2009年10月3日土曜日

タイチー24

もう何年も前になるが ヨガ教室に通っていた事がある。 呼吸の仕方を習い、 体内から毒素を吐き出す作業を練習する。 瞑想もどきな事をしてから 手や足を少しずつ不自然な方向へ動かす。 不自然という言葉は不損かもしれないが、 普通の生活ではしない体型を作りだすということから言えば 不自然である。  その頃の私はまだ 多少若く、体も少し柔軟で 体そのものが持ち主の命令に従ってくれた。 よじれと言えば よじってくれたし、 曲げろといえば素直に手も足も曲がってくれた。 ゆえに 楽しんだ。 床に大の字に寝ての瞑想の瞬間に 自分のイビキでフット目を覚ますという 恥ずかしいこともあったが。 まだあの頃は 私自身が床に足を投げ出して座り、自分のオデコが膝につけられた遠い記憶の時代である。このヨカの教室で習得したことは呼吸方法である。 これだけは今でも 瞑想もどきをするときにヨガの呼吸方法を使っている。  

それから 数年、 私は スポーツ ジムに入会した。あのエロビックスというのを 試してみたかったから。なんとも格好良く見えた。 
激しい音楽に合わせて 一 二 三と掛け声をかけて 励めば 自分自身もあのインストラクター達のように長身細身の美人になれるかと愚かなことに挑戦した。
しかし、 一回30分のあのセッションに付いていけないほどに私の体は老化していたようだ。
汗だけは 一人前に 皆と一緒に出すが 足が出ない。 まず あの順番道理に手足を動かす振り付けを覚えるのに苦労した。 一斉に右を向いたときに 私は左を向いて お隣の人に ハイこんにちは となる。これがどのくらい恥ずかしいことかお分かりかな?

このとき私はアメリカ人との体力の違いを学んだ。 鉢巻をした 銀髪の やせこけた バーさんが 軽々とエロビックのセッションを 二回続けてするのだから。

エロビックが駄目なら こちらだと、バーベルを持ち上げても ビクともしない、 懸垂もどきをしても自分の体が持ち上がらない、結局一番私の好みに合っていたのが トレードミルという ベルトの上をねずみのように 歩きつづける事だけだった。 歩くことなら出来る。そこで 自分用のトレードミルを我が家に購入してジムからサヨナラをした。 ついでにわが亭主のために ローリングマシーンというのを誕生日のプレゼントとして買った。 ボートをこぐしぐさをするあのマシーンである。 腕と腹筋と膝が同時に鍛えられるというセールスマンの言葉を信用して。 しかし、 それは本人があの機械の上に乗って作動させなければ鍛えられない。 あれから15年。わが亭主があれを使用したのは多分3回であろう。 

性懲りもせずまた何かをしたい虫がむくむくと動き出した 今度は タイチー(太極拳)を始めた、とは言っても 初めてせいぜい4週間目。 中国の中高齢の男女が公園の隅で スイー、スイーと体を動かしているのをテレビなどで観るたびに 私だって出来るワ。 あれなら 激しい動きもないし、 この錆付いた老体でも(多分)出来るはずと確信してクラスに申し込みをした。 今回は 近所の住む友人も誘って。

イヤハヤ これが 難解なのである。 少しもスーイ スイと行かない。 またまた 踊りの振り付けもどきに体が付いていかない。 いや 違う頭が付いていかない。 両手両足がいつも別々に動かすのだが、 両面鏡張りの大部屋で 12名の男女がインストラクターの所作に合わせて 右手右足を何とか動かしているのだが、 己の姿を鏡の中で見つけて、 あわてて 右と左を取り違えたりとブザマな姿をクラス中が恥ずかしげもなく晒している。  カンフー映画の俳優みたいな、ヨレヨレ姿のインストラクターが体を動かすと本当にサマになるのだが、 誰もその姿には程遠いギクシャク タイチーもどきを楽しいんでいる。しかし 私はこの タイチーの練習がすきになっている。もちろん 動きはまだ覚えていない。インストラクターの姿をガットと目で追いながらのおぼつかない足取りだが、 これも少しも苦にならない、なにせクラス中の12名がそうなのだから、しかし タイチーは体に無理がない。一回終わるとやれやれといった気分になるが、体はすっきり気分、 楽しい。当分は通ってみるつもり。 少なくとも一人で出来るようになりたいが、まず正直なところ その日が来るか自身はないが、 いつか私だってあの中国のおばちゃん達のように スーイスイと 流れるようなタイチーが出来るかもしれないと淡い希望を持っても良いだろう。 



