宗教的理由を盾に治療を拒否続ける母親と少年は彼らの住む町から消えてしまった。逃亡である。その親子を探す町のシェリフと病院は FBIの助けを仰ぎ 二日後には この親子は FBIの追跡の人となった。
ハーブによる癌治療で有名なメキシコへ逃げたのではないかと予測され FBIはメキシコまでも 母子を探していたらしい。 しかし、一週間ほどして この母と少年は ミネソタの町へ戻ってきた。彼らはカリフォルニアまで逃れたらしく、やはりその先にあるメキシコへ 目指していたらしいが、 あとに残された父親と知人の説得の結果となる。
そして火曜日に医師の診断を受け、 木曜日からこの13歳の少年は抗がん剤治療を始める。 少年が治療を受ける間は シェリフの監督下で両親は 親権を保つことが出来る。
何とも気持ちのすっきりしない出来事だと思う。 宗教の中には 輸血を受け付けないのもあり 時々それによる摩擦が起きることがあり、 病院側は対処として即警察の介入を要求するのを見聞きするが、 やはり このケースも同じなのだろう。
未成年の処置は 一般常識を遺脱した親の対処に対して警察や裁判所の介入で取り締まるわけなのだろう。
この少年がこれから受ける治療で生き延びてもらいたいと願うが、 戻ってきた 少年を診断した医者の、 六日間の逃避の間に 胸の中に育つがん細胞は大きくなり、 胸の壁の外までも出てきていると発表している。 はたしてそんなに早く癌は成長するのだろうか、 それとも これは医者の 治療結果に対する 「逃げ」なのではないかと少し疑いたくなる。
病名のHodgkin's lymphoma は PCの辞書を使って検索してみましたが 「お探しの言葉は見当たりません」となる。
申し訳けありません。
2009年5月27日水曜日
じゅんたろう さんが投稿「老後はどうしよう 1」にコメントを書き込みました。
これが日本でも問題なのです。アメリカでも!と驚くばかりです。北欧諸国は行き届いていますね、日々の消費税など高いのですが、年老いても楽しく出来る環境が整っているのは素晴らしい政策です。もう数年で日本の消費税は15%になるでしょう。しかしそれが今までこの国を支えてきた人々に還元されるでしょうか?否!!!官僚たちの餌食になってしまうのです。韓国の元大統領が自殺しました。かのの歴代の政府高官の汚職が問題になっています。日本では?もっとすざましい汚職です。少なくとも次代を期待された民主党、あの小沢氏が筆頭代表者というトロイカ政党になってしまいました。安らぎのある老人?老後生活?この国では期待できません。
誰が、数千万円の養護施設に入居できますか。
死は全く恐ろしくありません。唯、いかに生きてきたか、いかに死ぬべきかそれが日々の課題です。
一滴です
じゅんたろうさんの懸念もっともです。 ただ アメリカの平均寿命が日本の寿命よりずっと下回っていますから、 一般的には 皆さん介護が必要になった時点であまり長生きを心配していないのではないかと思います。また、家とは安住の場所。親の家は子供たちに遺して置く物件という考えが此処にはありませんから 時が来たら 自分の住む家を売り、介護付きの施設とか アパートに移るのが自然の動きになっているように見えます。
誰が、数千万円の養護施設に入居できますか。
死は全く恐ろしくありません。唯、いかに生きてきたか、いかに死ぬべきかそれが日々の課題です。
一滴です
じゅんたろうさんの懸念もっともです。 ただ アメリカの平均寿命が日本の寿命よりずっと下回っていますから、 一般的には 皆さん介護が必要になった時点であまり長生きを心配していないのではないかと思います。また、家とは安住の場所。親の家は子供たちに遺して置く物件という考えが此処にはありませんから 時が来たら 自分の住む家を売り、介護付きの施設とか アパートに移るのが自然の動きになっているように見えます。
2009年5月26日火曜日
老後はどうしよう 1
