日ごろテレビのニュースと云えば、不景気の話しと、オバマ政権の中から四人までもが悪質な税金滞納者が出てきたなどと嫌なニュースばかりでいたが、一月二十七日の朝食中テレビを観ていた家族は素晴らしいニュースを聴いたと胸のうちから湧き出る気持ちになったと思う。
三人の医者が画面に映り、今朝一人の母親から八人の赤ちゃんを取り上げました。 赤ちゃんは八人と母親は元気です。と発表していた。 お医者さんたちはとても誇らしげであった。
一度に八人、すごーいと云うのが最初の感想であった。 私はそう感じた。しかし、この話には後が延々とつづく。
まずこのママさんは独身である。 独身女性が赤ん坊を産むのはもう日常の事で誰もが驚かないが、八人とは彼女どうするのだろうが人ごとであるが気になる。
そしてそれに続くニュースは、この赤ちゃん達は受精手術(Embroy)の結果であるという。それも一回ではない、何度も何度も受精を受けて複数の子供を授かることを目的としていたそうだ。
まだまだ続く、 この女性には家で新しい赤ちゃんが来るのを待っている六人の子供が既に居る。それも、 三セットの双子である。 それに加えて八子。
忘れてはならない、この女性は独身である。 すべて彼女の意思の元に生まれた子供たちとなる。もう子供は神から授かるものなんて教育は吹っ飛んでいる。
メディアは大騒ぎ、 六+八=十四の子供。寝室三つの家に十四人の子供に母親でどうやって暮らす、人道的問題であるとか、児童虐待に入るのではないか、医者の名前を明かせとかしましい。
それを見こんだ当の医者は雲隠れ。 これは最初から患者と医者の間でとり交わされた約束であるそうだ。一週間後の現在もこの医者は雲隠れをしているらしい。
話はまだ続く、一週間ほどこの母親の名前は公表されていなかった。 産院も医者もこの母親の名前を伏せることは最初から母親によって依頼されていた。
一週間後、母親が退院してからがメディアの活躍の場となった。 そうである。この母親は最初から出来うる限りの数の子供を一度に妊娠して、テレビのインタヴュー番組の最も視聴率の高い幾つかの番組に出演して、二百万ドルは下らない出演料を手にするのが目的であったそうだ。
その為に最初から受精手術をした医者と出産した病院に口止めをしてインタヴューのときに発表して効果を高める目的であったとか。
良かれ悪かれテレビに呼び込むのがメヂアの仕事。このママさんはもう昨晩あたりから画面の中に出始めている。
しかし、今まで六人の子供でどうやって生活をしていたのだろうと心配はする必要ない。彼女は働くママではない。 かつて仕事中に背骨を痛めたのを理由に960,000ドルの補償金を手に入れている。これに加える母子家庭の補助、そしてこれから受けるメディアからの出演料見積もり二百万ドル、いずれは書くであろう本の著作権を考えたらじゅうぶんに十四人の子供は育てられるである。 しかし、この女性が、子を持ちたいとする目的について考えると、もう神の摂理なんて古い言葉は存在しないことになる。
2009年2月9日月曜日
2009年2月2日月曜日
じゅんたろう さんが投稿「手負い虎さんがコメントを投稿「矛盾―わからない」」にコメントを書き込みました。
手負いの虎さん、私も不真面目とは考えません。どのような事情があるにせよそれを受け入れることが出来るエルサルドバルに敬意を感ぜずに居られません。イエズス様が地面に字を書いて「あなた方のうち罪の無いものが・・・」と言われたように、誰が他を非難批評できるでしょうか。私はとんでも無い年になって幼稚園に勤めています。約三百五十名ほどの園児に主が幼子を喩えに私たちに諭された聖書の箇所を激しく実践しようとしています。思い出したくない過去、告解も出来ない過去があります。唯、日々の仕事に主の前に苦しみながら許しを請うのみです。
私は、日々誠実につんと澄まして日曜日には御ミサに与り、清く気高く美しい態度でグッサッと人の心に攻め入る信者ではありたくありません。悲しむ者と共に悲しみ、泣く者と共に泣く日々のほうがずっと平安を感じます。娘さんとお孫さんのために祈らせてください。
私は、日々誠実につんと澄まして日曜日には御ミサに与り、清く気高く美しい態度でグッサッと人の心に攻め入る信者ではありたくありません。悲しむ者と共に悲しみ、泣く者と共に泣く日々のほうがずっと平安を感じます。娘さんとお孫さんのために祈らせてください。
2009年2月1日日曜日
