2009年11月28日土曜日
世の中いろいろ~ 2
Mancuso これは人の名前である。初めて人が大声でこの名を呼ぶのを聴いたとき、私は体をよじらせた。それは 驚きと、笑いをこらえる為である。
国が違うと、外国人にとっては、トンデモナイ可笑しな呼び名があるものだ。
この街でバイク(ハーリー デイビソン)の大きなデイーラをしている会社が ヤマハと書いたT-シャツをプロモートする為い出した物だが、後ろ側に自社の広告となる。得意満々でヤマハのバイクを乗る時に着こむ我が家の亭主殿は私がこのシャツを見ては笑うのを知っている、どうせ着ている奴もクソヤロウ~と恥ずかしげもない。
かつては この街の税務長官がやはり、同じ名前だった。固定資産税の支払などで小切手を切るとき、 支払い先として Mr. Mancuso、と書くことがあった。 小切手にサインをしながら、そうだよ 税金徴収者奴 自分の名前の意味を知っていか?と 心の中で呪って書いた記憶がある。
なんでも Mancuso家この街では著名人らしく、リバーオークスという 未だ日本人でも入居が余り好まれない 超高級住宅街がこの街にあるが、そこにこの名の家族はお住まいと聴く。
しかし、 この名の家族が日本へ旅行などして、 ホテルのロビーで ベルボーイが 名前を声を高くして呼びながら探す姿を私は見たくない。
中央高速45を真っすぐに60マイルほどの所に lake livingston という中型の湖がある。枯れた大木が湖の中から何本も立ち並び、 なんとも寂しげな風情をもった景色だが、 30余年前に父が来た時に、絵の題材にと出かけた場所である。
昼食に湖畔のダイナーで食事中、窓を眺めていた父が何かをなどって読んでいる。 オナラスカ? オナラデスカ? いや違うな オナラスカ~、アレッ本当かね 。 なにを言っているのかと 見たら次の町まで何マイルの標識に町の名前が書いてある。 onalasuka。 ゲー 私たち親子はもう余らなくなって大笑い、そうオナラがでるほどにオナカをよじって大笑いした。
しかし、こちらの人に言わせると Alasukaの前に「ON」をつけただけのこと。どうてことないらしい。日本語勉強しないほうが良いよ。
2009年11月27日金曜日
あらま さんが投稿 「守れない約束はしない」
「守れない約束はしない・・・」
これが、映画『トランスポーター』の主人公の信条ですね。
小生は、限りなく不可能な約束をしてしまいました。
その点、一滴さまの旦那様は立派だと思います。
「ベストを尽くす」。なんと良い響きでしょう。これなら結果を問われませんものね。
ちなみに『鋭意努力します・・・』
これは、日本の公務員の言葉で、意味は「何もしません」ということです。
さて、耳掻きいっぱいの○○を盛るまでもなく、毎食、スプーン一杯の動物性油を増すだけで、目的は達成されるようですョ。
ですから、小生は、コレステロール値に最大の関心を懐いています。
一滴です あらまさん 調子良いですね
我が家の夫殿は「立派」ではありませんヨ ずるいのです。 でも己の力を知っているという点では 宜しいのではありませんか。
なるほど スプーン一杯の動物性ですか。 でも相手は コレステロール、高血圧の薬を毎日飲んでいます。 動物性を食べてはコレステロールの薬を飲んでは意味ないです。 いっそ あの薬箱を消しましょうか。 それに最近禁酒宣言をしましたから。浴びるほど呑んでいたのが ピタリです。 やはり生きる本能は強いのですね。 あらまさんも頑張って下さい。
これが、映画『トランスポーター』の主人公の信条ですね。
小生は、限りなく不可能な約束をしてしまいました。
その点、一滴さまの旦那様は立派だと思います。
「ベストを尽くす」。なんと良い響きでしょう。これなら結果を問われませんものね。
ちなみに『鋭意努力します・・・』
これは、日本の公務員の言葉で、意味は「何もしません」ということです。
さて、耳掻きいっぱいの○○を盛るまでもなく、毎食、スプーン一杯の動物性油を増すだけで、目的は達成されるようですョ。
ですから、小生は、コレステロール値に最大の関心を懐いています。
一滴です あらまさん 調子良いですね
我が家の夫殿は「立派」ではありませんヨ ずるいのです。 でも己の力を知っているという点では 宜しいのではありませんか。
なるほど スプーン一杯の動物性ですか。 でも相手は コレステロール、高血圧の薬を毎日飲んでいます。 動物性を食べてはコレステロールの薬を飲んでは意味ないです。 いっそ あの薬箱を消しましょうか。 それに最近禁酒宣言をしましたから。浴びるほど呑んでいたのが ピタリです。 やはり生きる本能は強いのですね。 あらまさんも頑張って下さい。
2009年11月26日木曜日
あらま さんが投稿
女性である一滴さまにはお分かりになるかどうかは定かではありませんが、長年連れ添いますと、女性の権力は絶大です。
とても、正視なんてできませんョ。
「きみを幸せにするよ・・・」なんて、言ったら最期。
「幸せ」がこんなに大変なものかと、身に滲みます。
ここまで来るには、紆余曲折。外では誘惑あり、落とし穴あり・・・。
内では、家庭のことは家内に任せっ切り。
あの頃の約束を果たせず、逆に苦労ばかり掛けていますから、とても、とても、正視なんてできません。
しかも子供たちは、みんな母親の味方です。
理由が何であれ、もめ事があれは、スグに謝ってしまいます。
それが、今の小生の唯一の処世術です。
もう、こうなったら、母娘には絶対服従。そのなかから、小さな幸せを見つけています。
一滴です あらまさん 小さな幸せは見つかりましたか?