ウェバー夫妻は ともに七十代後半。 息子が一人 同じ町に住むが 結婚はしていない。 ウェバーさんはもう 毎週の庭の手入れや芝刈りが少し大変になり、 いつも二日に分けてするようになった。 奥さんも毎日の食事作りにうんざりしている。 この町では一般的なサイズの、 寝室三つの家に住むが、夫の定年退職以来二人に尋ねる人も居ない。 おまけに奥さんは少し 引きこもりのところがある。 引き込もり主婦の常で、家の中では 彼女のルールが存在して、そのルールに添わないと旦那さんは 結構奥さんから 厭味の制裁を受ける、 二人で出掛けるのは 奥さんのお医者さん通いだけ。 絶え間なく どこが悪いかと 頭の先から 足のつま先までの各医療機関専門医の定期健診に励む。 ご主人が かつて職業軍人であるから 医療保険だけは心配なし。
そこでご主人は 老人用コンドミニアムを探しはじめた。 家のスケールが一回り小さい、 部屋数も少なくなるが、食事は キャフェテリアで出来る。庭は猫の額ほどになるから 手入れはいらず、 回りが緑に囲まれ、小さめな人口池もあり、 何よりも彼にとっての魅力は 社交の場があり、 老人たちの集まりの場があることだ。 彼はいつもいろいろな社交の場へ行き、人と交わりたかったが、 奥さんが一緒に出かけてくらない。 一人で出掛けることもできるが、 連れ合いの居る人は 一緒に来るのに、 一人者でもない自分が何故一人で出席しなければならない。 いちいち妻の欠席の説明をするのもシンドイと彼も退役軍人の集まり、 BBQ パティー、 元職場のクリスマスパーティーなどなどへ出かけなくなっていた。今は毎日犬と二人で散歩をするだけ。その犬も老人になり、 行きは歩いてくれるが、帰路はウェバーさんが抱えての散歩となる。
ガードマン付きの門構え、ゴルフ場、 散歩道、 歩いていける箇所にキャフェテリア、日に二食か三食かは 契約で決められる。 各住居には小さめな台所もある。 医務室には医者一人と看護婦が常時勤務。 ソーシャルホール、もう車の運転をしない人へのミニバスーサービス、
一応ご主人の希望が全て組み込まれている。 現在住む家は 築35年、もちろん支払済み。 現在でも毎月の水道ガス電気もろもろの支払及び 食費、 交通費、固定資産税、他 もろもろの雑費をすべて年金で賄っている。先方の諸経費とトントンである。
コンドミニアムは 現在の家の売却値に少し上乗せが必要だが、それは 貯えの中から賄うことが出来る。
総じて、 現在の家を売り、 現在の年金生活の金額が全ての支払と同額に近い。
ウェバーさんとしては 失うものが無い。 奥さんの愚痴を聴きながらの食事もなくなる、
一人でソーシャルホールへ遊びに行ける、ゴルフも始められる、庭の手入れが無くなる、
運転しない奥さんの車を処分できる。 車維持の諸経費はバカにならない額である。
この団体の経営は、組織が二分されていて、 現在足腰が一応大丈夫、せいぜい車椅子程度の障害だけで、常時医療機関の助けを必要としていない夫婦が入居可能である。
次の段階に入り、 本格的介護の必要な 状態になると 次のコンドミニアムがすぐ隣に建ち並ぶ。 そこへの入居は また同じことの繰り返しで、 自分たちの住むスペースを売却、次の完全介護の段階への入居となる。
ウェバーさん夫婦は現在考え中である。 現在住む彼らの家から せいぜい車で二十分の距離にあるそこへ入居するか、 もう少し現在の状態で頑張って、 妻なり自分が介護の必要とする状態になったら、 第二段階の介護施設へ一挙に入ろうか結論が出ないでいる。
マイナス点は、 家の売却を繰り返し、 引越しの繰り返しから来る 経費の損害が馬鹿にならないと気にしている。
そこでご主人は 老人用コンドミニアムを探しはじめた。 家のスケールが一回り小さい、 部屋数も少なくなるが、食事は キャフェテリアで出来る。庭は猫の額ほどになるから 手入れはいらず、 回りが緑に囲まれ、小さめな人口池もあり、 何よりも彼にとっての魅力は 社交の場があり、 老人たちの集まりの場があることだ。 彼はいつもいろいろな社交の場へ行き、人と交わりたかったが、 奥さんが一緒に出かけてくらない。 一人で出掛けることもできるが、 連れ合いの居る人は 一緒に来るのに、 一人者でもない自分が何故一人で出席しなければならない。 いちいち妻の欠席の説明をするのもシンドイと彼も退役軍人の集まり、 BBQ パティー、 元職場のクリスマスパーティーなどなどへ出かけなくなっていた。今は毎日犬と二人で散歩をするだけ。その犬も老人になり、 行きは歩いてくれるが、帰路はウェバーさんが抱えての散歩となる。