手負い虎さんがコメントを投稿「矛盾―わからない」
以下のコメント、不真面目と思われるなら、どうぞ削除してください。
私の娘は、その未婚の母です。単純に、そういいきってしまうと、そこまでに至った彼女の心の葛藤も、母になると決意した心の底にある信仰も、何も見えなくてただの最低な世相の反映を地で行く人間に見えますが、そうなるまでには、そうなるまでの、事情というものがあります。
で、言いたいことは、彼女は自分のためにも子供のためにも最高の環境であるエルサルバドルに行って、子育てをしています。かの国がそういう事情の人にとって、「最高」な理由は、国家も地域社会も、学校も、「命」のことに介入しないからです。
そこに「いる」子供は、ただ「いる」と理由で、誰でも「ものすごく」可愛がってくれます。可愛がってくれない人は、カトリック倫理や世間体を、「愛すること」より優先させている「学問と教養と自称信仰のある」人々です。
そしてエルサルバドルという国は、私が暮らした時代は識字率50%の、貧困率90%の、そして「心豊かな助け合いの精神に満ちた、性の倫理のかけらもない人々に満ちた」国でした。
アメリカで苦しんでいた娘が、エルサルバドルに行かざるを得ない状況になったとき、私は、「これで孫は安全地帯に行く」と心から安堵しました。
これ、私としては冗談で言っているのではありません。
手負い虎さんコメントありがとうございます
手負い虎さんのコメントは少しも不真面目だとは思いません。 沢山の問題を提議していらっしゃいます。
1) 手負い虎さんのお孫さんが,エルサルバドアで大勢の親切な方々に見守られてすくすくと育っていらっしゃることは大変素晴らしいことだと思いますし、 その土地が、そのお孫さんにとって安全地帯と親御さんが考えていらっしゃるのはそれはそれで素晴らしいことです。
2) しかし、それには、娘さんにとって親族と云える方々がそのエルサルバドアに住んでいるというのも幸運であったと思います。 まったく見も知らない他国の女性が一人でエルサルバドアの土地で子を育てようとしても、それは おのずから事情が変わってくることでしょう。
3) もし、娘さんがアメリカで母子家庭として子供を育てようとした場合ですが、やはりお孫さんは育ちます。 このアメリカは偏見と差別の国とお考えのようですが、母子家庭を阻害することはまずありません。 父親不在の理由だけで、娘さんは医療施設が無料になります。 キリスト教の教会が手を差し伸べます。 アメリカの国が娘さんの生活費を見ます。 その額は高校教育の若者の給料よりもはるかに上回ります。 もし娘さんがその先まだ勉学を望むならば、その費用も支払われます。もう一つ大学では、外国人であることを利用すればいろいろな奨学金が手に入りますのもアメリカです。
オバマ大統領の母親は18歳でオバマ氏を産み、離婚、その後両親に子供を預けて大学へ進み、外国人と再婚、その地へ移り住み、 離婚、アメリカに戻り、母子家庭として社会福祉に申請して学費と親子の生活費をアメリカの国が支払って大学院の学士号を取っています。 それでもオバマ氏に云わせるとこの国はまだまだ福祉が足りないと改善を唱えています。
ただエルサルバドアのように、娘さんのお父様やおじい様などお身内が居ませんから家庭的には寂しい環境になるかもしれません。
その意味では、お孫さんが当地で育ち、 その地で立派なエルサルバドア人として成長することをお祈りいたします。
私の娘は、その未婚の母です。単純に、そういいきってしまうと、そこまでに至った彼女の心の葛藤も、母になると決意した心の底にある信仰も、何も見えなくてただの最低な世相の反映を地で行く人間に見えますが、そうなるまでには、そうなるまでの、事情というものがあります。
で、言いたいことは、彼女は自分のためにも子供のためにも最高の環境であるエルサルバドルに行って、子育てをしています。かの国がそういう事情の人にとって、「最高」な理由は、国家も地域社会も、学校も、「命」のことに介入しないからです。
そこに「いる」子供は、ただ「いる」と理由で、誰でも「ものすごく」可愛がってくれます。可愛がってくれない人は、カトリック倫理や世間体を、「愛すること」より優先させている「学問と教養と自称信仰のある」人々です。
そしてエルサルバドルという国は、私が暮らした時代は識字率50%の、貧困率90%の、そして「心豊かな助け合いの精神に満ちた、性の倫理のかけらもない人々に満ちた」国でした。