幸せは小さくて良いです。 その小さな幸せも見つからない人も沢山います。 きっと幸せとはなにか気がつかない人が多いのかもしれません。 夫が謝ることで 平均が保たれるならそれも宜しいでしょう。 これが逆で 奥様がいつも謝っていたら 家庭内暴力になりますから。
夫婦であれば 悪気があって行動を起こすことはありません。 結果論として 家族を怒らせてしまった、がっかりさせしまった、となるのでしょうが、あらまさんには あらまさんの理由があるのですから、 一個人の人間としてご自身を信用してもらうしかありませんね。 … ちなみにわが亭主殿は、台所に立って何か料理をする時だけ 「君を幸せにする」と云いますが、人生に関しては そのような言葉は云いませんでした。 「ベストを尽くす」だけでした。 主人のベストが 私に取っての ベストに見えなくてもそれはその人の判断であって、当人がベストを尽くしたと言われれば、もうどうしようもないことです。
とても、正視なんてできませんョ。
「きみを幸せにするよ・・・」なんて、言ったら最期。
「幸せ」がこんなに大変なものかと、身に滲みます。
ここまで来るには、紆余曲折。外では誘惑あり、落とし穴あり・・・。
内では、家庭のことは家内に任せっ切り。
あの頃の約束を果たせず、逆に苦労ばかり掛けていますから、とても、とても、正視なんてできません。
しかも子供たちは、みんな母親の味方です。
理由が何であれ、もめ事があれは、スグに謝ってしまいます。
それが、今の小生の唯一の処世術です。
もう、こうなったら、母娘には絶対服従。そのなかから、小さな幸せを見つけています。
一滴です あらまさん 小さな幸せは見つかりましたか?
幸せは小さくて良いです。 その小さな幸せも見つからない人も沢山います。 きっと幸せとはなにか気がつかない人が多いのかもしれません。 夫が謝ることで 平均が保たれるならそれも宜しいでしょう。 これが逆で 奥様がいつも謝っていたら 家庭内暴力になりますから。
夫婦であれば 悪気があって行動を起こすことはありません。 結果論として 家族を怒らせてしまった、がっかりさせしまった、となるのでしょうが、あらまさんには あらまさんの理由があるのですから、 一個人の人間としてご自身を信用してもらうしかありませんね。 … ちなみにわが亭主殿は、台所に立って何か料理をする時だけ 「君を幸せにする」と云いますが、人生に関しては そのような言葉は云いませんでした。 「ベストを尽くす」だけでした。 主人のベストが 私に取っての ベストに見えなくてもそれはその人の判断であって、当人がベストを尽くしたと言われれば、もうどうしようもないことです。
2009年11月25日水曜日
あらま さんが投稿
一滴さま。一滴さまのブログを読ませていただきますと、非常にのどかな、ほのぼのとした感じがします。
そこで、この場をお借りして、宗教について皆さまと議論することは、はたしてこのブログの趣旨と言いますか雰囲気にふさわしいものかどうかは疑問に思うところです。
ご自分が信仰している宗教の負の面を暴露するような記事を見れば、誰でも嫌な思いをすると思います。
どうやら、小生はそれをしてしまったようです。
お気を悪くさせてしまったことを謝りたいと思います。
どうも、申し訳ありませんでした。
あらまさま コメントありがとうございます
私は少しもあらまさんの 宗教に関するコメントに対して不愉快とも 厭な思いも感じません。 むしろ 日本のどこかで 私のどうしようもない落書きを読んでいて下さり、 それにコメントを下さるのをとても 大切に思っています。
一般的に政治、宗教は会話の中から外すのがマナーであると 日本に居るときに知りましたが、 ここアメリカでは 男性の間での事ですが、 初対面ですと、どちらの政党を支持しているかを探ります。 それによって 次の会話、交友を決めるようですね。
趣味の話ほど、違う趣味を持っていたら 面白くない話題ではないですか。同じ趣味だとしても 次に来るのは、どちらが上手かになりますから心に屈託が残ります。お互いに意見の交換をこれからもお願いします。