ガードマン付きの門構え、ゴルフ場、 散歩道、 歩いていける箇所にキャフェテリア、日に二食か三食かは 契約で決められる。 各住居には小さめな台所もある。 医務室には医者一人と看護婦が常時勤務。 ソーシャルホール、もう車の運転をしない人へのミニバスーサービス、
一応ご主人の希望が全て組み込まれている。 現在住む家は 築35年、もちろん支払済み。 現在でも毎月の水道ガス電気もろもろの支払及び 食費、 交通費、固定資産税、他 もろもろの雑費をすべて年金で賄っている。先方の諸経費とトントンである。
コンドミニアムは 現在の家の売却値に少し上乗せが必要だが、それは 貯えの中から賄うことが出来る。
総じて、 現在の家を売り、 現在の年金生活の金額が全ての支払と同額に近い。
ウェバーさんとしては 失うものが無い。 奥さんの愚痴を聴きながらの食事もなくなる、
一人でソーシャルホールへ遊びに行ける、ゴルフも始められる、庭の手入れが無くなる、
運転しない奥さんの車を処分できる。 車維持の諸経費はバカにならない額である。
この団体の経営は、組織が二分されていて、 現在足腰が一応大丈夫、せいぜい車椅子程度の障害だけで、常時医療機関の助けを必要としていない夫婦が入居可能である。
次の段階に入り、 本格的介護の必要な 状態になると 次のコンドミニアムがすぐ隣に建ち並ぶ。 そこへの入居は また同じことの繰り返しで、 自分たちの住むスペースを売却、次の完全介護の段階への入居となる。
ウェバーさん夫婦は現在考え中である。 現在住む彼らの家から せいぜい車で二十分の距離にあるそこへ入居するか、 もう少し現在の状態で頑張って、 妻なり自分が介護の必要とする状態になったら、 第二段階の介護施設へ一挙に入ろうか結論が出ないでいる。
マイナス点は、 家の売却を繰り返し、 引越しの繰り返しから来る 経費の損害が馬鹿にならないと気にしている。
2009年5月24日日曜日
陪審員制度 あれこれ
手負い虎 さん の コメント
追伸:私は日本の裁判院陪審制度は、失敗すると思います。理由は、
1)日本人は、いつまでたっても「お上」の意見を仰ぐ癖が直っていません。大樹の陰が好きです。しかもその大樹は、とりあえず、そばにいつ強そうな人ですから、始末におえません。
2)日本人は学校でも、実社会でも自分の意見をしっかり持つという訓練ができていません。信念に基づいてしっかりした意見を持つと、私のように、孤立して「孤高の虎」とかかっこいいことを言いながら、実は歯を食いしばって孤独に耐えなければなりません。私は小学校のとき、先生の目を見ろとか、正直にせよとか言われて、その通りにしたばかりに、退学になった人間です。そのこと、56年経っても忘れません。
3)日本人は情に流されやすく、「遺族の気持」とか言うものを、自分に信念がないもんだから、何よりも優先させます。そういう人間集団に裁判されたら、たまったものではありません。
4)日本は長いこと、裁判官は「お上」であったのです。「お上」意識の強い裁判官が、「下々」の陪審員の意見など、尊重するはずがありません。
じゅんたろう さんの コメント
日本の裁判員に選ばれる人はそれほど法的知識があるといった人たちではありません。
私がある日突然選ばれるかも知れないのです。しかしよほどの理由がない限り拒否することが出来ないのだそうです。
たまたま今夜のニュースでアメリカにおいて過去25年間で130人の無実の人たちが処刑されたとの事です。日本での場合は公けにされていません。ある人は処刑された翌日に真犯人が判ったということでした。
人にとって一番苦しいのは自由を束縛されることです。「殺してくれー」と死によって苦しみから逃れようとする人の気持ちはどんなでしょう。人前にさらされる苦しみ、それも真犯人ならば受け止めるべきでしょうが、そうではない場合の苦しみはとても想像できません。
第三者の感情や付け刃の法知識で人の「死」を私が左右できるでしょうか?