アメリカで苦しんでいた娘が、エルサルバドルに行かざるを得ない状況になったとき、私は、「これで孫は安全地帯に行く」と心から安堵しました。
これ、私としては冗談で言っているのではありません。
手負い虎さんコメントありがとうございます
手負い虎さんのコメントは少しも不真面目だとは思いません。 沢山の問題を提議していらっしゃいます。
1) 手負い虎さんのお孫さんが,エルサルバドアで大勢の親切な方々に見守られてすくすくと育っていらっしゃることは大変素晴らしいことだと思いますし、 その土地が、そのお孫さんにとって安全地帯と親御さんが考えていらっしゃるのはそれはそれで素晴らしいことです。
2) しかし、それには、娘さんにとって親族と云える方々がそのエルサルバドアに住んでいるというのも幸運であったと思います。 まったく見も知らない他国の女性が一人でエルサルバドアの土地で子を育てようとしても、それは おのずから事情が変わってくることでしょう。
3) もし、娘さんがアメリカで母子家庭として子供を育てようとした場合ですが、やはりお孫さんは育ちます。 このアメリカは偏見と差別の国とお考えのようですが、母子家庭を阻害することはまずありません。 父親不在の理由だけで、娘さんは医療施設が無料になります。 キリスト教の教会が手を差し伸べます。 アメリカの国が娘さんの生活費を見ます。 その額は高校教育の若者の給料よりもはるかに上回ります。 もし娘さんがその先まだ勉学を望むならば、その費用も支払われます。もう一つ大学では、外国人であることを利用すればいろいろな奨学金が手に入りますのもアメリカです。
オバマ大統領の母親は18歳でオバマ氏を産み、離婚、その後両親に子供を預けて大学へ進み、外国人と再婚、その地へ移り住み、 離婚、アメリカに戻り、母子家庭として社会福祉に申請して学費と親子の生活費をアメリカの国が支払って大学院の学士号を取っています。 それでもオバマ氏に云わせるとこの国はまだまだ福祉が足りないと改善を唱えています。
ただエルサルバドアのように、娘さんのお父様やおじい様などお身内が居ませんから家庭的には寂しい環境になるかもしれません。
その意味では、お孫さんが当地で育ち、 その地で立派なエルサルバドア人として成長することをお祈りいたします。
2009年1月31日土曜日
じゅんたろう さんが投稿「矛盾ーわからない」にコメントを書き込みました。
オバマ大統領は堕胎主義者」、それなんです。日本の新聞にはそれについて何もコメントしていません。優生保護法がいまだにまかりとおっているからでしょうか。強姦や不倫による妊娠は辛い事です。私は四十代後半数年間、聖マザー・テレサ共労者会の・・・ホーム(実在しますので正確に書くことができません}の共労者としてヴォランティアをしました。本人の周りを説得し生まれ出る命を救うのです。活動に中にはドメスティック・ヴァイオレンスで肩を抱き合って暮らさなければならない家族への救いもありました。県や市の機関や病院へ日参し費用や秘匿所の確保などが私の受け持ちでした。人助けをした満足感?いえいえ、いまだに悲しみだけが残っています。関わりたくなかった悲劇を目の当たりに見てしまいました。
オバマさん、アメリカ大統領の言がどれほど大きく世界に波及する考えてください!
じゅんたろうさんコメントありがとうございます
15歳の少女が妊娠したとしましょう。 彼女は母親に伝えるのが怖いゆえ学校の教師や友人に伝えたとしましょう。
そしてその少女は教師に赤ちゃんを産みたくないと伝えた場合、学校側か、或いはその友人は少女を医者へ連れていき無料で堕胎が出来るのです。 そして、両親は一切それを知らされないのです。 医者も学校も友人も、その当人が親に黙っていてくれと頼んだ場合は、当人の許可なくしては両親には伝えらないのです。 その意味がおわかりですか?
未成年でも、婦人科の医者の診察を受けて、その結果を親が訊いても医者は患者自身の許可がなければ伝えてもらえないのです。 おかしな話ですが、 医者の支払を母親がしても、医師は親に検査報告を知らせません。
現在の学校では、生徒はアスピリン一つ学校内でのむことも親の許可がいるのに、 堕胎は親が知らされないのです。 こんな矛盾がまかり通るのです。
オバマさん、アメリカ大統領の言がどれほど大きく世界に波及する考えてください!