  

2009年9月14日月曜日

わたしの健康診断

コレステロール        244H (平常125-200が良し)
中性脂肪   262H (150ぐらいでないとイケナイそうだ)160cm 56kg って 肥満体?
ブドウ糖   105H (65-99 のはずだって)これって 糖尿病の予備軍かしら?
腰周りが   骨粗しょう症  (腰痛は私の慢性病だったけれど)

真ともだったのは 血圧だけ。 それでも 乳がんの疑いはまだナシ。 これが二日にかけて受けた 健康診断の結果。 よくいろいろと探してくれました。 まだこれに 帯状疱疹の予防注射をしろと迫る。 一本の注射が200ドル。ご冗談でしょう。
大腸がんの検査をしろ!  まだ他人に大腸の中を診せるには羞恥心がありすぎますと断った。 しかし医者は脅かすのが上手だ。 断ったら すぐにでも大腸がんにナルゾ~ってな顔をしていた。だから医者へいくのが嫌いなのだ。
連れ合いのたっての要望にお応えしましょうと親切心から始めたことがこの始末。 さーどうしてくれると聞きたい。知らなければ知らないながらも生きていけるのに。もともとはそうするつもりだったのに~ 余計な世話である。 自分が禁酒をして清廉潔白?そうではなかった、健康な生活を歩むつもりは良いが なにも人まで巻き込まなくてもよいのだ。
 
手にもった処方箋を薬局へ出したらなんと一ヶ月分の薬の額だけで単行本が何冊も買える、もう本当に情けない。これもすべて運動不足から来ているのだと  
ホゾを噛む気持ち。私だって予算を立てて生きているのに、突如もう本も買えないほどに薬漬けになるのだろうか。検査をして コレステロールが正常値の人なんていったい居るのかね~と友人にメールで嘆いたら返信が来た。

「わたしは、昔コレステロールがとても低くて自慢してたんだけど、妹に”それは栄養失調だよ”と言われて、太っているけど栄養のバランスが悪いんだと反省したの。今は加齢と共に、正常値になっています。
検査をすれば、ぼろぼろと悪いところばかり発見されるわよ。お覚悟の上、検査を続けてください。神から預かっている身体です、大事にしないといけません。」

この人はいつも人を突っぱねた物言いをする。 性格良くないね。
しかし本音を言えば私自身はあまり気にしていない。この年齢になって体の変化があるのが自然である。 誰もが足腰が弱くなり、 立ち上がるたびに 「ドッコイショ」と掛け声をかけ、若い人の健啖ぶりをみれば、私だって昔はあーだった。 重い物を軽く持ち上げるのをみて、私だって昔はあーだった。いいのよどうせ 私は年寄りよと嘆くが、しかし、人の世は繰り返しである、何ごとも現状維持ということはないのだと悟るしかない。 

2009年9月7日月曜日

じゅんたろうさんから 依存症 へコメントの投稿がありました

とても私にもためになる面白いブログです。冴えていますね。
目下思案中! アルコールでは無くニコチンのほうです。最近とみに酒が弱くなり、飲まない日は無いのですが、もうウイスキーは殆ど飲まなくなりました。純度の薄い焼酎を何かで割って飲み満足しています。
現在タバコは二日で一箱か三日で二箱。タールやニコチンノひくいもので殆どメンソールです。禁煙だけは私も人にも負けないくらいしましたが、元の木阿弥。十年ほど前ひどいストレスで喘息になりました。医者は即!禁煙を言い渡し、そのころ流行出した、ニコチネル・パットという貼り薬を出しました。保険の利かないものでしたのでどえらい高いものです。大中小と三種類あってそれぞれにニコチンを染み込ませてあり、徐々に依存症を取り除くというものです。あと、禁煙キャンディ。それに絶対必要なのは「強い意志」、ああ!これが足りませんでした。止めようとのきっかけは喘息でしたが、これは有名な秋田の玉川温泉でたったの二日で完治してしまったのです。あとはスパスパ。
芥川龍之介の小説に「煙草と悪魔」というのがあります。何でもフランシス上人様が(ザビエルのこと)はるばるヨーロッパから悪魔をつれて来なさったそうで、上人も連れの伊留満(イルマン)だと思い込まされていたのです。その悪魔が煙草の種を蒔き御主エス・クリストのみ教えを煙に撒こうと考えたそうだとか。
なるほどそうだとすると、一滴さんのように四旬節などからオテペンシャ(自分に鞭打つ、キリシタン語)として始めるのも一手かな?あるいは近じか迎える誕生日からとか。
投稿者 じゅんたろう




