2007年9月2日日曜日

テリーとリンダの旅

現世という言葉があることは来世があるからだと皆が信じ、その来世に一抹の希望を持ってこの難行苦行の現世を少しでも人間らしく生き抜きたいとみな頑張る。

その来世を垣間見て来た人が時々居る。 死との境界線をさまよった人がお花畑を見たと良く話す。  人間の最後の瞬間呼吸が止まり脳への酸素が欠乏した瞬間に私達は暗いトンネルの中へ入った幻覚にとらわれるらしい。そして蘇生したその瞬間暗いトンネルを出て明るいお花畑を見るということだろうか。それともあちら側に出たからお花畑が見えるのだろうか。 私にもいつかその瞬間がくるはずだから、その時はしっかりと目を凝らして目撃者になろう。しかしそれは帰ってこられたらで、あちら側に行ったきりになればまた別のお話。

あの頃テリーはまだ三十八歳の電子技師だった。わが社へ毎日通勤して主人の助手をしていた。スラリーとした美人で無口で礼儀正しく申し分のない女性。
 
テリーは高校卒業後に陸軍へ志願兵として入隊。 四年間猛烈な訓練を潜りぬけて電子技師の資格をとって除隊した。セクハラなんて考えたら軍隊では生きられませんよ、反対に男性へこちらからセクハラする気構えでなければダメ。泥沼の中でのホフク前進で自分達の隊が遅れをとると他の兵士に体を引っ張られるとき、其処触るな、アッ嫌らしいなんていってたら兵隊にはなれません。それに戦場のシャワーが男性用女性用なんてありませんからね。トイレも同じ。羞恥心なんてどこかへ吹き飛んでしまいます。でも自分で選んだ道。文句は言わない。そんなことを時々昼の休みに話してくれたことがある。 
休みには黒の皮ジャンを着てハーリー デーヴィソンのバイクに乗る超お転婆娘だったが、結婚と同時に女性に復帰したそうだ。男の子と女の子を産み、大人しく我が社の仕事場へ勤務していた。

秋も深まり、夕方の来るのが少し早くなりだした頃だったろうか、テリーは仕事からの帰宅後十二歳の娘リンダを連れて子供が明日提出する宿題の材料を買いに出た。夕食の支度をと焦る彼女は帰宅路で前方に見える交差点の信号の黄色を確認、赤になる前にと急ぎ突っ走った。同時に左側からトラックの運転手が信号が赤であるのを確認しながら、自分が通過する瞬間には緑に変ると予測して交差点へ突っ込んで来た。スピードを速めた二つの車は交差点のど真ん中でぶつかり、 トラックはテリーの小型車に真横ぶつかり三十メートルほど押し切り、ガードレールにぶつかり止った。テリーの車はトラックとガードレールの板ばさみになり人が皆駆けつけたが素手で救助は不可能な状態。 車の屋根を切り取っての救助活動に二時間の時がかかりそれからの救急病院への運び込みと全てに運が悪かったとしか言えない。 

母子は全身打撲で昏睡状態を続ける。 母親のテリーは数日後には個室に移つされ、片足と片腕は石膏でしっかりと固められているが昏睡はまだ続く。
リンダは集中治療室の中で管による延命処置の状態。 もう全身骨折に内臓圧迫でまず生きる望みはないと診断されたが、母親が目覚めるまでは娘を生かしておいて欲しいと父親の希望で延命装置器具と共に昏睡状態。

二週間が過ぎてもテリーの目覚める気配はない。一縷の望みも捨てない父親は娘と妻の二つの病室を行き来して二人の名前を呼びつづけていたが、患者は時として昏睡状態でも体の痛みは感じるもの、もしこの子がそれを感じていたらその痛みは想像を絶するものですよ、痛みを除くための薬を投与していますがもう二週間が限度です。 こんなに若くしての植物人間はあまりですと医師からの提案を受け入れてリンダの小さな命を楽にしてあげることに同意した。

母親のまだ眠る中での父親と小さな弟と二人での葬式は悲しくてやるせないものだった。 
小さな棺を埋葬した直後父親は病院へ急いだ。先ほど病院から電話がありテリーが目を覚ましたと連絡して来たから。車に飛び乗る彼は病院側がもう二日待ってくれたら妻にも娘がまだ生きている姿を見せられたのにと怒り狂う。 親族から目を覚ましたばかりのテリーに娘の死を知らせるのは待つようにと止められたが走るように病室に駆け込んだ彼は妻を抱きしめて泣きながら小さな娘の葬式の報告をした。 

そんなむごいことをと反対するテリーの妹が病室に駆けつけたとき彼女はテリーの口から出る言葉を聞いて側の椅子にへたり込んだ。

「リンダがもう居ないのは知っています。 でも彼女は安全な場所に居ます。私は少しも悲しくないから心配しないで。 私がリンダの手を引いて連れて行ってあげたから彼女は迷うことなくゲイトの中へ入りました。白い服装の老人がゲイトの前に立っていて、リンダの為にゲイトを開けてくれた。 とても優しそうな老人だった。 中を覗いたら素敵な音楽が聴こえてきたのを覚えている。 リンダの後に自分もゲイトの内へ入ろうとしたらその老人が押しとめて、アナタはまだその時ではない。 ご主人がアナタを必要としているから戻りなさいって言われ扉が私の前で閉まったの、そしたら看護婦さんが目覚めましたか?って聞いていた。 お願い、泣かないでください。私は少しも悲しくありません、リンダが羨ましい」 多少残った言語障害のたどたどしい言葉ながらしっかりと夫と家族に話して聞かせた。

親族、友人の間でこの話を信じるかどうかで二つに分かれた。彼女の夫は真っ向からこの話を否定して彼女が頭を打たれた結果の幻覚だと主張する。
夫は頭の打撲による精神の狂いと判断し外科病棟から出して陸軍病院へ彼女を移しリハビリセンターでの治療と精神科の治療を依頼した。ついでに彼はまだ後遺症に悩む妻に「二度とリンダと扉の話は口にしないように」と口止めをした。

アナタはどう思いますか?
わたしはテリーが現世と来世の間をほんの少し旅をして来たと信じたい。
素晴らしいでは有りませんか。来世は在るのですヨ。

3 件のコメント:

じゅんたろう さんのコメント...

私は信じます。 十年ほども以前でしたでしょうか、月刊文芸春秋に立花隆氏が二年ほどにわたって臨死体験と題して書いて居られます。 今でも単行本として書店に並び続編も出ています。 ベスト・セラーです。 家の安雄君も体験しています。 来世はどんなところか全く想像がつきませんが、この本を読んでから私は「死」が恐ろしくなくなりました。 
じゅんたろう

革袋の一滴 さんのコメント...

私も死は怖いです。 彼女は現在は彼女の主人と一緒に会社を興して仕事をしています。 リハビリが終わった頃には顔面のゆがみも無くなり又前のようなきれいな顔の女性に戻りました。カウンセリングを終わってからの彼女は180度性格が変わりました。 それについては又いつか書きます。ただ「私は死ぬのは怖くない」これは確かだそうです。 

匿名 さんのコメント...

久しぶりで、読みました。2ヶ月ほどここにこなかったので、まだ全部は読みきれませんが、面白いですねえ。

私は直ぐにくそまじめになってしまって、こんなさわやかに、内容の深刻なこと書けない。