じゅんたろうさんコメントありがとうございます
15歳の少女が妊娠したとしましょう。 彼女は母親に伝えるのが怖いゆえ学校の教師や友人に伝えたとしましょう。
そしてその少女は教師に赤ちゃんを産みたくないと伝えた場合、学校側か、或いはその友人は少女を医者へ連れていき無料で堕胎が出来るのです。 そして、両親は一切それを知らされないのです。 医者も学校も友人も、その当人が親に黙っていてくれと頼んだ場合は、当人の許可なくしては両親には伝えらないのです。 その意味がおわかりですか?
未成年でも、婦人科の医者の診察を受けて、その結果を親が訊いても医者は患者自身の許可がなければ伝えてもらえないのです。 おかしな話ですが、 医者の支払を母親がしても、医師は親に検査報告を知らせません。
現在の学校では、生徒はアスピリン一つ学校内でのむことも親の許可がいるのに、 堕胎は親が知らされないのです。 こんな矛盾がまかり通るのです。
2009年1月27日火曜日
あの頃のあの人
誰でもそうだろうが、時折自分の生きて来た道のりの中で出会った人たち、通り過ぎた人たちをフット想い出すことがある。あの折の、あの人は今何処で何をしているだろう。まだあの人は元気だろうか、そんな過去を考えることが多くなった。
私の父は昔関西のある大学の美術の教授であったそうだ。それは私が生まれる前、戦前の事であるが。
戦後間もなくに建てた新築の二階建ての家のそれも一番隅に父のアトリエを設置した。 あの頃はまだ父も大學を辞めて、会社勤めに忙しく二階のアトリエに籠って絵を画くことはまれであったが。 私の覚えているかぎり父は寡黙な人であった。
必要以上の言葉は口から出ることがなかった。しかし無口とは違うと思う。たぶん母が人一倍おしゃべりであったからまず父が口を出す機会など与えられていなかったのだと考えるほうが妥当だろう。
夕食後のひとしきり母のおしゃべりの相手が済むと父はあの頃の言葉で「応接間」と呼ばれていた洋間で一人たばこを吸ってじっと考えごとをしていることが多かった。 典型的家庭の主婦の母は「私はお仕事の話はわかりません」と宣言していたから仕事上の問題などを家庭で話すことはまずなかった。 きっとあの部屋で一人たばこを吸っていたのはもろもろの考えを整理していたのかもしれない。
その父が時折二階のアトリエに入り、絵筆をもってキャンパスに向かっている時は、とても穏やかな表情であった。きっと想うに任せて自分の気持ちをそのまま表現していたのだと思う。
私も、もしも神の許しがあってもう一度この世に生まれてくることがあったら、迷うことなく絵描きになりたいと望んでいる。 たぶんそれでは生活が出来ないであろうが、夢の又夢を想うときは現実の生活は必要ない。
自分の言葉、気持ちを筆に換えてキャンパスに表現できることが私にも出来たらどんなにか素晴らしいだろう。
私がまだ中学生の頃だったと思う。 一人の青年が曜日は覚えていないのだが、一週間に半日、父のアトリエに来て絵を描くようになった。
どのような経過を辿って我が家に来るようになったのかは知らないが、この青年は母のとても親しい友人の長男であったと思う。 彼の父親は最も左翼的なことで有名な大手の新聞社の一流記者であったと記憶している。
彼の家庭が一流志向であったことは何となく母からの話から知っていた。むしろかれはその家庭の落ちこぼれではなかったかと、それはまだ中学生だったわたしでも感じていた。 親の希望する大学を出て、親の希望する会社へ入り、 サラリーマンとして生活しているが、彼は絵が描きたかったのだそうだ。 絵を描きたい気持ちを消しさることが出来ず、 かといって美術を目指すことも許されず、父親や母親から、絵を描きたい? ふざけるなと云う家庭環境の中で彼は必至に我慢していたのではないだろうか。
今はもう大学も出て、就職もして、そこで初めて自分の意思を少し主張したのかもしれない。 結局母親同士の話し合いで、 父のアトリエに通い、父から絵筆の指導を受け、時間の許す限り描くだけ描いてみると結論がでたのかもしれない。
しかし、私の父は、 絵を描くことは教わることではない、 兎に角自分の思うままに描きなさいと諭し、彼の我が家への通いが始まった。