一滴です
手負い虎さん、じゅんたろうさんの裁判員制度に対する懸念よ~く分かります。
私は基本的には 死刑は反対です。 それは やはり 「目には目を」の基本に戻るのではないかしらと思いますし、 それよりも「復讐」という観念があるようにも感じられます。人が人を裁くことは一般社会の中で日常茶飯事に行われていると思うのですが、如何でしょう?
しかし 世の中には どうしようもない極悪人が存在して、 10人、20人の人を残忍な方法で殺す連続殺人鬼もこの世に存在しますか。 そんな人が捕まると、正直云って、 3-4回繰り返し死刑執行を要求したいです。
じゅんたろうさんのおっしゃる通り無実の死刑判決も過去には たくさんあるようです。悲しいことです。でもそれは陪審員制度とか 裁判官による裁判とかは関係なく起きることではないですかね。 でも これからの社会では 科学的調査がすぐれていて、そのような間違いは極端に減るそうです。
しかし、 裁判は必ずしも 殺人犯ばかりではなく、 窃盗犯、詐欺犯、ありとあらゆることが毎日裁かれているわけで、 裁判官一人の偏見と社会への無知からなる判決もやはり怖いです。
少なくとも、アメリカの裁判官は弁護士や検事の先にある職種で 一般選挙から選ばれますから、日本の法曹界のようにキャリアー 組とかいう特殊な社会の人たちではないことは確かです。
手負い虎さんがおっしゃる
「日本人は学校でも、実社会でも自分の意見をしっかり持つという訓練ができていません」
これはアメリカ式の陪審員制度には適した性格です。 結果的には12名の陪審員が 同じ結果を出すわけですから、 投票がまちまちですと 裁判が無効になりますから 意見は最終的に一致しなければなりません。 陪審員の評議の時に一人自分の意見に固執していれば 判決は出ず、二週間でも三週間でも長引くことになり、それだけ みなが自分の生活に戻れません。 勢い、 長いものに巻かれろで、 みなが同じ判決を出すというのが 現実らしいです。
アメリカでは 市民権を持ち、 投票権の登録をしている人には 無差別で誰にでも義務があります。 法的知識のあるなしは全く関係ありません。 外国人からの移民の人で 言葉の不自由な人にも責務はきます。 最近では 永住権はありますが、 市民権を持っていない私にも通知がこの二―三年来ていますから きっとアメリカも人を集めるのに苦労しているのかもしれません。
追伸:私は日本の裁判院陪審制度は、失敗すると思います。理由は、
1)日本人は、いつまでたっても「お上」の意見を仰ぐ癖が直っていません。大樹の陰が好きです。しかもその大樹は、とりあえず、そばにいつ強そうな人ですから、始末におえません。
2)日本人は学校でも、実社会でも自分の意見をしっかり持つという訓練ができていません。信念に基づいてしっかりした意見を持つと、私のように、孤立して「孤高の虎」とかかっこいいことを言いながら、実は歯を食いしばって孤独に耐えなければなりません。私は小学校のとき、先生の目を見ろとか、正直にせよとか言われて、その通りにしたばかりに、退学になった人間です。そのこと、56年経っても忘れません。
3)日本人は情に流されやすく、「遺族の気持」とか言うものを、自分に信念がないもんだから、何よりも優先させます。そういう人間集団に裁判されたら、たまったものではありません。
4)日本は長いこと、裁判官は「お上」であったのです。「お上」意識の強い裁判官が、「下々」の陪審員の意見など、尊重するはずがありません。
じゅんたろう さんの コメント
日本の裁判員に選ばれる人はそれほど法的知識があるといった人たちではありません。
私がある日突然選ばれるかも知れないのです。しかしよほどの理由がない限り拒否することが出来ないのだそうです。
たまたま今夜のニュースでアメリカにおいて過去25年間で130人の無実の人たちが処刑されたとの事です。日本での場合は公けにされていません。ある人は処刑された翌日に真犯人が判ったということでした。
人にとって一番苦しいのは自由を束縛されることです。「殺してくれー」と死によって苦しみから逃れようとする人の気持ちはどんなでしょう。人前にさらされる苦しみ、それも真犯人ならば受け止めるべきでしょうが、そうではない場合の苦しみはとても想像できません。
第三者の感情や付け刃の法知識で人の「死」を私が左右できるでしょうか?
