2007年9月8日土曜日

秋夫とケリー

今年もクリスマスは来たが秋夫君は一人で帰宅した。アンとの恋愛は二年と続かなかった。 イースター、感謝祭、いろいろな家族の集まりがあるたびに彼はアンの両親の家へボーイフレンド気分でいそいそと顔を出していた。その内に彼女の家族及び親族の覚えもよくなり悦に行っていたが、一つの問題が出た。彼女は seven days evangelica と呼ばれるキリスト教。伝道と聖書に重点を置く宗派。彼女は週に三回礼拝に出る。 子供達の聖書の勉強もうけもち中々厳しい。それに加えて寮のルームメイトがモルモン教の両親を持つ息子。 この学生の目下の問題はどうしたら目の前に迫っている二年間の伝道生活から逃れられるかと悩んでいる学生。
大学生が集まれば何かと討論するのは学生の常だが、この二人は宗教の話が大好きらしいく、三人寄ると戦わす宗教論争に秋夫君は少し疲れた。 もともとが論争の嫌いな彼にはアンは少し重荷になったようだ。  それに加えての最後のノックアウトは彼女の両親からの一言。
「君達何時結婚するの?」  
我が人生の始まりと全てがばら色だった彼には青天の霹靂である。 我が息子は無責任にも彼女から逃げ出してしまった。 

アンを伴っての帰郷には愛車の「ぼろクソワーゲン」を走らせていたが、一人での帰宅は長距離バスのグレーハンドを利用するようになった。 昼寝をしながら帰れると本人はいとも幸せそう。
何時の間にか金髪や緑の髪がもとの色に戻ったが今度は長いポニーテールに変わり、母親がセッセと送っていたシャツやズボンは何処へ消えたのか身に付けてくるものは赤十字の売店で買う代物だ。 破けたズボンにシャツ、帽子まで破けていると思ったらなんと手袋まで穴が開いていた。 軍隊のナップザックに洗濯物を詰めてうれしそうに出迎えの母親を探している姿はどうみてもホームレスに似てる。
母親として言えることはただ一つ、「どれも穴が開いて風通しよさそうだけど、寒くない?」 

休暇中は夕方になると友達のケリーが静かに我が家の台所へ入ってくる。 いつも実にタイミングが良い。彼は私の作る親子丼、カツ丼、ステーキサンドイッチが大好きだそうだ。本当に良く食べる。

ケリーの両親も離婚組。 父親に引き取られたケリーは子供の頃別れたきりの母親が現在何処に居るか知らない。
 もう何年も父親と二人暮しだったがその頼みの父親が最近再婚した。次の奥さんは中年の看護婦。小太りのその女性は結婚の際の条件が、一緒に住んでも掃除はしません、食事は作りません、洗濯もしません。二人の夕食は食べに出かけましょう。 老後を二人で一緒に楽しみましょう。
ケリーの父親はその条件を呑んだ。
 
なんと素晴らしい条件だろう、本当に羨ましいことをおっしゃる。私もいつか言って見たい、してみたい。
ケリーは大学へ行きながら父親と二人で暮らしていたが、新しい女性が来てから父親も息子に条件を出した。  自分はもう結婚したのだから、18歳を過ぎている息子はアパートを借りてこの家を出て行くか、 此処に留まるか選ぶように。もしこの家に留まるのであるならアパート代として、ケリーが掃除、洗濯をすること、食事はこの家での自炊を許す。だが食料品は自分で買う。

16歳からしているアルバイトで車も買い、車保険も買い、今はバイト代は大学の授業料に全部消えているのにこの上アパート代はとても出せない。 親父と暮らしていても結局自分が掃除洗濯はしていたのだからと彼はその条件を全てのんだ。息子から住み込みの小生になった。