この青年は時間を見つけては背広にネクタイ、カバンをもって我が家の門の前に立ち、蚊の鳴くような声で「こんにちは~」。玄関の扉を開けるとそのままスーッと二階へあがり、一人絵を描き始める。 数時間、無言のまま彼は絵筆をもち、 夕方になると又カバンを持って「失礼しました」とか弱い声で挨拶をして帰る。
帰宅した父が時折二階へ上がって彼の絵を見ることもある。 又時には彼の絵に父が筆をなぞらしていた時もあった。そして次にその青年が来た時は私にそっと尋ねるのだ、「あの~、お父さん僕の絵を見ました」?そして嬉しそうに微笑む。
土曜日の午後など一緒の時は二人の間には一切の会話がない。 私の部屋がその隣の部屋であるゆえ、いつも壁に耳あり、二人の会話が訊きたくて耳を澄ますが何も聞こえてこない。ある日たまらなくなって私はドアを開けて部屋の中を覗いたが彼らは仲良く各々のキャンパスに違う絵を描いている。 ただ違うのは、その青年が父の描く絵をジーット見つめているだけ。 二人共同じ部屋に居て長い時間をまさに無音である。
ある日私は父に尋ねてみた、あの人に絵の描き方を教えないの?何も云わないけれど、あれで良いの? 父の答は簡単であった。
「絵描きというのはネー 最も芸術家と称する一般の人も同じだが、決して後から来る者の作品は褒めない。 人によっては徹底的に批判し、もう二度と立ち上がれないほどにこき下ろすものだよ。 芸術家はその酷評から立ち上がることになっているのだけど、 お父さんはそれが嫌いだ。 絵なんていうのは、自分が良ければいいのだよ。 なんでもそうだ。 規格はない。表現の世界だから」
「それであの人の絵はどうなの? もし批評するとしたらやはり酷評になるの」しかしその答えは貰えなかった。
そうかもしれない、芸術とは人が芸術家と評価するもので、私の作品は芸術ですなどというのは可笑しいのだけれど。しかし時々そんな自称芸術家は居るけれど。
あの青年は描きたいから描くのであって、絵描きになりたいわけではなかったはずだ。 趣味の域などと云う言葉を私は嫌いだが、少しでも自分の頭にあること、胸に潜むもの、 目で見る物をキャンパスに自分の気持で表現できるかということになるのだろう。 あ~うらやましい。
ある冬の夜、その日の夕食はすき焼きと決まっていた。父の帰宅を待って母はその青年に夕食を一緒するように誘った。
すき焼きが食べ処になり、母の一言、 「さーみんな食べてちょうだい」の言葉に家族一同は生卵を器の中に割り食べ始めた が、彼はその生卵をじっと見つめている。 卵が嫌いなのかと母の問いに、 「いえ、そうではありません。 卵をわったことないのです。」「???」そして彼は夕食後に出た林檎の皮むきも出来なかった。
一瞬私は、「みかんの皮むける?」と聞いたら母に睨まれた。
食事中にあの青年は 「アノーこの家ではいつもこうやってお父さんと一緒に夕食をするのですか」と訊く。 「勿論そうですよ、うちではお父さんが帰らないと夕食は始まりませんヨ」という母の応えに、
「僕は父親と夕食を食べた記憶があまりないのです。父はいつも遅くて、子供の頃から僕たちが寝てからの帰宅でしたから」 家族みんなで食事をするって云いですね。
母親と祖母に育てられていたこの青年はゆえに、卵もわれず、リンゴの皮むきも出来ない産物と化したらしい。
その青年も一年後には我が家に来なくなった。 見合い結婚をしたと聞いた。 それと同時に彼はもう絵を描くことを辞めたそうである。
もしあの青年がまだ元気で居たら、また絵筆を持っているだろうか? 結婚を境に絵を辞めると聞いたが、あの青春のひとコマ、私の父のアトリエをあの人は覚えているだろうかしら。
私の父は昔関西のある大学の美術の教授であったそうだ。それは私が生まれる前、戦前の事であるが。
戦後間もなくに建てた新築の二階建ての家のそれも一番隅に父のアトリエを設置した。 あの頃はまだ父も大學を辞めて、会社勤めに忙しく二階のアトリエに籠って絵を画くことはまれであったが。 私の覚えているかぎり父は寡黙な人であった。
必要以上の言葉は口から出ることがなかった。しかし無口とは違うと思う。たぶん母が人一倍おしゃべりであったからまず父が口を出す機会など与えられていなかったのだと考えるほうが妥当だろう。
