2021年10月7日木曜日

 先週三回目のコロナ注射を受けてきました。 一回目、二回目しっかりと副作用で苦しみました。 人の話で もう三回目になれば体が慣れてしまって大丈夫ョ、と非常に出所の確かでない情報を耳打ちされて、それでは マアーと出かけました。

ついでに流感の予防注射も予約の中に入ってますけど?どうします?と看護婦さん 注射器を二本の指で弾いてニンマリと笑顔です。私にはまったく覚えのない事項。多分予約を取った亭主の仕業でしょう。 別に拒否することもないので注射二本両腕にブス。 結構痛かった。それから三日間こちらは微熱に悩まされている。 もともと流感予防注射は毎年後でクタ~となるのだが、それに加えてコロナである。

この苦行も コロナも風邪も移されない、移さないと社会で生きる為の生き方でしょう。 

私は此処まで頑張っているのだから、 絶対に打ちませんと頑張っている多数の方は私の傍に寄らないでくださいな。 

2021年10月6日水曜日

 結婚歴50年Party に行ってまいりました。

ご主人はSpein人、奥さんはFrance人。子供3人、孫は8人、ひ孫が一人。長男がMexico人女性と結婚、次男がPhilippine人、長女が現地白人アメリカ人。何故そう言うかといえば、みんなアメリカ人だから。もう一人、孫の一人が黒人女性と結婚していました。人種の坩堝とはよく言ったものです。

勿論Partyに集まった人たちもいろいろです。France人家族。Greek、Mexico,Phillipn、Holland ,Japan(これは私ね)American(これは私の旦那、生粋のアメリカ人は多分私の旦那と孫の一人と結婚している黒人女性だけだったかも) 

私はこのグループに居ると不思議と気持ちがリラックスするんです。 よその国から来ているのは 私だけではないという安心感ですかね。流石に子供たちの世代になるとアクセントのない会話になりますが、 親世代一代目はこれでも英語か?となるような会話もあります。それでも皆さん頑張って仕事をし、子供を育てて余生をこの国で過ごすのですね。

 

2021年10月5日火曜日

わたし実感はないですが、 八十歳になりました。 気持ちも肉体も実年齢が自覚できないのですが、 いや本当は写真に取ると確かに私は見間違うことなく 80歳でございます。 ですから、皆様がカメラ、今は携帯ですね、アレをこちらに向けますと、私は スーッと立ち位置を変えますの。現実は毎日の生活、世界情勢から感じております。 なにも自分の顔から現実を見ることないですよ。 

ここ数年いろいろありました。 

一応仕事は止めました。主人も止めたはずなのですが、 あの人は 退職してからの方が仕事が増えました。事務所はもうありません、自宅の半分が仕事場になりました。属に言うコンサルタントと呼ぶ仕事です。

まったく新しい分野ですね。 自分で機器を作り売る仕事から、 よそ様が考案する仕事の一部を考案して、 部品の製図とプロトタイプを作る仕事ですが、 結構楽しいらしいです。 

80歳になってから、 大学の聴講生になって メカニカルの製図のクラスを取り頑張っています。  



 

2011年6月22日水曜日

皆様 お世話になりました。 

2007年6月20日私の誕生日より始めましたブログも、2011年6月20日現在で
四年の歳月が経ちました。長いようで短い歳月でございました。 

最初は大人になった私の二人の子供の成長過程をアルバムのように、想い出しながら、アメリカの子供の成長期間のいろいろな出来事を書いていくのも面白いのではないだろうか、そんな気持ちから書き始めました。

書くことで、私自身が日本語に接していくことの楽しみ、 もう忘れてしまいそうになるいろいろな言葉、書いて、読んで 可笑しな日本語に呆れて、 こんな事言わないけどな~ と嘆いての四年間でした。 

とても楽しい四年間でございましたが これで このブログを閉じさせて頂きます。

私のブログを読んで下さった方、 コメントを下さった方、 真にありがとうございました。
お読みになっていらっしゃる方々の中には、 まったく どんな気持ちでこんな下らないことを書くのだろうと驚いていらっしゃったこともおありでしょう。ですが、 この四年間のいろいろなことが私でございました。 