じゅんたろうさん コメントありがとうございます。  
お互いに弱き者の嘆き、こういうのを同病相哀れむとか言うのでしょうか。

じゅんたろうさんも苦労しているんですね。 ご愁傷様です。  どうでしょう、 メンソールと普通の味のタバコを交互に吸ってみては。 なんでも シック センターではそうさせたそうです。  一本目はメンソール、二本目は強烈な マーボロとか を交互に吸い、 もう気持ち悪くて吐き気がするそうです。頭痛、 吐き気でタバコを見るのも嫌になったとか聴きます。
夜中に目を覚まし、 トイレに行くとか、喉が乾いたからお水が飲みたいとか、理由はいろいろありますが 夜中に目を覚まし、用事を済ましてから「ついでに一服して」 またベッドへ戻る。これはもう中毒の中に入るそうです。 体がニコチンを要求しているから 目を覚ますのだそうです。 ただ本人は尿意を感じたからと納得しているのですけどね。 

止めようなんと意気込まないで 一週間休憩してみよう、 もう一ヶ月休んでみよう それから考えよう、ではいけませんか? わたし自身は タバコをもう 5ヶ月間手にしていません。 でももう二度と喫煙は出来ないとなると悲しくなります。 もちろんお酒もそうです。ですから現在は 「休憩中」の札をぶら下げているのだと自分に言い聞かせています。 それがどれだけ長く続くか私の意志との競争です。
しかし、 生活の中のストレスは 鬼門ですね。 これが来ると すべての意思が負けます。これだけは保障します。 人間は何かにすがるときどうして 自分の体には決して良くないものへと逃げるのでしょう。 結局人間とは弱き者ですかね。     

2009年9月3日木曜日

我が家のアルコール依存症  その2

アルコール依存症は 毎日の生活の中にアルコールがなければ生きられない。中毒者とさして違いはないが、 時によって呑まなくても生活できるはずではないかと思うが、「呑まなきゃいられない~」のだろう。  本人がなぜ AA Meeting にまだ コミットメント をしないかと理由を聴いたら、 「オケイジョナル ドリンカー」になりたいのだそうだ。  祝い事のあるとき、何かうれしいとき、 皆で集まってワイワイしているとき 「私は呑みません」と言いたくない。
しかし、 娘の直美は心療クリニックのカウンセラーである。 その道のプロが言うには、そんな都合のいいことでは駄目、 止めるとは 止めること。一生呑まないと決意しなければ又もとの木阿弥。まことにプロとは 血も涙もない。 そばで暮らしている私としては もう二週間も口にしていないだけでも誉めてあげたいと思いのだが、 冷たい娘である。

かつて 禁煙をしたときは 自分でする勇気がなく Shick Center という妙な診療所へ通い 電子作用による禁煙治療を受けた。料金も馬鹿にならなかったが 先方さんの言葉がもっと気に入らない。  向こう三年間のタバコ代を先払いしてもらうと思えば安いものです。
 タバコを一口吸うたびに体に電気が通って ビビッと来る。 そのビビッが嫌で、 タバコを吸うのが嫌になると何とも原子的な治療だった。 まあ今から 35年前の話であるから仕方がない。 今では 針治療とか、催眠術とかで禁煙をする人も居るらしい。  私に言わせればそんなに止めるのは 難しいかな~ 私なんて、もう何度止めたか分からないくらい禁煙をしている。  禁煙の専門家のつもりだ。 今では季節労働者ではなく 季節喫煙者である。  三月のキリスト教の四旬節が始まると 禁煙に入り、夏場は 野外での喫煙は暑いから そのまま続けて、 秋になって解禁になり、冬はやはり野外は寒いから 又禁煙をして 春のわずかな期間を楽しむ。 それならいっその事止めたらとよく言われる。 