夕食後のひとしきり母のおしゃべりの相手が済むと父はあの頃の言葉で「応接間」と呼ばれていた洋間で一人たばこを吸ってじっと考えごとをしていることが多かった。 典型的家庭の主婦の母は「私はお仕事の話はわかりません」と宣言していたから仕事上の問題などを家庭で話すことはまずなかった。 きっとあの部屋で一人たばこを吸っていたのはもろもろの考えを整理していたのかもしれない。
その父が時折二階のアトリエに入り、絵筆をもってキャンパスに向かっている時は、とても穏やかな表情であった。きっと想うに任せて自分の気持ちをそのまま表現していたのだと思う。
私も、もしも神の許しがあってもう一度この世に生まれてくることがあったら、迷うことなく絵描きになりたいと望んでいる。 たぶんそれでは生活が出来ないであろうが、夢の又夢を想うときは現実の生活は必要ない。
自分の言葉、気持ちを筆に換えてキャンパスに表現できることが私にも出来たらどんなにか素晴らしいだろう。
私がまだ中学生の頃だったと思う。 一人の青年が曜日は覚えていないのだが、一週間に半日、父のアトリエに来て絵を描くようになった。
どのような経過を辿って我が家に来るようになったのかは知らないが、この青年は母のとても親しい友人の長男であったと思う。 彼の父親は最も左翼的なことで有名な大手の新聞社の一流記者であったと記憶している。
彼の家庭が一流志向であったことは何となく母からの話から知っていた。むしろかれはその家庭の落ちこぼれではなかったかと、それはまだ中学生だったわたしでも感じていた。 親の希望する大学を出て、親の希望する会社へ入り、 サラリーマンとして生活しているが、彼は絵が描きたかったのだそうだ。 絵を描きたい気持ちを消しさることが出来ず、 かといって美術を目指すことも許されず、父親や母親から、絵を描きたい? ふざけるなと云う家庭環境の中で彼は必至に我慢していたのではないだろうか。
今はもう大学も出て、就職もして、そこで初めて自分の意思を少し主張したのかもしれない。 結局母親同士の話し合いで、 父のアトリエに通い、父から絵筆の指導を受け、時間の許す限り描くだけ描いてみると結論がでたのかもしれない。
しかし、私の父は、 絵を描くことは教わることではない、 兎に角自分の思うままに描きなさいと諭し、彼の我が家への通いが始まった。
この青年は時間を見つけては背広にネクタイ、カバンをもって我が家の門の前に立ち、蚊の鳴くような声で「こんにちは~」。玄関の扉を開けるとそのままスーッと二階へあがり、一人絵を描き始める。 数時間、無言のまま彼は絵筆をもち、 夕方になると又カバンを持って「失礼しました」とか弱い声で挨拶をして帰る。
帰宅した父が時折二階へ上がって彼の絵を見ることもある。 又時には彼の絵に父が筆をなぞらしていた時もあった。そして次にその青年が来た時は私にそっと尋ねるのだ、「あの~、お父さん僕の絵を見ました」?そして嬉しそうに微笑む。
土曜日の午後など一緒の時は二人の間には一切の会話がない。 私の部屋がその隣の部屋であるゆえ、いつも壁に耳あり、二人の会話が訊きたくて耳を澄ますが何も聞こえてこない。ある日たまらなくなって私はドアを開けて部屋の中を覗いたが彼らは仲良く各々のキャンパスに違う絵を描いている。 ただ違うのは、その青年が父の描く絵をジーット見つめているだけ。 二人共同じ部屋に居て長い時間をまさに無音である。
ある日私は父に尋ねてみた、あの人に絵の描き方を教えないの?何も云わないけれど、あれで良いの? 父の答は簡単であった。
「絵描きというのはネー 最も芸術家と称する一般の人も同じだが、決して後から来る者の作品は褒めない。 人によっては徹底的に批判し、もう二度と立ち上がれないほどにこき下ろすものだよ。 芸術家はその酷評から立ち上がることになっているのだけど、 お父さんはそれが嫌いだ。 絵なんていうのは、自分が良ければいいのだよ。 なんでもそうだ。 規格はない。表現の世界だから」
「それであの人の絵はどうなの? もし批評するとしたらやはり酷評になるの」しかしその答えは貰えなかった。
そうかもしれない、芸術とは人が芸術家と評価するもので、私の作品は芸術ですなどというのは可笑しいのだけれど。しかし時々そんな自称芸術家は居るけれど。