そこで、この場をお借りして、宗教について皆さまと議論することは、はたしてこのブログの趣旨と言いますか雰囲気にふさわしいものかどうかは疑問に思うところです。
ご自分が信仰している宗教の負の面を暴露するような記事を見れば、誰でも嫌な思いをすると思います。
どうやら、小生はそれをしてしまったようです。
お気を悪くさせてしまったことを謝りたいと思います。
どうも、申し訳ありませんでした。
あらまさま コメントありがとうございます
私は少しもあらまさんの 宗教に関するコメントに対して不愉快とも 厭な思いも感じません。 むしろ 日本のどこかで 私のどうしようもない落書きを読んでいて下さり、 それにコメントを下さるのをとても 大切に思っています。
一般的に政治、宗教は会話の中から外すのがマナーであると 日本に居るときに知りましたが、 ここアメリカでは 男性の間での事ですが、 初対面ですと、どちらの政党を支持しているかを探ります。 それによって 次の会話、交友を決めるようですね。
趣味の話ほど、違う趣味を持っていたら 面白くない話題ではないですか。同じ趣味だとしても 次に来るのは、どちらが上手かになりますから心に屈託が残ります。お互いに意見の交換をこれからもお願いします。
じゅんたろう さんが投稿「あらま さんの コメントへ 投稿を書き込みました。」
追伸:50万人もの女性が東南アジアへ売られていったという話は、昔、堀田良衛という評論家が文芸春秋に寄稿していたのを思い出しました。しかしそれは「じゃぱゆきさん」や「らしゃめん」といったもう少しあとのことです。長崎が唯一の海外への交流の場になってからのことです。17世紀(1650)ですと日本の人口は僅か2,000万ほどです。キリシタン禁教の真っ只中で外海(そとうみ)へ出ることもまかりならぬ事情でした。大きな船を作ることは国内ではゆるされませんでした。
こっそりと?あの長崎の出島から50万人の人々が、どれほどの期間ででしょうか、出国できたでしょうか。
私の祖先は秋田佐竹藩のキリシタンでした。迫害が及び多くの志士達とルソンへ(フィリピン)逃れました。高山右近がかの地へ流されたのほぼ同時代の1614年頃だと思われます。非常に厳しく詮議され乗船を促されての当時です。しかしどのルートであったかは定かではありません。さて、一時ではなかったにせよそれほど多くの女人が売買されたでしょうか?当時すでに日本はとても農業が盛んになり人手が多く入用な時代になっていました。何しろ戦国時代です。男手は兵に摂られ僅かな田畑を守るのは女子供であったのではないでしょうか。
こっそりと?あの長崎の出島から50万人の人々が、どれほどの期間ででしょうか、出国できたでしょうか。
私の祖先は秋田佐竹藩のキリシタンでした。迫害が及び多くの志士達とルソンへ(フィリピン)逃れました。高山右近がかの地へ流されたのほぼ同時代の1614年頃だと思われます。非常に厳しく詮議され乗船を促されての当時です。しかしどのルートであったかは定かではありません。さて、一時ではなかったにせよそれほど多くの女人が売買されたでしょうか?当時すでに日本はとても農業が盛んになり人手が多く入用な時代になっていました。何しろ戦国時代です。男手は兵に摂られ僅かな田畑を守るのは女子供であったのではないでしょうか。
2009年11月24日火曜日
あらま さんが投稿 [
50万人・・・の根拠は、下記 URL をご参照ください。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nihonchristokyoshico/zinshinbaibaico.htm
ちと、眉唾物でしたね。
さて、愛は盲目と言いますが、小生は真実を直視する勇気がありません。
今でも、家内が怖くて直視できません。
この世が夢物語であるように祈っています。
あらま様 こんにちは 一滴です
これは どなたかの遠吠えのような気がしますけど、 やはり あらまさんには 信憑性を感じますか?