亭主殿は タバコにしても お酒にしても DNAの中にのめり込み症候群があるのだろう。 最近初めてオートバイにしてもしかり、乗りたいから 一台欲しいが始まりで とたんにのめり込み、今では我が家のガレージに ホンダ 450、ヤマハ XJ 1100 と カワサキ ヴォヤージ1250 が並んでいる。 そして 先日は ヤマハの大型の掘り出し物があると キョトキョトしていた。 今ある一台を売ってそれで あれが買える。 その手はもう古いのにまだ言っている。 三台目のときも 二台目をすぐ売るから これを逃したくない。 だが 手に入った途端もうその条件はすっかり忘れている。 これも のめり込み症候群の一端としか考えられない。  どうせなら 金銭欲へのめり込んでもらいたいものだ。

しかし問題はそれではない。 かつて亭主殿が禁煙を始めたとき 私はお付き合いでセンターに通わずに禁煙した。こっちだって ずいぶんと我慢と努力をしたのだから。  もう大丈夫だろうと 25年後に私は自分に解禁をした。これは言い訳である。 ねずみがあの美味しいチーズの一かけらが忘れられなくて ドアを叩きつづけるように、いつか又めぐり合えるという潜在意識があったのだろう、だから止められるのだ。故に 大きなストレスが起きたときにまっすぐに手が届いたわけだ。そして今度はお酒である。 
まさか目の前で一人楽しむわけには行かない。 そこはホレ 夫婦一緒に頑張りましょうと少しは同情心を持って控えるようになる、 そのうちに まさか亭主の居ないところで 「隠れ酒」 をする気にもならず、ジッと我慢の人をしているうちに どうでも良くなって来たから不思議である。  不眠症の私は 夜中の二時ごろに チビリ チビリと一人楽しみ 本を読むのだが それが出来なくなった。 誰もするなとは言わないし、 してはいけない事でもない、しかし ブレーキがかかったがごとく お酒に手が行かなくなった。 呑んでも美味しくない。

これは一大事である。数少ない私の人生の中の楽しみを 又一つ亭主殿に取り上げられたような気がする。 もちろんこれは被害妄想であるが。 何事にも 依存症にはならないと自負している私が呑みたくなくなったというのは 「悲劇」である。 

2009年9月1日火曜日

我が家のアルコール依存症     その1

世にアルコール中毒症という言葉がある。 そして アルコール依存症もそれに共存して存在する。 私は最近までは どちらもごっちゃまぜ 同じようなものだと理解していたが どうやら違うようだ。

どちらも 呑まなければ生きられないのには代わりはない。 そこで 存在するのが  Alcoholics Anonymous meeting (AA Meeting) アルコール中毒患者及び依存症患者救済。
探してみ見ると あちこちのコミユニティー センターとかキリスト教教会などで 常時開催されている。 時間帯は週末だけとか、毎日昼食事に開くようだ。もちろん夕方に開くのもあるはず。 中毒症、依存症の人たちが 集まって各々の問題を話し合ったり、 自分の希望などを話し合ったりする集まりである。  

そのAA Meeting に我が家の亭主殿が通い始めた。 誰に言われたわけでもなし、背中を押されたわけでもない。 この15年ほどは 浴びるように呑んでいた ウイスキーの味がまずくなったらしい。 呑んでも美味しくないのに なぜ呑む。 体が要求していると本人が気がついたのであろう。 毎晩 スコッチのオンザロックを 5杯開ける。 本人は3杯と主張する。 医者の前でも 友人の前でも シラー と3杯ですと言う。 もちろんそうである。 3杯呑んだ後はもう数が数えられなくなっているのだから、3杯までは覚えているのである。 しかし昔は楽しい気分になったのが 最近はもう義務で呑んでいるように見えていた。  もちろんそれは 同居している私の目からであるが。 本人はあくまでも 呑みたいから呑んでいると主張する。
そして 失敗も何度かした。  来客と夕食共にして、 食後のコーヒーと団欒の頃には 自分のベッドで鼾をかいて寝てしまったことも何度かある。 最近では 客と同じ長いすに座って会話中に スーッと寝てしまった。 もうこちらは赤面の至りである。 蹴飛ばして 起こしても 「寝てない」とがんばる。   「否定」は依存症の第一症状である。 
 