あの青年は描きたいから描くのであって、絵描きになりたいわけではなかったはずだ。 趣味の域などと云う言葉を私は嫌いだが、少しでも自分の頭にあること、胸に潜むもの、 目で見る物をキャンパスに自分の気持で表現できるかということになるのだろう。 あ~うらやましい。
ある冬の夜、その日の夕食はすき焼きと決まっていた。父の帰宅を待って母はその青年に夕食を一緒するように誘った。
すき焼きが食べ処になり、母の一言、 「さーみんな食べてちょうだい」の言葉に家族一同は生卵を器の中に割り食べ始めた が、彼はその生卵をじっと見つめている。 卵が嫌いなのかと母の問いに、 「いえ、そうではありません。 卵をわったことないのです。」「???」そして彼は夕食後に出た林檎の皮むきも出来なかった。
一瞬私は、「みかんの皮むける?」と聞いたら母に睨まれた。
食事中にあの青年は 「アノーこの家ではいつもこうやってお父さんと一緒に夕食をするのですか」と訊く。 「勿論そうですよ、うちではお父さんが帰らないと夕食は始まりませんヨ」という母の応えに、
「僕は父親と夕食を食べた記憶があまりないのです。父はいつも遅くて、子供の頃から僕たちが寝てからの帰宅でしたから」 家族みんなで食事をするって云いですね。
母親と祖母に育てられていたこの青年はゆえに、卵もわれず、リンゴの皮むきも出来ない産物と化したらしい。
その青年も一年後には我が家に来なくなった。 見合い結婚をしたと聞いた。 それと同時に彼はもう絵を描くことを辞めたそうである。
もしあの青年がまだ元気で居たら、また絵筆を持っているだろうか? 結婚を境に絵を辞めると聞いたが、あの青春のひとコマ、私の父のアトリエをあの人は覚えているだろうかしら。
2009年1月25日日曜日
矛盾ーわからない
アメリカ国民56%の支持を得たオバマ大統領は戦争を嫌い、自然を愛し、 動物愛護の超リベラルに支えられている。 独裁と非情で世界を恐れさせたキューバのカストロがいたく新大統領を気に入っているという。 多分カリスマ的な指導者が気に入られたのだろう。そのほかとしてカストロ氏は何を感じているのだろうか興味がある。
オバマ氏自身はリンカーン大統領を崇拝しているそうだが、彼は共和党の大統領であったのが少し違う気がするのだが。
映画の街ハリウッドの有名無名の俳優群がオバマ氏を熱情的に支援しているのも私には少し解せないのだが。 彼らはリベラルであるが、極端な動物愛護、自然保護、魚介保護(鯨、 イルカの類の事であるけれど)。 中国、韓国やインド、アフリカへ出かけては薄幸な子供たちを探して養子縁組をしてアメリカに連れ帰って育てている。 また同性愛者の法的婚姻を支持している群れである。どれを取り上げても尊敬に値する行為であることには変わりはない。
数ある有名な俳優やTVのエンタテイナー達は自分たちの私生活は同棲をつづけ、 「私たちの愛の生活には法律的な手続きを必要としないのです。 婚姻などはただの形式です。」そう答える彼らが、同性愛者の法的婚姻を却下する州へ足を延ばし、デモに加わり、 法的に認めよと叫んでいる。 何処かが不自然である。
オバマ大統領は堕胎支持者である。
「自分の娘に間違いが起きたとき、その間違いの為に愛する娘がその後の人生を償い(Purnishi)させるつもりない。」これは選挙演説の中の一条である。
73%の黒人社会の子供は父親不在で育つ彼らにはこよなく支持を受ける言葉ではないだろうか。
クリントン大統領が認可して、ブシュ大統領でまた閉ざされたNGO (non Government organization)の堕胎支援グループが求める政府資金援助へオバマ氏はわずか就任二日目にしてその懸案を取り上げ、時間が出来たら速やかに援助を認可すると応えている。
この支援機関は世界に幅広く育っている。この案が又認可されれば、 アメリカ国民の税金を使って、この支援団体に駆け込んだ妊婦はアメリカ、及び他の国を問わず無料で堕胎が出来るのだ。
ここに来て私の思考能力は止まってしまう。 動物愛護で豹を殺すな、ライオンを殺すな、象を保護しろ。 日本の捕鯨船に体当たりで阻止をする団体がどうして堕胎を大統領の力で援助するオバマ氏を支えることが出来るのだろうか。