一滴です
手負い虎さん、じゅんたろうさんの裁判員制度に対する懸念よ~く分かります。
私は基本的には 死刑は反対です。 それは やはり 「目には目を」の基本に戻るのではないかしらと思いますし、 それよりも「復讐」という観念があるようにも感じられます。人が人を裁くことは一般社会の中で日常茶飯事に行われていると思うのですが、如何でしょう?
しかし 世の中には どうしようもない極悪人が存在して、 10人、20人の人を残忍な方法で殺す連続殺人鬼もこの世に存在しますか。 そんな人が捕まると、正直云って、 3-4回繰り返し死刑執行を要求したいです。
じゅんたろうさんのおっしゃる通り無実の死刑判決も過去には たくさんあるようです。悲しいことです。でもそれは陪審員制度とか 裁判官による裁判とかは関係なく起きることではないですかね。 でも これからの社会では 科学的調査がすぐれていて、そのような間違いは極端に減るそうです。
しかし、 裁判は必ずしも 殺人犯ばかりではなく、 窃盗犯、詐欺犯、ありとあらゆることが毎日裁かれているわけで、 裁判官一人の偏見と社会への無知からなる判決もやはり怖いです。
少なくとも、アメリカの裁判官は弁護士や検事の先にある職種で 一般選挙から選ばれますから、日本の法曹界のようにキャリアー 組とかいう特殊な社会の人たちではないことは確かです。
手負い虎さんがおっしゃる
「日本人は学校でも、実社会でも自分の意見をしっかり持つという訓練ができていません」
これはアメリカ式の陪審員制度には適した性格です。 結果的には12名の陪審員が 同じ結果を出すわけですから、 投票がまちまちですと 裁判が無効になりますから 意見は最終的に一致しなければなりません。 陪審員の評議の時に一人自分の意見に固執していれば 判決は出ず、二週間でも三週間でも長引くことになり、それだけ みなが自分の生活に戻れません。 勢い、 長いものに巻かれろで、 みなが同じ判決を出すというのが 現実らしいです。
アメリカでは 市民権を持ち、 投票権の登録をしている人には 無差別で誰にでも義務があります。 法的知識のあるなしは全く関係ありません。 外国人からの移民の人で 言葉の不自由な人にも責務はきます。 最近では 永住権はありますが、 市民権を持っていない私にも通知がこの二―三年来ていますから きっとアメリカも人を集めるのに苦労しているのかもしれません。
2009年5月23日土曜日
手負い虎 さんは書きました...
「私は革袋さんを『不遜』といったのでなく、オバマ大統領の命に対する取り扱いを不遜と申しました。」
http://plaza.rakuten.co.jp/lapislazuli344/diary/200905200005/
一滴 です
なるほど、 わたしの文章への理解力のなさが露見したというわけですね。 てっきり、 私が不遜な人間とご指摘を受けたと思いました。
http://plaza.rakuten.co.jp/lapislazuli344/diary/200905200005/
一滴 です
なるほど、 わたしの文章への理解力のなさが露見したというわけですね。 てっきり、 私が不遜な人間とご指摘を受けたと思いました。
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