わが亭主殿は 昔はチエーンスモーカーであった。 日に三箱になろうとしていたときに長男が産まれ、自分の父親が肺がんで49歳の若さで亡くなったことを思いだした。 これは割が合わないと気がついたそうだ。
こんなに可愛い息子の成長を見るか見ないかは 自分の健康管理につながると思ったら 毎日煙突のごとく吸っているタバコがあほらしくなったそうだ。 あれから 35年。 
良く我慢してくれたと思う。 
  禁煙の後に手を出したアルコールが 最近では毎日体内に流し込まなければ居られなくなった。 アルコール中毒(アルカホーリック)とは 、一滴口に流し込むと 本人がダウンするまで、 酒のボトルが空になるまで呑み続けるらしい。 一本のビールを呑むと 6本入りの箱を抱え込むそうだ。 留まることがない。前後不覚になるまで 呑み続ける。
わが亭主殿はまだそこまで行かない。実は 5杯目が終わる頃には 長いすでグーグーであるから その先がないのだ。 又前後不覚ではないらしく、真ともな会話らしきものをする。 ついでに物事に関してうんちくを傾ける。それもクドイ。しかし 翌朝は何も覚えていない。こちらとしては 呑み始めたら 約束事はしないことである。 後で泣きを見るのはこちらだから。 

その亭主殿がこの二週間 昼休みになると AA Meeting に通っている。 ときには場所を変えて、 年齢層の違うのや、 一連の職業の似通った集まりとかいろいろあるそうだ。 しかし何処の会合でも まだ コミットメントをしていない。 この集まりで 「コミットメント」をすることは 今後一切 二度と「呑まない」ということだ。 
呑むのを止めて 10年経ちました。 20年経ちました、という集団が時間の許す限り会合に来る。 先日は 定年退職をもう 10年の前にしたという男性が 35年禁酒達成祝いをしていたそうだ。 私に言わせば、35年も呑んでいなければ 実際に味も覚えていないのではないだろうかと思うが、 そんな人でも ひとたび 一杯のアルコールを口にすると 35年前の中毒に戻るのだそうだ。 正直 もう体の組織が変わっているのでは?と考えるが たぶんこれは素人考えなのであろう。     

2009年8月20日木曜日

じゅんたろうさん 手負い虎さん のコメント

じゅんたろう さんが投稿「 Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書」にコメントを書き込みました。

何ヶ月前だったでしょうか、オバマ大統領の国民皆保険の提案にはこれは素晴らしいと思いました。日本でも報道されていました。以前アメリカの健康保険制度に付いてうかがい知った時、これはとてもアメリカでは住めないと感じたものでした。
今回のブログで『死刑制度』の事を知り驚きです。確かに日本でも法律により無駄と知りながら高額な延命措置治療を続けなければなりません。
二十年程前になるでしょうか、叔母が雲網膜下出血で仆れました。家人不在で発見した時にすでに数時間経ていました。母と私が病院へ駆けつけると真っ赤な顔でいびきをかいて寝ているのです。揺さぶれば目を覚ますのでないかといった風です。医者は様子を見ましょうと云いその夜は帰宅し、あくる日再び訪れました。医者は一週間が限度です。人工呼吸の管が身体にそわないとそこが壊疽を起こしこれ以上は無駄な措置というのです。管を外すのは御家族の意思でと告げられました。私の判断で直ぐに叔母の所属教会の神父様をお呼びし終柚の秘蹟をしていただき、延命措置等の延長云々を訊ねました。神父様はフランスの方でヨーロッパでの措置やヴァティカンの指針など説明を叔母の家族に為さったのです。皆は理解しました。
親族全員が見守る中で LIBERA ME の祈りのうちに管が外されました。眠っているような姿は今でも眼に残っています。
この場合は叔母の信仰を親族が受け入れ、司祭に従ったわけです。ここに残された家族と医療者とそして彼女の生き方であった信仰によって決断されたのです。
これなら納得がいきます。アメリカでの「65歳・・・」って、それだけで決められるのはご免です。しかし悪戯に延命措置をされるのも、私ならいやです。いまや日本でも似たような問題がおきています。唯、今選挙前でそのような話題が沸騰し各党にマイナーになるマニフェストを提唱することは誰もしないだけです。



手負い虎 さんが投稿「 Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書」にコメントを書き込みました。

へ~~。65歳になったら殺してくれるの!日本は、75歳以上を「後期高齢者」と言う呼称をつけただけで、不評を買って廃止したくらいの国なのに。アメリカは其の上を行っているんだ^^。

私はもう68だから、アメリカにいたら、死ぬ権利あるわけだ。アメリカに行こうかな・・・

実は私は一人暮らしの特権として、倒れても、何がおきても、誰も病院に運んだりしないので、遺言なんか残さなくても自然死を迎えられると、期待しています。臓器移植法は反対だけどね。誰かの赤ん坊が死ぬのを期待して、自分の赤ん坊を助けるのを加勢すると言うあの法律、人間、バベルの塔を作りすぎじゃないの?