さしずめ、ハンバーガーを齧りながら、動物愛護のデモに参加するのは可笑しいという冗談は認められなくなる。
オバマ氏自身はリンカーン大統領を崇拝しているそうだが、彼は共和党の大統領であったのが少し違う気がするのだが。
映画の街ハリウッドの有名無名の俳優群がオバマ氏を熱情的に支援しているのも私には少し解せないのだが。 彼らはリベラルであるが、極端な動物愛護、自然保護、魚介保護(鯨、 イルカの類の事であるけれど)。 中国、韓国やインド、アフリカへ出かけては薄幸な子供たちを探して養子縁組をしてアメリカに連れ帰って育てている。 また同性愛者の法的婚姻を支持している群れである。どれを取り上げても尊敬に値する行為であることには変わりはない。
数ある有名な俳優やTVのエンタテイナー達は自分たちの私生活は同棲をつづけ、 「私たちの愛の生活には法律的な手続きを必要としないのです。 婚姻などはただの形式です。」そう答える彼らが、同性愛者の法的婚姻を却下する州へ足を延ばし、デモに加わり、 法的に認めよと叫んでいる。 何処かが不自然である。
オバマ大統領は堕胎支持者である。
「自分の娘に間違いが起きたとき、その間違いの為に愛する娘がその後の人生を償い(Purnishi)させるつもりない。」これは選挙演説の中の一条である。
73%の黒人社会の子供は父親不在で育つ彼らにはこよなく支持を受ける言葉ではないだろうか。
クリントン大統領が認可して、ブシュ大統領でまた閉ざされたNGO (non Government organization)の堕胎支援グループが求める政府資金援助へオバマ氏はわずか就任二日目にしてその懸案を取り上げ、時間が出来たら速やかに援助を認可すると応えている。
この支援機関は世界に幅広く育っている。この案が又認可されれば、 アメリカ国民の税金を使って、この支援団体に駆け込んだ妊婦はアメリカ、及び他の国を問わず無料で堕胎が出来るのだ。
ここに来て私の思考能力は止まってしまう。 動物愛護で豹を殺すな、ライオンを殺すな、象を保護しろ。 日本の捕鯨船に体当たりで阻止をする団体がどうして堕胎を大統領の力で援助するオバマ氏を支えることが出来るのだろうか。
さしずめ、ハンバーガーを齧りながら、動物愛護のデモに参加するのは可笑しいという冗談は認められなくなる。
じゅんたろう さんが投稿「お豆 3」にコメントを書き込みました。
何と、まるでスキー・ブーツですね。骨折ならともかくも使わないってのは賛成ですね。
私が三十代の頃左のひらめ筋を切リ約一月ギブスをまかれました。見る見る筋肉は衰え左右別人の足のようでした。ギブスを取ってからも一月はよたよたしか歩けませんでした。
日本の外科補助器具はもっとシンプルです。「本来、人は傷ついた身体を元に戻そうという力が働くそうです。器具はそれを助けるものでなければならない筈です。」と私が通っている整形外科の療養士のアドヴァイスでした。
じゅんたろうさん100%賛成です。
これはプラスティックで出来ています。さしずめ今風の合成樹脂っていうのでしょうね。
両足使用すればさしずめロボコンですよ。
今は病院からの請求書が楽しみです。 あの足一本の価格が知りたいです。
縫った箇所が当分痛いのは我慢できます。 でも回復を遅らせるのは反対です。
私が三十代の頃左のひらめ筋を切リ約一月ギブスをまかれました。見る見る筋肉は衰え左右別人の足のようでした。ギブスを取ってからも一月はよたよたしか歩けませんでした。
日本の外科補助器具はもっとシンプルです。「本来、人は傷ついた身体を元に戻そうという力が働くそうです。器具はそれを助けるものでなければならない筈です。」と私が通っている整形外科の療養士のアドヴァイスでした。
じゅんたろうさん100%賛成です。
これはプラスティックで出来ています。さしずめ今風の合成樹脂っていうのでしょうね。
両足使用すればさしずめロボコンですよ。
今は病院からの請求書が楽しみです。 あの足一本の価格が知りたいです。
縫った箇所が当分痛いのは我慢できます。 でも回復を遅らせるのは反対です。
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