まあ 宜しいでしょう。 これも一つの意見。 言論の自由です。
どうして 奥様が怖いのですか? 取って喰うわけではないでしょう。 人間の肉なんてまずいそうですよ。 とは言いますけど 私もかつて夫婦喧嘩をした後に我が家の亭主殿に云ったことがあります。
「毎日私が作る料理を良く食べられるネ、 少しは怖いと思わない?」って。 それから
「毎晩 私よりも先に眠るけど、 少しは怖いと思ったことない?」ってね。 彼さん ゴクッて生唾飲んでいました。
ついでに 引き出しの中に仕舞ってある一本の未使用の耳かきを見せました。まあ あちらさんが見つけたのですけどね。 見たこともない 妙な耳かきを不思議そうに見ていたので説明しました
「一日耳かき一杯~」
この世が夢物語?? そうです、 「所詮この世は 仮の宿」 人生なんて 短い 短い、 一瞬のうちに青春も躍動も苦しみも消えてしまいます。
あとに残るは むなしさ~ などと云ったら つまらないですけど、 まあ、 どうせ仮の宿 楽しく過ごしましょう。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nihonchristokyoshico/zinshinbaibaico.htm
ちと、眉唾物でしたね。
さて、愛は盲目と言いますが、小生は真実を直視する勇気がありません。
今でも、家内が怖くて直視できません。
この世が夢物語であるように祈っています。
あらま様 こんにちは 一滴です
これは どなたかの遠吠えのような気がしますけど、 やはり あらまさんには 信憑性を感じますか?
まあ 宜しいでしょう。 これも一つの意見。 言論の自由です。
どうして 奥様が怖いのですか? 取って喰うわけではないでしょう。 人間の肉なんてまずいそうですよ。 とは言いますけど 私もかつて夫婦喧嘩をした後に我が家の亭主殿に云ったことがあります。
「毎日私が作る料理を良く食べられるネ、 少しは怖いと思わない?」って。 それから
「毎晩 私よりも先に眠るけど、 少しは怖いと思ったことない?」ってね。 彼さん ゴクッて生唾飲んでいました。
ついでに 引き出しの中に仕舞ってある一本の未使用の耳かきを見せました。まあ あちらさんが見つけたのですけどね。 見たこともない 妙な耳かきを不思議そうに見ていたので説明しました
「一日耳かき一杯~」
この世が夢物語?? そうです、 「所詮この世は 仮の宿」 人生なんて 短い 短い、 一瞬のうちに青春も躍動も苦しみも消えてしまいます。
あとに残るは むなしさ~ などと云ったら つまらないですけど、 まあ、 どうせ仮の宿 楽しく過ごしましょう。
じゅんたろう さんが投稿「あらま さんが コメントを 投稿」にコメントを書き込みました。
あらまさん、今日は、始めまして。いきなり異論で申し訳ありません。
1549年に聖サビエルが日本へキリスト教を伝えるまでこの国では「個人」という考えは認められなく下克上の世でした。
織田信長はそれを見ぬき、新しい日本を見出そうとしていたのではないかと考えます。伊達政宗においても然りです。天正の少年使節は1582年大友、有馬、大村の諸侯が教皇のもとへ使節を送り出しました。一人びとりが人として認識し始めたエポック・メイキングの時でした。
しかし士農工商の世になる手前戦国時代に突入しました。「寺請制度」はキリシタン排除のための戸籍法でした。
お説のようにキリスト教は「圧力団体」ではありません。自分たち信仰の自由を主張しているだけです。人権に対する訴えは圧力と捉えられるかも知れません。しかしカトッリクでは世俗の政治に関与することは禁じられています。
時代により私たちの考えは社会に反するようにも見えることが有ります。第二次世界大戦中、多くのキリスト者が迫害を受けました。それは人権を主張したからです。
ちなみに鳩山首相がモットーとしている「友愛」は"フィル・アデルフォス”と云うギリシャ語でペンシルバニアの首都フィラデルフィアを思い起こします。カトリックではないイギリスからの移民の先駆者ウイリアム・ペンが,命名したことですが当時の新大陸の状況を思い起こすと理解できます。
1549年に聖サビエルが日本へキリスト教を伝えるまでこの国では「個人」という考えは認められなく下克上の世でした。
織田信長はそれを見ぬき、新しい日本を見出そうとしていたのではないかと考えます。伊達政宗においても然りです。天正の少年使節は1582年大友、有馬、大村の諸侯が教皇のもとへ使節を送り出しました。一人びとりが人として認識し始めたエポック・メイキングの時でした。
しかし士農工商の世になる手前戦国時代に突入しました。「寺請制度」はキリシタン排除のための戸籍法でした。
お説のようにキリスト教は「圧力団体」ではありません。自分たち信仰の自由を主張しているだけです。人権に対する訴えは圧力と捉えられるかも知れません。しかしカトッリクでは世俗の政治に関与することは禁じられています。
