2009年11月28日土曜日

世の中いろいろ~ 2




Mancuso これは人の名前である。初めて人が大声でこの名を呼ぶのを聴いたとき、私は体をよじらせた。それは 驚きと、笑いをこらえる為である。
国が違うと、外国人にとっては、トンデモナイ可笑しな呼び名があるものだ。
この街でバイク(ハーリー デイビソン)の大きなデイーラをしている会社が ヤマハと書いたT-シャツをプロモートする為い出した物だが、後ろ側に自社の広告となる。得意満々でヤマハのバイクを乗る時に着こむ我が家の亭主殿は私がこのシャツを見ては笑うのを知っている、どうせ着ている奴もクソヤロウ~と恥ずかしげもない。
かつては この街の税務長官がやはり、同じ名前だった。固定資産税の支払などで小切手を切るとき、 支払い先として Mr. Mancuso、と書くことがあった。 小切手にサインをしながら、そうだよ 税金徴収者奴 自分の名前の意味を知っていか?と 心の中で呪って書いた記憶がある。 
なんでも Mancuso家この街では著名人らしく、リバーオークスという 未だ日本人でも入居が余り好まれない 超高級住宅街がこの街にあるが、そこにこの名の家族はお住まいと聴く。
しかし、 この名の家族が日本へ旅行などして、 ホテルのロビーで ベルボーイが 名前を声を高くして呼びながら探す姿を私は見たくない。

中央高速45を真っすぐに60マイルほどの所に lake livingston という中型の湖がある。枯れた大木が湖の中から何本も立ち並び、 なんとも寂しげな風情をもった景色だが、 30余年前に父が来た時に、絵の題材にと出かけた場所である。
昼食に湖畔のダイナーで食事中、窓を眺めていた父が何かをなどって読んでいる。 オナラスカ? オナラデスカ? いや違うな オナラスカ~、アレッ本当かね 。 なにを言っているのかと 見たら次の町まで何マイルの標識に町の名前が書いてある。 onalasuka。 ゲー 私たち親子はもう余らなくなって大笑い、そうオナラがでるほどにオナカをよじって大笑いした。
しかし、こちらの人に言わせると Alasukaの前に「ON」をつけただけのこと。どうてことないらしい。日本語勉強しないほうが良いよ。 

2009年11月27日金曜日

あらま さんが投稿 「守れない約束はしない」

「守れない約束はしない・・・」
これが、映画『トランスポーター』の主人公の信条ですね。
小生は、限りなく不可能な約束をしてしまいました。
その点、一滴さまの旦那様は立派だと思います。
「ベストを尽くす」。なんと良い響きでしょう。これなら結果を問われませんものね。

ちなみに『鋭意努力します・・・』
これは、日本の公務員の言葉で、意味は「何もしません」ということです。

さて、耳掻きいっぱいの○○を盛るまでもなく、毎食、スプーン一杯の動物性油を増すだけで、目的は達成されるようですョ。
ですから、小生は、コレステロール値に最大の関心を懐いています。





一滴です     あらまさん  調子良いですね

我が家の夫殿は「立派」ではありませんヨ   ずるいのです。 でも己の力を知っているという点では 宜しいのではありませんか。

なるほど スプーン一杯の動物性ですか。 でも相手は コレステロール、高血圧の薬を毎日飲んでいます。 動物性を食べてはコレステロールの薬を飲んでは意味ないです。 いっそ あの薬箱を消しましょうか。 それに最近禁酒宣言をしましたから。浴びるほど呑んでいたのが ピタリです。 やはり生きる本能は強いのですね。 あらまさんも頑張って下さい。 

2009年11月26日木曜日

あらま さんが投稿

女性である一滴さまにはお分かりになるかどうかは定かではありませんが、長年連れ添いますと、女性の権力は絶大です。
とても、正視なんてできませんョ。

「きみを幸せにするよ・・・」なんて、言ったら最期。
「幸せ」がこんなに大変なものかと、身に滲みます。
ここまで来るには、紆余曲折。外では誘惑あり、落とし穴あり・・・。
内では、家庭のことは家内に任せっ切り。
あの頃の約束を果たせず、逆に苦労ばかり掛けていますから、とても、とても、正視なんてできません。
しかも子供たちは、みんな母親の味方です。

理由が何であれ、もめ事があれは、スグに謝ってしまいます。
それが、今の小生の唯一の処世術です。

もう、こうなったら、母娘には絶対服従。そのなかから、小さな幸せを見つけています。






一滴です      あらまさん  小さな幸せは見つかりましたか?
幸せは小さくて良いです。 その小さな幸せも見つからない人も沢山います。 きっと幸せとはなにか気がつかない人が多いのかもしれません。 夫が謝ることで 平均が保たれるならそれも宜しいでしょう。 これが逆で 奥様がいつも謝っていたら 家庭内暴力になりますから。

夫婦であれば 悪気があって行動を起こすことはありません。 結果論として 家族を怒らせてしまった、がっかりさせしまった、となるのでしょうが、あらまさんには あらまさんの理由があるのですから、 一個人の人間としてご自身を信用してもらうしかありませんね。 … ちなみにわが亭主殿は、台所に立って何か料理をする時だけ 「君を幸せにする」と云いますが、人生に関しては そのような言葉は云いませんでした。 「ベストを尽くす」だけでした。 主人のベストが 私に取っての ベストに見えなくてもそれはその人の判断であって、当人がベストを尽くしたと言われれば、もうどうしようもないことです。

