2008年2月18日月曜日

お邪魔虫 2

お邪魔虫、これがインドネシアから来た一人の若者につけた私の影の名前。彼は丸ぽちゃの可愛い顔をした男の子。少なくとも私の潜在知識の中のインドネシアの顔はしていない。 つぶらな瞳、色白、カールした髪。十五歳からアメリカに移住しているゆえ、インドネシアのアクセントはまったく無い。一般のアジア人共通のシャイなところも持ち合わせていない。一見、「僕には苦労はありません」という顔をしている。

一時期、日本からの便りに、お邪魔虫、アッシー君、ミツグ君といろいろなかわいらしい呼び名が男の子たちついていたようだ。 私はそれらの本当の意味合いはよくわからないが、私の前で見え隠れしているこの坊やはまったくその名にふさわしい。
彼は直美ちゃんのお邪魔虫。 彼女が大学の四年間働いていたアルバイト先のホテルに居た頃はまだ高校生。そのときから同じホテルでベルボーイをしていた。  インドネシアの彼の父親は子供達が十五歳になると次々にアメリカの高校へ転向させる。それゆえ彼には十六歳も年上の長兄と二人の姉が同じ街に住んでいる。 
姉達は既にキャリア女性。一人は公認会計士、もう一人は建築設計デザイナーだそうだ。長兄は東洋の骨董品の貿易商と聞いている。街の高級住宅街に家を構え、家の中は美術館か、古物商みたいだと聞いた。

お邪魔虫は高校を出てから州立の短大にまず席を置いた。アルバイトの時間割を絶えず気をつけて必ず直美がシフトのときに彼もベルボーイをしている。 直美が現在進行中のボーイフレンドのアダムと映画、パーテイー、ピクニック、食事と出かけると彼も一緒する。 直美の友達でもあるがアダムの友達でもあるゆえそれを大いに利用する。 アダムが「今日はNO」だと言うと彼は直美のところへ走り、「OK」を取り付けてくる。まるで知恵のたけた幼子のようだ。別に彼が居ても邪魔じゃないし、寂しいから誰かの側に居たいらしいと直美はさして気にしない。いつか彼もガールフレンドを見つけたら私たちのところから離れていくからそれまでねと彼女は達観している。

直美の昼間の仕事場、短大の事務所にもサンドイッチ持参で毎日来る。
ランチは直美と一緒すると本人が決めたのだそうだ。職場の他の女性から学生はキャフェテリアがあるでしょう、あそこへ行きなさいと言われても決してひるまない。毎日来る。時々、姉さんが昨晩料理したからとインドネシアの料理を持って来ることもある。

現在はルームサービスボーイゆえ、自由が利くと、それだけ彼は直美を守れると信じている。まだ21歳になっていないから飲酒ができないと同時にあまりバーへの出入りは出来ない年齢だがホテルの制服を着ているのでどこでもお構いなしである。
車が故障すればアッシー君にもなる。 閉店後の会計の計算も手伝ってくれる。 
母親の気持ちとしては、あまり役に立たないボーイフレンドより可愛い。

初めて私と逢ったときは、「アーやっとママに会えた」と抱きついてきた。実に可愛い。
大学の中の合気道の道場に通い、竹刀を振り回し、 ベッドの代わりに日本の畳を一畳買ってその上に寝たいとサイトで畳を買う方法を検索しているそうだ。

彼は二人の姉と同居しているが、最近彼女たちの母親がインドネシアから渡米して来て娘たちと一緒に住むとお邪魔虫はアパートの居住権を失った。

 母国に居る父親には三人の妻が居る。第一妻はもう他界にしているそうだ、第二の妻は年老い、すべてを第三妻に任せてアメリカに移住して娘たちと住むと決めた。ゆえに、第三妻の息子は目の前から消えろというわけだ。彼はここでもお邪魔虫。

一ヶ月の猶予を貰いアパート探しを始めた。 出来たら直美ちゃんの近所のアパートをと探すが彼の予算が合わないとイライラしている内に期限が来てしまった。仕方なく彼はアダムのアパートのドアを叩いた。僕、床で寝ますからお願いしますと寝袋を手にしてやって来た。そうなると「アダムの行くとこ僕も行く」と男の一念。しかしアダムの行くとこ直美ちゃんの居る所となる。

兄弟姉妹とは名ばかりで、第一第二第三婦人までいる家庭環境は私たちが想像する兄弟姉妹関係とは少し違うらしい。

 国に居る彼らの父親が癌の宣告を受けてもう何ヶ月にもなる、国からの便りは症状の悪化とあまり長くはない命が知らされている。しかし遠いインドネシアではオイソレと見舞いに行かれない娘、息子達はクリスマスも近く、年末の休暇を利用して父親の見舞い旅行の計画を始めた。最終的に一番必要なのは飛行機の切符代である。しかし、最近居候生活を終らせ、一人アパートを見つけ住み始めたお邪魔虫にはとても切符代は出せない。 未だに彼の住まいの中はまったく空っぽなのだ。畳の上での寝袋生活も続いている。私の事務所から中古のデスクと椅子を幾つか運びだし、それを勉強、食卓、コンピュターデスク兼用にしている状態。しかし、経済的に豊かな兄弟姉妹は腹違いの弟を見事にアメリカへ置いたまま自分たちだけで父親への最後のサヨナラ旅行を実行するつもりだ。

長兄家族、姉二人、第二夫人が明日はインドネシアへ出発と決めたその晩に彼らに悲報が入った。父親が亡くなった。さすがにこうなれば長兄も仕方なく弟の飛行機代を払い全員母国へと飛んだ。 

クリスマスが終わっても、一月が終わってもお邪魔虫はアメリカへ戻ってこない。 第三婦人の息子であり、末息子であり、学生であることから、父親の葬儀の後始末、財産の始末を彼の肩に乗せられて彼はインドネシアで孤軍奮闘していると便りが来た。
開封された父親の遺書には細々と財産分与が明記されていたが、資産は残された遺族へ当分に分けられていなかった。 遺書が開封されたその現時点で経済力の低い者から分与額が高く、最高の経済力を持つ者へはほとんど遺産分与がないように作成されていたそうだ、故に何もないお邪魔虫に最高額が遺された。
十五歳で両親から離れ、二十歳の今まで一度もインドネシアへ帰ることもなく、これからもアメリカで一人生きていくお邪魔虫への父親の大きな愛情が見えるような気がする。

三ヵ月後やっとアメリカに戻った彼は、どうしたら税務署の目を潜ってすべてを手元に持ってこられるかと悩みながらも又、短大に戻り、ルームサービスボーイに戻り直美ちゃんのお邪魔虫に戻っている。

あれから三年、お邪魔虫は短大から四年生の州立大学へ編入して学生生活を満喫しているらしい。それと同時に彼の、直美ちゃんへのすがり付くような接触からも卒業しているようだ。彼のさわやかな人生を願う。

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