時代により私たちの考えは社会に反するようにも見えることが有ります。第二次世界大戦中、多くのキリスト者が迫害を受けました。それは人権を主張したからです。
ちなみに鳩山首相がモットーとしている「友愛」は"フィル・アデルフォス”と云うギリシャ語でペンシルバニアの首都フィラデルフィアを思い起こします。カトリックではないイギリスからの移民の先駆者ウイリアム・ペンが,命名したことですが当時の新大陸の状況を思い起こすと理解できます。
2009年11月23日月曜日
あらま さんが投稿を書き込みました。
確かに、どの宗派も悪いことは言わないでよいことばかり言います。
日本でも、17世紀の初頭、キリスト教の布教を名目に、50万人とも言われる日本人女性がキリスト教宣教師らによって人身売買されたといいます。
当時の日本の人口は数百万人でしたから、スゴイ数の日本人女性が連れ去られたことになります。
日本人女性は「良質」ということで、人気があったようです。
(でも、こうしたことは教科書には載せられていません。)
そういうこともあって、キリスト教は日本から排除され、戸籍をしっかり徹底しようと、お寺が利用されたようですね。
アフリカの黒人奴隷も、宣教師らに騙されて欧米に売られていきました。
そうした意味では かつての『Roots』というテレビ番組は衝撃的でした。
つまり、宗教は「両刃の刃」と言うことになると思います。
・・・何か、スゴイ話になりましたね。
信じるものは救われるのか、信じるものは騙されるのか・・・
でも、小生は、喜んで妻に騙されています。
信じるものは、救われているようです。
あらまさん 今日のコメントはとても 刺激的です
あらまさんのコメントにある史実は知りませんでした。50万人の人間の輸送とはいかに大変だったか。 むしろその地方の幕府が外資獲得に関与していたなんて考えてしまいます。これは時代劇小説の読みすぎです。 単純な頭の私はすぐそのような 末端のことを気にしてしまいます。またその50万人の女性がどこの国へ売られたかで、はたまた、日本人の血が入った子供がたくさんその国に流れていることですよ。 これは大変な事です。
そうでした、眠狂四朗も 悪い宣教師のDNAが入っていましたね。
さて 奥様を信じるか? これは 難しい問題です。奥様の何を信じ、騙されていらっしゃるのですか? 奥様からの「愛」「友情」「あきらめ」「惰性」そしてくるのが、「腐れ縁」の生活かナ?
ロジャー ウィティカというアフリカ系歌手の言葉です。
長い人生と結婚の後、自分は妻を愛しているだろうか?と自問して、 いやもう自分にはあの頃の「強い愛」は変化して「私は妻が好きだ」と言える。今、台所で私の為に食事を作っているあの女性が 「とても好き」だ。
「愛」を語るほどに自分には若さも勢いも残っていない、でも 自分はあの女性が「好き」だ。死によって離別されるまで 自分はあの女性がとても「好き」だと云える。
奥様の愛なんて信じることないのです。 でも、あらまさんが奥様を好きならそれでいいのです。 後の事はあまり知ろうとしないことです。
わたしの生きる上でのモットーは「真実は人を傷つける」そして「真実は時と共に変化する」どうでしょうか・真実を知らないから 人生は面白いのです。
日本でも、17世紀の初頭、キリスト教の布教を名目に、50万人とも言われる日本人女性がキリスト教宣教師らによって人身売買されたといいます。
当時の日本の人口は数百万人でしたから、スゴイ数の日本人女性が連れ去られたことになります。
日本人女性は「良質」ということで、人気があったようです。
(でも、こうしたことは教科書には載せられていません。)
そういうこともあって、キリスト教は日本から排除され、戸籍をしっかり徹底しようと、お寺が利用されたようですね。
アフリカの黒人奴隷も、宣教師らに騙されて欧米に売られていきました。
そうした意味では かつての『Roots』というテレビ番組は衝撃的でした。
つまり、宗教は「両刃の刃」と言うことになると思います。
・・・何か、スゴイ話になりましたね。
信じるものは救われるのか、信じるものは騙されるのか・・・
でも、小生は、喜んで妻に騙されています。
信じるものは、救われているようです。
あらまさん 今日のコメントはとても 刺激的です
あらまさんのコメントにある史実は知りませんでした。50万人の人間の輸送とはいかに大変だったか。 むしろその地方の幕府が外資獲得に関与していたなんて考えてしまいます。これは時代劇小説の読みすぎです。 単純な頭の私はすぐそのような 末端のことを気にしてしまいます。またその50万人の女性がどこの国へ売られたかで、はたまた、日本人の血が入った子供がたくさんその国に流れていることですよ。 これは大変な事です。
そうでした、眠狂四朗も 悪い宣教師のDNAが入っていましたね。
さて 奥様を信じるか? これは 難しい問題です。奥様の何を信じ、騙されていらっしゃるのですか? 奥様からの「愛」「友情」「あきらめ」「惰性」そしてくるのが、「腐れ縁」の生活かナ?
