2007年7月5日木曜日

わたし27歳

この時期に父親が東京で小さな運送会社を運営していた。 印刷会社の傍系で印刷物全般の運搬を受け持つ。 トラックの運転手は殆ど地方からの若者が多く、運転免許証を持たずに入社。最初は助手席で(これをアメリカ語で言うとショットガン シートというのをご存知かな? その昔ステージ コーチの時代に、馬車を走らせる人とその横に座ってショットガンを構えてインデアンの来襲に備えていた人。 そこで車の助手席をショットガン シートと表現することがある)荷物運びの補助をしながら会社が教習所へ通わせて一人前の運転手になる。

私営の教習所が一括して何人かの未来のトラック ドライバーを格安で引き受けるのだが、ある月父が、一人分の人数が足りないが、費用自己負担であるならグループの中へ組み込んでもよいと誠に良い話をする。
毎週土曜日の早朝東京のお隣の県へ直行。駅前にはミニバスが待っている。
若き未来のドライバー達は平均25回の練習で仮免を済ましハイ サヨーナラと鮫洲行きの電車に乗り変える。「これに将来のメシが掛かっているから」みんな真面目な男達。
一括前払いのお客さまにはそれがノルマだそう。それ以上居残られると業者の儲けが薄くなるわけだ。

回数を重ねること29回。 仮免テスト一回落ち。こっちも必死である。 もう一緒に居たお友達が誰も居ない。みんな「オイ、頑張れよ」とワタシの肩を叩いて置き去りにして行った。一人残されたのだって辛いのに無情にも営業のお兄さんがワタシを事務所へ呼びつけた。
「アノネー、アンタいつ此処を出て行ってくれるの? こんなに長くいられると商売にならないんだよね、仮免落ちたんだって、困るんだよ」もう少し違う言い方があるだろうに、傷ついた。
―すみませんーと言えば少しは可愛げなのだろう。
窮鼠猫をかむという言葉があるのをコイツは知らないらしい。
「仮免は私が落ちるんではありません、この教習所が私を落とすんです。出て行ってもらいたかったら出して下さい」口からポロッと出てしまった。
「そういう言い方ないだろう、アンタが落ちるんだよ」
「私は真面目に練習しているんです。試験官はここの人でしょう?」
男の顔が真っ赤になった。
「それって試験に手加減しろってことかよ」
「私そんなこと言いましたかしら?」
「アンタって可愛い顔しているけど、口から出てくる言葉キツイネー」
―ザマーミロー 
もちろんこれは声には出さなかった。
先週の教官が私の運転を見て呟いた
「君が運転しているんじゃないんだよ、 車が君を乗せて進んでいるんだよ。此処の車はネーもう行く順序知ってんだよね」犬じゃあるまいし。でも可能性はあるかも。今でこそコンプユーターのメモリ-チップというのが在るんだから。
次の土曜日に仮免は取れた。
次は打倒「鮫洲」。 免許証が手に入っても運転する車がない。 母は運転免許は取ってもいいと許可してくれたが、車を買うなとおかしな理屈を押して来る。 「娘が自動車を運転している間自分が心配だから」と理屈に合わないことを言う。27歳にもなり仕事をして自分のサラリーをもらっている子供の生活設計や買い物へ口をさしはさむのは日本の母の典型である。
結婚して数年経つ姉の家で子供達が増えたからとマイーカー購入の話が出た。 姉も免許をと言い出したら、「止めて頂戴、そんなことをしたらお母さん心配で眠れないから、絶対に車なんて買っちゃダメよ」と阻止をした。 眠れないのなら目を覚ましていたらいい。しかし、姉夫婦は断念した。理解に苦しむ日本の母親像。今もつづく、「あのね、ママの為にアノ学校へ入学して頂戴」これである。


ペーパードライバーを心配する父から会社の乗用車を一日貸してくれる話が出た。 待ってました、運送会社だ一台ぐらい週末に使わせてくれてもバチはあたるまい。私はトラックでも少しも構わない。タイヤが四つ付いていれば何でもいい。日本の国が私個人を信用して一般自動車運転の資格の許可を与えてくれたのですぞ。

春うららかな日曜日、会社の運転手主任が自宅まで車で来てくれた。 私が乗り込むと主任も助手席に乗りこんでくる。オカシイ。なんでだろう?
「アノー」
「お嬢さん、道不案内でしょう? 僕休みですからご一緒しますよ」予定どうりに郊外を目指すが、横に座る主任が注意をして来るがそれが中々真っ当を得ている。
「サー お嬢さん、肩の力を抜いて、左側確認、右側確認、  ア~ 追い越されても自分のペースにしてください。誘いに乗ってはいけませんよ。  やはりスピードの波にのってくださいね。 渋滞を誘発しますから」
「なんですか教習所を思い出すんですけどね」
「そうですか? まだその雰囲気残ってましたか ワハハハ」
彼は運送会社へ勤める前は教習所の教官だったそうだ。  ナルホドあのニックキ営業マンはいらぬ告げ口をしたらしい。わたしの持つ自動車免許証を誰も信用していない。ワカルナー。         

1 件のコメント:

じゅんたろう さんのコメント...

先の「秋夫君16歳」ともにお読みしてまさに「この母にして・・・」ですね。 アメリカでは16歳で免許が取れるのですね。 日本ではとんでもないことになります。 毎日の事故のニュースはたいてい運転者の不注意や1人よがりです。 自分以外の他人もいるという考えが全くなくなりました。