皆様のご健康をお祈りしております。


革袋の一滴

2011年6月17日金曜日

干物の独り言

昨日今日とまだまだ気温はうなぎ登り。  同じうなぎというなら、うなぎの蒲焼でも食べないと体力が持たないかもしれない。  ハイ、こちらは勿論冷凍です。 情けないですね。
でも凍解してからもう一度焼けば食べられるのです。  むしろ、有名店の冷凍うなぎより、カリフォルニアかアトランタあたりローカルで焼いた代物のほうが、
うなぎ其の物が肥えていて美味しいです。


先日我が家に来た客人が「これは地球温暖化の結果だ」と言う。 正直私は頭に来た。

確かにこの州は暑い、しかし、人間が地球を温暖化させたとは違うと思う。太陽から暑さは来る、地球から暑さを吹き上げるのではない。

人間がどれだけのことが出来るというのだろう。出来ることは戦争を起こすこと、シャトルを他所の星へ送ること、車の中で携帯へ外国からの電話を受けることも出来る、各自が手に持つ携帯でメールも送れる、買い物も出来る、  生活を楽にすることのもろもろのテクノロジーの開発、医療機関の開発、命の延命も治癒も大方出来る。

私達が生まれた頃には考えもしなかったことが今は可能になってきた。 しかし、どれ一つみても、これから来るハリケーンを縮小させるとか、方向を変えるとか、 地震の予知は出来ても、それを海のど真ん中へ移動させることも、 竜巻を予防することも、干ばつも大量の雨もどれにしても、私達の生活や命を助ける為の改良が出来ない。

氷山の一角が溶けるというけど、聳え立つ山々ではないのだから、いつかは溶けてまた氷山が出来てと新陳代謝があるのではないだろうか。 出来た氷が一万年も同じ氷山であるわけがない。 日本の地震も津波もアメリカの地球温暖化が起こした結果でもないし、歴史は繰り返すで、今や地球は氷河時代へと歩んでいるとも訊く。 それがわかっているなら、地球温暖化が出来たのだから、氷河時代も避けられるようにしてもらいたい。

アメリカの竜巻や川が溢れるのも日本の温暖化が起こした賜物でもない。東南アジアやヨーロッパの地震も人間が変えることは出来なかった。出来るのは予知することと災難の後始末だけ。

考えてみたら、宇宙とか地球とかを考え御託をのべても、天からの災難の前にはなんと人間の力は小さいことだろう。
本当に人間は地球を温暖化させるほどの威力を持っているのかしら。 

暑い中で観葉植物のように室内にいると、 頭がオカシクなります。 今日は瞬間的に40度を越えるかもしれません。 本当に冷房病にかかるかもしれない。 

2011年6月15日水曜日

渇いています

テキサス州の今日の気温は39度。 もう数週間この気温がつづいているけど、 雨は二月以来降っていない。芝生は枯れるし、花は咲かない。 緑鮮やかに伸びているのは雑草だけ。 いったいどこからあの水分を得られるのか、こちらが教えてもらいたい。

どの家でもスプリンクラーを酷使して芝生への水撒きに余念がないけれど、 二時間や三時間の水撒きでは到底間に合う筈もなく、 建物の土台が亀裂してしまう。この地方の土はクレーと言われる粘土体質ゆえ、 水分を含んでいるけど、乾燥すると家屋と土とが離れて、家が沈み、 平らに沈んでくれればありがたいが、 レベルが平均でなくなると、土台のコンクリートが割れる。
家全体を持ち上げて平らにしてもらう工事の費用は考えたくもない。 それだけに水撒きは必死である。


我が家でも、ドライブウェーのコンクリートの亀裂がはじまり、 レンガ作りの家と土との間隔に隙間が見える。家の周りにシャワーの蛇口のように穴の開いたホースを巻き、 少量の水をジワジワと何時間も土台にしみこますなんとも原始的なことをしている。 
水道代は何時もの三倍、それでも、 最悪は工事?と考えると近所中が水道代150ドル200ドルと支払うした道はない。
芝生への水撒きの時間規制とか曜日規制が出ませんようにと胸に手を当てて願っている。
他州では川が溢れて浸水、竜巻が家屋を破壊、母親が抱いていた子供を竜巻が引きちぎっていったとか、
車の中の父と子が、屋根の上の窓を竜巻が破壊して、 父親がしっかりと足を抱えていたのに、高校生の息子を吸い上げて言った。 
もう考えられないような事件が起きている。

そして、又他所の州では山火事が始まった。どうして哀しいことばかり起きるのだろう。少しは楽しいニュースも聞きたい。