ロジャー ウィティカというアフリカ系歌手の言葉です。
長い人生と結婚の後、自分は妻を愛しているだろうか?と自問して、 いやもう自分にはあの頃の「強い愛」は変化して「私は妻が好きだ」と言える。今、台所で私の為に食事を作っているあの女性が 「とても好き」だ。
「愛」を語るほどに自分には若さも勢いも残っていない、でも 自分はあの女性が「好き」だ。死によって離別されるまで 自分はあの女性がとても「好き」だと云える。
奥様の愛なんて信じることないのです。 でも、あらまさんが奥様を好きならそれでいいのです。 後の事はあまり知ろうとしないことです。
わたしの生きる上でのモットーは「真実は人を傷つける」そして「真実は時と共に変化する」どうでしょうか・真実を知らないから 人生は面白いのです。
2009年11月22日日曜日
あらま さんが コメントを 投稿
日本には、土着したキリスト教はあると思います。
いわゆる「隠れキリシタン」ですね。
ひっそりと、でも確実にその信仰を伝えていると思います。
ところで一般に、キリスト教だけでなく、宗教を布教する宗教家と言う人たちは、軍事コンサルタントと言う一面があると思います。
それが、宗教戦争あるいはテロとして現れているような気がします。
それを見抜いた豊臣秀吉とか徳川家康が国防のために、キリスト教を排除し鎖国に至ったようですね。
さらに、それを徹底させるために寺請制度を設けて、檀家制度を敷いてお寺に農民の管理をまかせたわけで、結果的に日本の文化を守ったと思います。
しかし、そうした網をかいくぐって、日本固有のキリスト教が続いているような気がします。
それが、長崎の原爆の時に明らかになったようです。
そして現在、日本固有のキリスト教の人たちは、少数派にもかかわらず、いわゆる「圧力団体」として、政府などに「信教の自由」を強く訴えているような印象を受けます。
信じる者の強さを感じます。
あらま さん こんにちは コメントありがとう ございます
圧力を受けてこそ強くなる、そういう意味では 「隠れキリシタン」の強さは大変なものらしいですね。流された先の五島列島にいらっしゃるそうです。 ご両親が隠れキリシタンの末裔という方の話をサイトで読んだことがあります。
お話によると、農家の方でしたが、 囲炉裏端で明け方の祈りからはじまり、 畑の中での昼の祈り、そして 夜も又 囲炉裏端での祈りは長く、 子供が眠くて体が二つに折れるほどにへたり込んでも、祈りはつづいたそうです。
なるほど、寺請制度ですね。 どの道何故か キリスト教というのは何処の国においても迫害の対象です。 日本しかり、 ローマ時代には 彼らはライオンに喰われていたのですからね。 そして屈強にも残った彼らが 中世期になると 十字軍とか、免罪符とか言っちゃって悪いことばかりしてました。 現在新教と言われる プロテスタントの方々は、ライオンに喰われていた頃の事は話題にせず、 そのあとの免罪符云々の時代を理由にして、 カトリックを忌み嫌います。 プロテスタントも結局は 元の幹は同じところから出て、すなわちご先祖様は同じなのですけど、ある日何処からか 降って湧いた宗派のような事を言いますよ。 アレ~ こんな事書いていいのかナ。 悪口はいけませんネ。
いわゆる「隠れキリシタン」ですね。
ひっそりと、でも確実にその信仰を伝えていると思います。
ところで一般に、キリスト教だけでなく、宗教を布教する宗教家と言う人たちは、軍事コンサルタントと言う一面があると思います。
それが、宗教戦争あるいはテロとして現れているような気がします。
それを見抜いた豊臣秀吉とか徳川家康が国防のために、キリスト教を排除し鎖国に至ったようですね。
さらに、それを徹底させるために寺請制度を設けて、檀家制度を敷いてお寺に農民の管理をまかせたわけで、結果的に日本の文化を守ったと思います。
しかし、そうした網をかいくぐって、日本固有のキリスト教が続いているような気がします。
それが、長崎の原爆の時に明らかになったようです。