じゅんたろうさん 手負い虎さん 夏は暑いですね。

65歳になると自動的に誰でも Medicare 老齢者医療保険制度 に加入できます。毎月現在のところ95ドルの支払いをすれば 80%の医療費を国が支払います。  もちろん病院や医者で Medicareを受け入れるところですけど。  Medicareの経済に破綻がきたしたので 老人の医療に制限をつけるのでしょう。

2009年8月19日水曜日

 Living Wil l尊厳死を希望する重症患者の遺書

いつ頃からだろう 日本でもアメリカでも Living will 尊厳死を希望する重症患者の遺言書を作成する習慣が始まった。 私の母もご他聞に漏れず 毎日書いている日記の中に書き込んだと何年も前に話していた。 
 私と夫はその遺書を未だ書いていない。 しかし子供たちには 口頭で伝えてある。  
今の世の中では医療は一般的に中々患者を死なせてくれない。危なくなると連れ戻されることが多い。 なまじ家族が病の人を哀れと感じて 逝かせてあげようとしても 法律が許さない。 しかし、 もしかすると これからの医療には そのような心配は要らなくなってくるようだ。 

現在沸騰状態のHealth care system という 国民健康保険のあり方が問題になっている。 とにかくすごい。 オバマ大統領の新案 全国国民皆保険に入りましょう。お国が面倒を見ますが キャンペーンである。  総国民の50%が健康保険に加入していないという壊れた保険制度が成り立っている国ではある。  民間保険会社がぼったくりをしすぎるのだ。 
国の70%が中小企業でなりたっているこの国は 後の30%の人口である大企業の社員には会社の加入する保険に入れる。 これはラッキーな人たち。 次の中小企業でも医療保険などの給付をしている会社も多いが、それが出来ない企業が多すぎる。 そこで皆が個人で医療保険に加入する。 これが 保険会社のぼったくりの被害者となる。 

ここまでなら 国民健康保険制度が成立すれば 残り50%の人には願ってもない懸案であるはずなのだが 問題はその内容である。  まあ 税金が高くなるとか、 加入したくない企業が違反行為として罰金がつくらしいとか そんなことより 現在大騒ぎしている項目のひとつに「死刑制度」と 巷で呼ばれているのがある。 

この医療制度には 医療と患者(国民)の間に行政が介入して 医療の判断を決定するのだそうだ。 そして 患者の65歳以上には 行政の判断で その患者にこれ以上の医療処置をする必要の是非を決定するといわれている。 その人の存在価値を国が決めるのだ。

65歳以上の患者のプラグ(管 )を抜く、抜かないを国が決めるのだと皆が騒いでいる。 
ゆえに、もろもろの手術の必要性も 投薬も 患者の年齢と患者の状態によって国が判断する。
「ワー ブッタマゲタ~」 これがわたしの最初の印象だが、 もしこれが本当の話ならば 尊厳死遺言書などはもう必要ない。 お国が尊厳死を提唱している。 管を抜く前に 65歳以上は もう医者が管を体に入れてくれないらしい。  金ばかりかかる年寄りは 始末してくれるらしい。  これぞ 姥捨て山アメリカ版である。

この医療制度を可決しようとオバマ氏が孤軍奮闘しているが あまりの騒動に 大統領も気持ちを変え、 四週間決定をのばすことにして、 夏休みに入った 議員さん達は皆お郷へ帰り、 タウン ミーティング「市民の集まり」を何度も繰り返し 新医療保険の説明会をしている。
しかし、このタウン ミーティングに集まる老人パワーの凄まじさに国会議員達がタジタジとなり、ボディーガードや警察官を横に立たせての弁論会。
どの議員も 「いやーそんなことはありません、 ちゃんと治療は受けられます」と返答するが 1000ページを超える 新国営医療制度の概要にはちゃんとその項目があるのだそうだ。それが削除されない限り、 口頭でどう言おうが、決定してしまえば彼らの勝利となる。
どうやら夏が終わるまで 土俵は水が入って持ち越しのようだが、私も老人組の一人、
家族の為と自分の為を思って尊厳死を希望しても、国に私の生死を決めてもらいたくないので しっかりとこの懸案の先行きを見届けたい。