2010年11月18日木曜日

母子の旅行 2  御朱印

神社仏閣を訪ねると 「御朱印」というのをお願いできると知ったのはだいぶ以前になる。 
テレビの「鎌倉を訪ねて」とかいう題だったと思うけど、女性の巡礼者が 一箇所ずつ訪ねたお寺から ご朱印を集めているのを報道していた。

それ以来その事は忘れていたのだけれど、今回娘と一泊二日の京都旅行を始めたとき、 最初に訪ねた 「三十三間堂」でお土産にと 娘がお守り札を見て回っていたときに 偶然に、 その場がご朱印を頂ける窓口でもあった。

アッ あの時の番組のがこれだ! もうそうなったら 宗教が何など関係ない、早速その場で ご朱印帳を二冊買い、 母子でお願いした。
ほー素晴らしい、墨の色も鮮やかな見事な達筆、真っ赤な朱印を使っての印。 これぞ芸術と妙なことを考えて、そのときから 私達母子は ご朱印集めの権化となりました。
頭の中にひらめいているのは、これを集めていずれ額に入れたら素敵な物になるのではと非常に浅ましい発想しかなかった。

正確には 一日と半、 地図を片手にタクシーを乗り継いでの巡りとなり、訪ねられるお寺などは 数が少ないことは承知だが、 なになに、人生はまだまだ 長い、いつかこのご朱印帳が埋められるときがくるかもしれない。 何事も始めなければ 終わりは来ない。

ときにはタクシーの運転手さんに 次の目的地では ご朱印を頂けるか聞き、「サー此処は多分ダメでしょう」などと言われると素通りするという不真面目な観光客であった。   

丁度中学生の修学旅行とぶつかり、 何処へ出かけても学生の群れ。いまどきの中学生さんの旅行は皆さんタクシーで 運転手さんがガイドに早代わりしての修学旅行、私の中学生の頃なんて もう記憶にもない当方はただ驚くばかり。

「石庭の砂利の数より中学生」
などと 字あまりな句が 私の頭に掠めるほどに多い中学生。本当に石庭を訪ねたときは、 小さな庭園と少しのスペースの廊下が真っ黒な制服であふれている。 背伸びをして、大きな石の頭がかすかに見える状態。 この庭で座禅を組んで 石の動くのを見つめるのだと娘に事前に説明したが、まったくダメ。 少し待てば 廊下に座れるかしら と待ってみたが、 一群が去ると、次の中学生の一群がどっと来て、そうすると何故か一般観光客はスーッと退いて中学生に席を譲る状態。 あーこれはダメだと、それならば、ご朱印を頂いて帰りましょうとなる。

或るお寺へすべり込んだのは 少しあたりが夕方の暗さが出てきた頃、お寺の門が閉ざされる 30分前。中を一周する時間がないのに、料金二人で1000円、 そして ご朱印料 二人で 600円は少しキツイかな?と ケチ心が起きた私は 娘だけを中へ入れた。 しかし、ご朱印だけは 二人分しっかりと頂いてきた。

ご朱印とは「参拝したとき書写した経文を収め、祈願した証として寺から頂いた宝印」。とある。 なんと私たち母子の不真面目なことか。 でも このお寺は6年前に母と参拝しているのだから拝料を納めなくてもと失礼させてもらった。

閉門7分前にやはりタクシーで駆け込んできた5人の観光客へ 黙って 各自500円を取り、門の中へ送り込んでいるのを見学させて頂いた私は 、 娘だけ送り込む私も相当だが、たったの7分間、無料で入れてあげればいいのにお寺さんも世知辛いナーと考えさせられる。世の中とはそんなものなのだろう。

2 件のコメント:

じゅんたろう さんのコメント...

御朱印の凡字はなかなかのものでしょう。元来、四国八十八箇所、坂東三十三箇所や関西の観音霊場が発祥と聞きます。
面白い話があります。四国霊場、ほとんどは弘法大師が開いたものですが、真言宗のお寺だけではなく禅宗のお寺もあります。愛媛県に四十五番札所『岩屋寺』というお寺があります。本尊は不動明王で大きな天然の洞穴に当時の大師作といわれるお不動さんがあります。真言宗のお寺には必ず『大師堂』があり御太師さんのお像があります。普通本堂正面に祭られていますが、ここだけはお堂の真裏に鎮座まします。つまり表からはお大師さまのお尻を拝んでいることになります。これは空海、弘法大師独特のユーモアなのです。形にとらわれては駄目ですぞということです。

革袋の一滴 さんのコメント...

じゅんたろうさん 民俗学者の姿がチラリとみえましたゾ。
 私の姉がご朱印にすっかり魅了されて、 一緒に四国巡礼をしないか? と持ちかけています。

私は健脚ではありません。  東京の駅の階段でもヒーヒーしていた情けない姿を皆に見せました。 とてもではないけど 巡礼は無理ですね。
行き倒れのお遍路さんになります。 でもそれも良い成仏の方法かもしれません。 考えて見ます。