そして現在、日本固有のキリスト教の人たちは、少数派にもかかわらず、いわゆる「圧力団体」として、政府などに「信教の自由」を強く訴えているような印象を受けます。
信じる者の強さを感じます。
あらま さん こんにちは コメントありがとう ございます
圧力を受けてこそ強くなる、そういう意味では 「隠れキリシタン」の強さは大変なものらしいですね。流された先の五島列島にいらっしゃるそうです。 ご両親が隠れキリシタンの末裔という方の話をサイトで読んだことがあります。
お話によると、農家の方でしたが、 囲炉裏端で明け方の祈りからはじまり、 畑の中での昼の祈り、そして 夜も又 囲炉裏端での祈りは長く、 子供が眠くて体が二つに折れるほどにへたり込んでも、祈りはつづいたそうです。
なるほど、寺請制度ですね。 どの道何故か キリスト教というのは何処の国においても迫害の対象です。 日本しかり、 ローマ時代には 彼らはライオンに喰われていたのですからね。 そして屈強にも残った彼らが 中世期になると 十字軍とか、免罪符とか言っちゃって悪いことばかりしてました。 現在新教と言われる プロテスタントの方々は、ライオンに喰われていた頃の事は話題にせず、 そのあとの免罪符云々の時代を理由にして、 カトリックを忌み嫌います。 プロテスタントも結局は 元の幹は同じところから出て、すなわちご先祖様は同じなのですけど、ある日何処からか 降って湧いた宗派のような事を言いますよ。 アレ~ こんな事書いていいのかナ。 悪口はいけませんネ。
2009年11月21日土曜日
じゅんたろう さんが投稿「人生いろいろ~世の中いろいろ」にコメントを書き込みました。
心暖まるお話です。ブログの冒頭にありますように全世界でキリスト教、しかもカトリックに対する拒否感がつのっています。基本的に私は信仰はその人の生き方であると考えます。他宗教であろうと排他的であってはなりません。
以前私が神戸にいました頃大阪の愛隣地区で食糧難が起こりました。イエズス会の神父がお一人で起こした「旅路の家」も例外なく困り果てました。私たちは近隣の方々へ一握りのお米の寄付をお願いするキャンペーンを教会学校の子供達としました。何と教会へはこれまで一歩も近づいた事はありませんがという方々からのご寄付が驚くほどありました。特に毎週土曜日、教会近くの真言宗の住職が四、五キロのお米をもってきて下さるのです。檀家の方々へ話した結果なのだそうです。
長男が小学生の時、修学旅行に行くことになりました。学校からの案内では伊勢神宮参拝でした。これまでの公立小学校では普通のことでした。ところが長男は学校へ抗議文を出しました。「僕はカトリックなので伊勢神宮へ行くことにちょっと考えます。別のところでだめでしょうか?」突然担任の先生が我が家へ来られそのことを知りました。それから学年全体で話し合った結果、愛知県犬山の「明治村」に変更されました。
この二つのこと、「こうでなければならない」と決め付ける私たちです。
キリスト教に対する世界の情勢は厳しいものです。でもだからといって他に迎合するのではなく、むしろ歴史ある伝統を内側から見直せば歴史の風雪に耐えてきた姿をあらためて感ずるのでは無いでしょうか。日本では0.01パーセントでしかないキリスト信者数です。当然多くを占める神道、仏教諸施設や信仰にやはり敬意や尊敬を払わ無ければなりません。そこには日本人の文化が染み込み息づき伝えられてきたからです。今こちらでは奈良興福寺の「アシュラ像」が爆発的人気を呼んでいます。アシュラとはアッキラ、アッチラ・・・そして日本語のアキラに変化しています。「光」と云う意味です。私は次男に命名しました。それほど心を打たれる造型だったのです。
じゅんたろうさん コメントありがとう
なるほど、 息子さんの 真剣な気持ち可愛らしいですね。 子供の頃の私もそうでした。 真っすぐ前だけ見て、 周りが少しも見えませんでした。 それゆえ、 小学校、中学の頃は「オマエはアーメンだ」と呼ばれましたね。 でも息子さんの学校側の理解には敬意を表します。
井上洋冶神父、(遠藤周作氏と共にフランスへ留学したカトリックの神父が書いた本です)