そう大学生のケリーは父親の家に住まわせてもらう為に父親と継母の家の掃除、ベットのシーツの取り替え、家族三人の洗濯、週末は庭の芝刈りをする。そして彼女が宣言したように、父親と継母は毎晩二人で夕食は外へ出て行く。 本当に毎晩である。 傍目にも良くつづくと思うがそれは他人のこと。この際愚痴るまい。

ケリーにしてみれば、せめて友達の秋夫が自宅に帰っているときぐらい自炊をしないで、あのオバサンの少しましな料理が食べたいわけだ。そんなことが解っている気のいいオバサンとしてはケリーがニコニコと台所に入ってきても嫌な顔は出来ない。
 
息子の友達も娘の友達も子供の頃から入れ替わり立ち代り我が家で食事をしていく。彼等は一応にお世辞を言うのが上手だ。 食事を出すと必ず丁寧にお礼を口に出し、私の料理が美味しかったといいながら食べ終わると食器を洗面台にもって来てサット水で流して出て行く。特に男の子達のマナーはじつに良い。帰り際には私が何処に居ても見つけて、「オバサン食事ご馳走様」と声を掛けてから出て行く。 皆良いお父さんになるだろうなと納得したくなる。

ケリーと秋夫君は夕食が終わると夜の街へ出ていく。そして帰宅はいつも真夜中を過ぎる。二人共財政的には緊迫状態だからクラブへ呑みに行くなどということは出来ないはずだ、友人の家に転がり込んでも夜中までは居られまい。 あの二人は高校生の頃からいつも妙な遊びを試みては面白がっていた。 廃墟にもぐりこんで一晩寝てきたり、 建築中のビルの屋上へ這い上がり一晩明かそうとして蚊の群生に襲われ逃げ帰ったりと次に朝母親に報告出来ないことをいくらでもしている。 しかし彼等はもう大学生少しは悪戯も大人になっていることを望む。 

或る日主人が聞いた。 「お前達一体何処で時間つぶしているんだ?」二人はニヤーと笑う。
彼等は夜になると「救急病院めぐり」をしているのだという。 州立、市立の救急病院の診療所のベンチに座っているのだそう。なんの為。 ただ見て居るだけ。 毎晩サイレン鳴らして運ばれる患者の数って凄いよ。  特に金曜の夜はもう担架のラッシュだね。  腹にナイフが突き刺さったままの患者、 腕を切り落とされた男、その腕を抱えて後から走る家族、ピストルで撃たれた奴、指を切り落としたと喚く女。ぶたれたの、蹴られたのと凄まじいと話す。 この間はどこかのアパートで大きな喧嘩があったらしく、 あれはメキシコ人の出入りだね、もう次から次からと運び込まれて、看護婦さんが僕達を見て、そこの二人なにボヤボヤしてんのー この担架を押しなさーいって凄い剣幕だった。僕もケリーも入って来る担架を押してあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、臨時の奉仕活動ですよ。と涼しい顔をしている。 テレビ番組のERなんて目じゃないと嬉しげだ。
住宅街と都心に近い病院また下層階級地帯の病院の患者の怪我の種類が違うのママ知っている?
あれぞ人生劇場ですヨ。出来たら写真機を持ち込みたいけど、それは無理だろうね。まあ今は見て居るだけです。何時かカメラを持ち込むつもりだけどねと二人はニコニコしている。
日によっては忙しい病院を探して救急病院の梯子をしているそうだ。 
    

2 件のコメント:

じゅんたろう さんのコメント...

いつも、秋夫君って実に可愛いとおもいます、今はそんなこと云われるようなお年ではないかもしれませんが。 ERも吃驚の現場を上手く写真に取ればピューリッツアーものですね。 
またも想像も出来ないほどのケリー君の事情に驚きます。 しかし決してグレ無いで立派に成長していく彼らに感心させられます。 
アメリカ人ってやはり人生の生きるスケールが大きいのですね。
順三

手負い虎 さんのコメント...

やれやれここにたどり着くまで1時間もかかった^^。

面白いと思って書こうとしたことを忘れてしまったけれど、これからもよろしく。手負い虎