2008年5月18日日曜日

Child Development Class









私のクローゼットの床に大きな箱が一つある。 壊れた鍵がついている収納箱とでも呼ぼうか。 もう何年もその箱を開けなかったが、この日曜日に十何年ぶりに開けてみた。

二人の子供が生まれてから、彼らの成長過程に残した足跡を私は拾ってはその箱の中へしまってきた。 写真のアルバム集とは違い、これは品物のアルバムとでも云おうか、本当に他人から見ればつまらないものだが、子どもたちが初めて歩きだしたときの靴、初めての産着、最初の誕生カード、各々の子どもが産まれたた日の新聞。今では新聞などは図書館へ行けば何時の時代の新聞でも縮小版を手にすることが出来るが、これは違う、その日の匂いのする新聞だ。子供が産まれた日に父親が新聞スタンドへ走り買い求めた新聞。それをそっくりビニール袋に入れてしまって置いた。 いつか私たちがその箱を開けて、想い出に浸る時がくるかはわからないが、まあそれほど深い気持ちで集めてきたわけではない。

幼稚園、小学校へ進むうちに子供たちが学校で作る工作の作品。 石膏の手形、始めて作った母の日のカード。私はそんな品や手紙を、そっとその箱の中へしまってきた。

極めつけは子どもたちがクリスマス近くになると書くサンタクロースへの手紙。 今では自分の子供でも居る年齢の息子が、過去一年間にした腕白をどうしたらつじつまを合わせて、サンタに少しでも余分にプレゼントをもってきてもらおうと、小さな頭をひねって書く手紙はノーベル賞でももらえるほど知恵のたけた面白い手紙なである。 

その箱の中に一つ、息子の高校時代の学校の作品が混ざっている。             どこの国でもそうだが、高校になると家庭科というのか社会科というのか名称がはっきりしないが、このアメリカ南部の高校にもSocial Study のクラスがある。 まあ選択科目ではあるが、不思議と男子の生徒がそれを選ぶようだ。 さしたる勉強をせずクラスの時間に裁縫、料理など結構女性っぽいことをしなければならないが、頭をあまり酷使しないで単位がもらえるから人気があるのだろう。

我が息子秋夫もご多分にもれず家庭科を選んだ。一つでも余分に楽に単位を取ろうという姑息な気持ちからである。 その科目のなかに Child Development のクラスがある。 子供を育てる親の実習とでも云うのだろう。  子供の成長期の勉強として、実際にクラスの生徒の男女をペア(仮の夫婦)に組立て赤ん坊を二週間育てる。 

乳児は壊れやすいということから、卵の殻をつかう。  生卵に針で小さな穴を開け、中を空にする。

次に生徒の想像力を利用して、その卵の殻を一人前の赤ん坊に仕上げる。 顔を描き、衣類を着せ、おむつを付けて、ゆりかごに入れ第一段階が終わる。その段階で担当教師は乳児の体にイニシャルを書く。これはのちに生徒が育てるのに失敗して、卵が壊れたりし、失くしたりして複製を作って教師に提出しないように、乳児の体に刻印を押して置く。

そして二週間の間その仮の夫婦はどちらかが必ずその乳児を手元から離してはいけないのが規則になる。赤ん坊は二十四時間のケアが必要なのだ。 また両親は赤ん坊の日誌を書く。卵のカラの子供が成長するわけはないから毎日、毎時間誰と何所に居たかを書く。 父親がフットボールの練習のときは母親が見なければならない。 彼らは絶えず交代で赤ん坊を自分たちのクラスへ連れていき机の上に置く。間違ってもカバンの中などへ押し込んでは成らない。もちろんジャケットのポケットなどはもってのほか。息苦しくて子供は育ちません。数学のクラスへ行くからとか、次は科学のクラスだからとロッカーへ入れることも許されない。赤ん坊をロッカーへは無理である。 他のクラスの授業のときはその卵を机の上に置いて授業を受けるのだそうだ。そこで生まれる親が子供を守る強さも養わされる。何せ、高校生の男子が卵の赤ん坊をもって歩けば、その授業を取っていない生徒の興味の的である。その「オイ、ちょっと見せろ」となるのは必至であろう。 

それでも昼間は良い。問題は週末の夜になる。 片方の親がボーイフレンド、ガールフレンドとのデイトがある時は、家に居る片方のもとへ届けるか、ベビーシッターを頼む。 どうせ自分たちもついこの間まではこのベビーシッター達のお世話になって育ってきているのだ、要領は良くわかっている。

誰もかれもがChild Developmentのクラスを取っているわけではない、うっかり友達にベビーシッターを頼み、彼らが面白がってゆりかごから持ち出し遊び始めると柔らかい卵のカラは壊れる。 そしてその親たちは赤ん坊に傷をつけたというわけで減点になる。時には単位が貰えない。

この学校ではもう何年もこのエッグベイビーを繰り返しているため過去の情報が生徒の口を通して伝えられているゆえ、息子の秋夫がこのクラスを受けた頃は、もうペアーを好まない生徒が多くなっていた。 高校生ともなると女子は媚を使い男子生徒に赤ん坊をなすりつけて下校するのが増え、 彼女たちの勝手な理由でおしつけられるなら、最初から自分一人のほうが良いと悟るらしい。

息子もその一人、自分はシングル パパで行くと決めた。その年のChild Developmentのクラスはシングル パパが大半だったとかで、かつて女子はレスビアン夫婦の誕生となった。

それからの二週間、我が家では息子のサッカーの練習、ボーイスカウトの集会などのときは、小さな入れ物の中の卵のカラを私たち夫婦が子守をする図となった。 

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

コメントが遅くなりました。 というのも考えていました。 思い起こせば我が家の子供達の時は如何だったか?次男は選択科目だったので取らなかったが、長男の私学では必須だったように思う。 彼が縁側で縫い物をしている写真が残っている。 雑巾らしい。 
しかし「子育て」のカリキュラムは無かったようだ。 恐らく日本のどのような学校でも取り上げられない科目だ。 性教育でさえ絵本の段階でしかない。 まして模擬であろうとも「子育て」プロ後ラムは出来ないだろう。 長い間、性というものが家庭ではタブーだった日本。 戦後解放されたといえきちんと受け止められるだけの土壌を作りえなかった。 昨年来、世間を騒がせた「赤ちゃんポスト」は熊本のカトリック系病院で約一年を迎え「こうのとりのゆりかご」となずけられ活動をしている。 捨てられた赤ちゃん(20人近い)以外に68件の相談があり、それぞれ養子縁組や施設に預けられた。 闇から闇え葬られた赤ちゃんはどれほどだろう。 
Child Development のような授業が出来る日本、そして「命」というものを深く考えられる次の世代の日本を望むばかりである。