2007年7月10日火曜日

お向かいのテイラーさん

お向かいに住むテイラーさんと我が家の主人は同じ場所に猟場のリースを持っている。これは双方の連れ合いが考えたことで、猟場へ間違っても同行者が居ないからと一人で出かけないようにとの愛情深い配慮からの結果。年齢に関係なく一人で人気のない森の中や林でキャンプをして心臓麻痺だ怪我だと騒いでもどうしようもない。いつも二人仲良く出かけて行ってもらわなければと、猟場の下見には私たち女性軍も同行しての調査の結果現在の場所になっている。
片道四時間、300マイルほどの距離。日帰りは少し無理な場所だが、あまり街から近いとメンバーの数も増え、これはいろいろな面で危険になる。

夏場は猟をしないが、その代わりする事はいろいろある。自分が立てたブラインドの近くに鹿がたむろするように仕掛けなければ「イザ鎌倉」と云っても何にもならない。まず射程距離内に大きな塩の塊を埋め込む。動物が習慣的に塩を舐めにくるように仕向ける為だ。そしてトウモロコシも近辺にばら撒く。人によっては高いポールを立て、巨大なバケツを上に取り付け、その中に乾燥トウモロコシを入れる。 鹿が塩を舐め、側にある棒に頭を寄せ角をこすり始めると上のバケツがゆらゆらと揺れて、開けておいた穴から餌がパラパラと落ちてくるのだそうだ。中にはロープを下げて、そのロープを鹿が引っ張ると餌が落ちる仕掛けを考えている御仁も居る。鹿がそこに立つと足元のレバーがクリックして上に仕掛けてあるバケツの底が開きトウモロコシがばら撒かれるのなど、いろいろ考えているようだ。
鹿の家族がいつも同じ場所に塩を舐めに来て、側に立っているポールで角を磨き、ついでに落ちてくる餌を食べ、それから数歩歩いて紐を引っ張り又餌を食べてから自分の場所へご帰還になるのだ。そんな仕組みを知って餌を我が物にする頭脳明晰な鹿が冬になるとどうして人間様に撃たれるのかと理解に苦しむが。 多分鹿の人口?が増え過ぎて、口減らしが必要になり、「楢山節考」の如く哀れにも年寄りの鹿がライフルの前に身を投げ出すのだろうか?

一年間のリース代。 幾度も出かける大型トラックのガソリン代、夏は暑いし、シャワーを浴びる必要があるからと泊まる近場のモーテル代、大袋で幾つも買うトウモロコシ代、毎年更新される猟のライセンス代、冬場になってのお出かけ代、獲れたときの肉を解体してからの肉屋の加工賃、もう一頭の鹿肉の値段は牛の霜降りステーキ肉に値する。それが男のロマンなのだそうだ。

ブラインドの補正や修正。ペンキの塗り替え、時には新しく作り変えたりも夏場の仕事。
お向かいのテイラーさんもその年は新しいブラインドを作り猟場へ持っていくと決めた。週日の夜と週末を利用して毎日ガレージで大工仕事に忙しい。
まずブラインドの仕上げ。見張りの穴、出入りのドアと工夫に余年がない。小さな箱に自分の体を押し込めて、座ってみたり、寝転んでみたり、ライフルを構える格好をしたりと本当に忙しい。それが終わって次は櫓造り。 二メートルの高さにすると決めた。毎晩夜になるとお向かいから楽しげな大工仕事の音が聞えてくる。ご近所の旦那軍も暇さえあれば集まって、あーでもない、こうーでもないと男性軍も中々かしましい。

或る日の土曜の朝、まだ朝食の最中にテイラーさんがドアをノックした。
「チョット来てくれないか? 櫓が昨晩でき上がったよ」
喜んでいいはずのテイラーさんがあまり嬉しげでない。
どうせなら思い切り高くしようとガレージの天井に付くまでの大型を造った。そう、櫓がガレージから出なくなったのだ。あまりの高さで横へ傾ける方法がない。傾けられなければ出せない。櫓はどちらにも倒れず四つの足を広げて中でフンバッテ居るそうだ。
「じゃ解体しなけりゃナ」
「しかし、あれを組み立てるのに一ヶ月掛かったんだ。 嫌だよ」
家の中で船を組み立てた男の話を彼等は知っているのかナー
     
     

2 件のコメント:

じゅんたろう さんのコメント...

何か昔そのような狩りに出かけ狼に襲われシェルターから出られなくなったと云う映画を見たことが有ります。
本当にもう映画の世界ですよ。 
鹿肉って燻製に出来ないのでしょうか?

革袋の一滴 さんのコメント...

じゅんたろうさんコメントありがとうございます。
そうですね、日本人が外国人の目としてみるアメリカには今だ知られていないアメリカ人特有の生活がまだまだいろいろとあります。やはり日本にも中へ浸透してみないと、ただ訪ねただけではまったく解らない生活様式がありますもの。
鹿肉は燻製にできます。 ビーフ ジャーキーもどきの鹿肉ジャーキー(干し肉)も造ってみました。これはビールのおつまみになかなか宜しいうようです。
獲った鹿肉をホームレスのシェルターへ持っていく人も多いようです。 大変な量のお肉が毎日必要な場所ですから。
ソーセージの燻製にしますとまったく豚肉か鹿肉かわからなくなります。勿論中身は半々で混ぜてありますけど。