2007年8月28日火曜日

秋夫君大学一年生

わが長男の大学入学。ダラスの北60マイルほどの小さな大学町。一言で言うと田舎である。我が家から500 マイル前後だろう。 本人が見つけた大学は美術科の写真部には多少名の知れた教授が席を置いていると説明を受けた。なるほど。願書を出す前に家族全員でオープン ハウスへ出かけた。新入生の為の大学説明会である。上級生達がニコニコと愛嬌を振り舞いて接客に忙しい。 すっかり気に入った秋夫君は、もうこの学校へ入らなければこの世が無いありさまだ。


当学校の特色は最初の学年二年間で専攻課目を取らせてくれること。 そして教養課程は後の二年間へ後回し。 お勉強の嫌いな秋夫君はこれに飛びついた。数学だ英語だなんてそっちのけで写真だ、色彩だ現像だとすっかりのめり込んだ。そして「ママ金足りない」コールも始まった。カメラ一つぶら下げての写真家希望は認識不足であった。 瞬く間に三台のカメラを買わされた。そしてまあ材料費の高いこと。 

12月クリスマスが来る。 誰でも家族から離れて暮らしている人たちの一年で一番楽しい時季が来る。秋夫君もガールフレンドを連れて帰宅すると宣言した。
彼女の名はアン。一年上級の「年上の女」。

六時間の運転から開放されて二人が荷物を運び込むその中に子猫が二匹籠の中でミー ミーと鳴いている。双子なのだそうだ。
アンが女子寮で飼っているがクリスマスで寮の生徒が居なくなるからと連れてきた。しかし我が家には性格のとても悪い小さい婆さん犬がいる。どうやら我が息子は彼女に先住者の犬の話は出来なかったらしい。彼女も婆さん犬を見て驚いていた。 私は知らないよ。

アンは秋夫君の部屋、我が家の一番奥まった部屋へ、秋夫君は玄関脇の部屋と一応部屋割りはスムーズに行った。これが母親のせめてもの注文。 私の道徳観念を尊重してもらわなければ我が家には入れないと一応彼等が来る前に伝えておいた。 目に見えるところだけ規律を守ってもしょうがないかもしれないが、何事も目の前から一歩が始まる。
猫はどうするのかと見ていたら、二匹の子猫、猫のトイレ、餌皿、水のボールと子猫が持参した荷物はアンがイソイソと秋夫君の部屋へ設置している。我が息子は年末と正月を猫と同室のようだ。 アンが好きならアンの猫までもと男の意地を貫くらしい。

朝アンが息子の部屋を開けると二匹の産毛もまだ生え揃っていない頭でっかちの子猫が秋夫の頭の上、脇の下からミャーと顔を出す。モソモソと起きだし、身に付けようとする息子のシャツの中へ飛び込む。なんとも可愛げな子猫達。


我が家の息子と娘の寝姿は今だうつぶせである。乳児の時主人がアメリカでは皆赤ん坊をうつぶせにしてクリブに寝かせはずだけど?と云い、あーそうかいなとそうした。 大人になったら半回転して上を向いてくれるのかと思ったが、まだそのままである。 夜秋夫君がうつぶせで寝るとその背中の上に二匹の子猫が上に乗って寝ている姿は正に猫が息子を支配している図としか見えない。

猫には驚いた、ガールフレンドにも驚いた。しかし耳と眉に付いているピアスと、茶色の髪を金髪に染めている息子を見たときは少しビビッタ。
日ごろから流行の刺青だけは警戒していた。折に触れ子供達に私がどんなに刺青に反対か熱弁を繰る返した。青春は一度しかない、でも誰もが必ずいつか老ける。引力の法則で全ての人間の体が年齢を増すと共に地球の中央へ引き込まれる。例外はナイ。その時垂れはじめた肉体は皺々(しわしわ)になって皮膚と共に刺青も地球の中心部へと垂れ下がるのだと力説して来た。
もし刺青を彫りたい欲望が湧いたら、自分の80歳の姿を想像してくれと子供達へ頼んできた。

だいぶ以前になるが、ミシン専門店へ針を買いに行った。およそ洋裁用具の店にはそぐわない老年の男性がカウンターの後ろで売り子をしていた。 ごま塩の角刈りの頭、出っ張った腹、サスペンダー付きのダブダブブルージーン。長袖のシャツの袖をたくし上げていたその腕に自慢?の刺青が手首から肘へとある。ピンク色をした裸体のベテイさんが腰をくねらせている画。かつて海軍の水兵さんだったのだろう。終戦直後に日本に駐屯していたと私に話しかける。この手の人間には良く合う。私の顔を見ると日本で駐屯していた頃の楽しかった話を始める、かつて日本に居たときに彼女が居たと言うのも同じだ。「彼女の名前はサチコさん、知っているか?」と聞く。彼等の為にも40年前のサチコさんが元気であって欲しい。
毛むくじゃらの腕に彫られた40年前のベテイさんのピンクの肌は色あせ何となく彼女の腹と乳が垂れて見える。
何度もこの話を二人の子供にして来たので刺青の話が出ると息子は「垂れ乳のベテイさんだろ」と返事をする。一度宗教面から話してみたことがある。 カトリックでは神様から与えられた肉体に故意に傷をつけたり、姿形を変えることは好まれないと話したら、「ママの耳のピアスはどうなるの」と来た、シマッタ。

クリスマスの帰宅中秋夫君の顔を見るたびに眉毛に張り付いている銀色の玉コロがチロチロしているのは非常に目障りである。母親の目が絶えずそこへ行くのきずいた主人がいち早く私の耳元で囁いた。
「何も言わない、何も見えない OK?」
金髪と銀の玉ころチロチロの秋夫君とアンは毎日楽しそうに遊びに行く。高校時代の友人が皆年末で帰ってきているのだろう。
しかし秋夫の眉のピアスの個所が赤く腫れ上がり炎症をおこしている。主人はそれでも母親は何も言うなと釘をさす。 親に言われて意地になり外すつもりの気持ちを止めてはいけないと言う。痛いのは本人なのだからこちらが口を出すことではないそうだ。


正月休みも終わり二人は大学へ帰っていった。 数日後息子から父親に電話があった。何となく新学期の話をしながら、眉のピアスは外したと報告して来た。 アンが取るように忠告をしたのだそう。 持つべきものはガールフレンドらしい。それからネー金髪の髪も一般的で面白くないから今度はグリーンに染めたから。



   もう本当に大学で何やってんだろうね。

1 件のコメント:

じゅんたろう さんのコメント...

教養課程が最終の二年間で専門課程が初めの二年間ってのは大賛成です。 やはりきちっと目的を持って選んだかいあるというものですよ。 我が家の長男も玉美大で立体造型ってものを初めから専攻と決めました。 この手の大学は日本でも初年から直ぐ専門課程に入ります。 しかし多くの大学はそうではありませんので学生は高校でのやり直しの授業にうんざりし遊びを覚えて登校しなくなるということです。
秋夫君のかわいらしいこと目に見えるようです。
じゅんたろう