2009年11月25日水曜日

あらま さんが投稿

一滴さま。一滴さまのブログを読ませていただきますと、非常にのどかな、ほのぼのとした感じがします。
そこで、この場をお借りして、宗教について皆さまと議論することは、はたしてこのブログの趣旨と言いますか雰囲気にふさわしいものかどうかは疑問に思うところです。
ご自分が信仰している宗教の負の面を暴露するような記事を見れば、誰でも嫌な思いをすると思います。
どうやら、小生はそれをしてしまったようです。
お気を悪くさせてしまったことを謝りたいと思います。
どうも、申し訳ありませんでした。




あらまさま  コメントありがとうございます  

私は少しもあらまさんの 宗教に関するコメントに対して不愉快とも 厭な思いも感じません。 むしろ 日本のどこかで 私のどうしようもない落書きを読んでいて下さり、 それにコメントを下さるのをとても 大切に思っています。 
一般的に政治、宗教は会話の中から外すのがマナーであると 日本に居るときに知りましたが、 ここアメリカでは 男性の間での事ですが、 初対面ですと、どちらの政党を支持しているかを探ります。 それによって 次の会話、交友を決めるようですね。
趣味の話ほど、違う趣味を持っていたら 面白くない話題ではないですか。同じ趣味だとしても 次に来るのは、どちらが上手かになりますから心に屈託が残ります。お互いに意見の交換をこれからもお願いします。

じゅんたろう さんが投稿「あらま さんの コメントへ 投稿を書き込みました。」

追伸:50万人もの女性が東南アジアへ売られていったという話は、昔、堀田良衛という評論家が文芸春秋に寄稿していたのを思い出しました。しかしそれは「じゃぱゆきさん」や「らしゃめん」といったもう少しあとのことです。長崎が唯一の海外への交流の場になってからのことです。17世紀(1650)ですと日本の人口は僅か2,000万ほどです。キリシタン禁教の真っ只中で外海(そとうみ)へ出ることもまかりならぬ事情でした。大きな船を作ることは国内ではゆるされませんでした。
こっそりと?あの長崎の出島から50万人の人々が、どれほどの期間ででしょうか、出国できたでしょうか。
私の祖先は秋田佐竹藩のキリシタンでした。迫害が及び多くの志士達とルソンへ(フィリピン)逃れました。高山右近がかの地へ流されたのほぼ同時代の1614年頃だと思われます。非常に厳しく詮議され乗船を促されての当時です。しかしどのルートであったかは定かではありません。さて、一時ではなかったにせよそれほど多くの女人が売買されたでしょうか?当時すでに日本はとても農業が盛んになり人手が多く入用な時代になっていました。何しろ戦国時代です。男手は兵に摂られ僅かな田畑を守るのは女子供であったのではないでしょうか。

2009年11月24日火曜日

あらま さんが投稿 [

50万人・・・の根拠は、下記 URL をご参照ください。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nihonchristokyoshico/zinshinbaibaico.htm

ちと、眉唾物でしたね。

さて、愛は盲目と言いますが、小生は真実を直視する勇気がありません。
今でも、家内が怖くて直視できません。
この世が夢物語であるように祈っています。







あらま様 こんにちは   一滴です

これは どなたかの遠吠えのような気がしますけど、 やはり あらまさんには 信憑性を感じますか?
まあ 宜しいでしょう。 これも一つの意見。 言論の自由です。 


どうして 奥様が怖いのですか?  取って喰うわけではないでしょう。 人間の肉なんてまずいそうですよ。 とは言いますけど 私もかつて夫婦喧嘩をした後に我が家の亭主殿に云ったことがあります。 
「毎日私が作る料理を良く食べられるネ、 少しは怖いと思わない?」って。 それから
「毎晩 私よりも先に眠るけど、 少しは怖いと思ったことない?」ってね。 彼さん ゴクッて生唾飲んでいました。
ついでに 引き出しの中に仕舞ってある一本の未使用の耳かきを見せました。まあ あちらさんが見つけたのですけどね。 見たこともない 妙な耳かきを不思議そうに見ていたので説明しました
「一日耳かき一杯~」  

 この世が夢物語?? そうです、 「所詮この世は 仮の宿」 人生なんて 短い 短い、 一瞬のうちに青春も躍動も苦しみも消えてしまいます。
あとに残るは むなしさ~ などと云ったら つまらないですけど、 まあ、 どうせ仮の宿 楽しく過ごしましょう。 

じゅんたろう さんが投稿「あらま さんが コメントを 投稿」にコメントを書き込みました。

あらまさん、今日は、始めまして。いきなり異論で申し訳ありません。
1549年に聖サビエルが日本へキリスト教を伝えるまでこの国では「個人」という考えは認められなく下克上の世でした。
織田信長はそれを見ぬき、新しい日本を見出そうとしていたのではないかと考えます。伊達政宗においても然りです。天正の少年使節は1582年大友、有馬、大村の諸侯が教皇のもとへ使節を送り出しました。一人びとりが人として認識し始めたエポック・メイキングの時でした。
しかし士農工商の世になる手前戦国時代に突入しました。「寺請制度」はキリシタン排除のための戸籍法でした。
お説のようにキリスト教は「圧力団体」ではありません。自分たち信仰の自由を主張しているだけです。人権に対する訴えは圧力と捉えられるかも知れません。しかしカトッリクでは世俗の政治に関与することは禁じられています。
時代により私たちの考えは社会に反するようにも見えることが有ります。第二次世界大戦中、多くのキリスト者が迫害を受けました。それは人権を主張したからです。

ちなみに鳩山首相がモットーとしている「友愛」は"フィル・アデルフォス”と云うギリシャ語でペンシルバニアの首都フィラデルフィアを思い起こします。カトリックではないイギリスからの移民の先駆者ウイリアム・ペンが,命名したことですが当時の新大陸の状況を思い起こすと理解できます。