「法然 イエスの面影をしばせる人」とういうのがありますが、 その中で氏は キリストと法然の共通性を書いています。もうだいぶ以前に読みましたから 少し記憶が薄いですが。
同じ宗派でも お国柄が出てきて 少しずつ捉え方が違いますね。アメリカ人とお隣の国メキシコの人たちと又ヨーロッパの人たちの捉え方も私の目から見てですが 多少違うようです。宗教に対する生き方が違うのか、 心の中の神の位置ずけが違うように見えます。
ですから 井上神父のおっしゃるように、日本に土着したキリスト教が出来てもよいはずだと思います。でも そういう事を言いながら、現在行われている カトリックの中で猛スピードに進んでいる刷新についていけずに文句を言う私が居るのですから 本当に矛盾しています。 ごめんなさい。
以前私が神戸にいました頃大阪の愛隣地区で食糧難が起こりました。イエズス会の神父がお一人で起こした「旅路の家」も例外なく困り果てました。私たちは近隣の方々へ一握りのお米の寄付をお願いするキャンペーンを教会学校の子供達としました。何と教会へはこれまで一歩も近づいた事はありませんがという方々からのご寄付が驚くほどありました。特に毎週土曜日、教会近くの真言宗の住職が四、五キロのお米をもってきて下さるのです。檀家の方々へ話した結果なのだそうです。
長男が小学生の時、修学旅行に行くことになりました。学校からの案内では伊勢神宮参拝でした。これまでの公立小学校では普通のことでした。ところが長男は学校へ抗議文を出しました。「僕はカトリックなので伊勢神宮へ行くことにちょっと考えます。別のところでだめでしょうか?」突然担任の先生が我が家へ来られそのことを知りました。それから学年全体で話し合った結果、愛知県犬山の「明治村」に変更されました。
この二つのこと、「こうでなければならない」と決め付ける私たちです。
キリスト教に対する世界の情勢は厳しいものです。でもだからといって他に迎合するのではなく、むしろ歴史ある伝統を内側から見直せば歴史の風雪に耐えてきた姿をあらためて感ずるのでは無いでしょうか。日本では0.01パーセントでしかないキリスト信者数です。当然多くを占める神道、仏教諸施設や信仰にやはり敬意や尊敬を払わ無ければなりません。そこには日本人の文化が染み込み息づき伝えられてきたからです。今こちらでは奈良興福寺の「アシュラ像」が爆発的人気を呼んでいます。アシュラとはアッキラ、アッチラ・・・そして日本語のアキラに変化しています。「光」と云う意味です。私は次男に命名しました。それほど心を打たれる造型だったのです。
じゅんたろうさん コメントありがとう
なるほど、 息子さんの 真剣な気持ち可愛らしいですね。 子供の頃の私もそうでした。 真っすぐ前だけ見て、 周りが少しも見えませんでした。 それゆえ、 小学校、中学の頃は「オマエはアーメンだ」と呼ばれましたね。 でも息子さんの学校側の理解には敬意を表します。
井上洋冶神父、(遠藤周作氏と共にフランスへ留学したカトリックの神父が書いた本です)
「法然 イエスの面影をしばせる人」とういうのがありますが、 その中で氏は キリストと法然の共通性を書いています。もうだいぶ以前に読みましたから 少し記憶が薄いですが。
同じ宗派でも お国柄が出てきて 少しずつ捉え方が違いますね。アメリカ人とお隣の国メキシコの人たちと又ヨーロッパの人たちの捉え方も私の目から見てですが 多少違うようです。宗教に対する生き方が違うのか、 心の中の神の位置ずけが違うように見えます。
ですから 井上神父のおっしゃるように、日本に土着したキリスト教が出来てもよいはずだと思います。でも そういう事を言いながら、現在行われている カトリックの中で猛スピードに進んでいる刷新についていけずに文句を言う私が居るのですから 本当に矛盾しています。 ごめんなさい。
2009年11月20日金曜日
あらま さんが投稿「人生いろいろ~世の中いろいろ」にコメントを書き込みました。」
「
日本の場合は、個人主義が浸透しているとはいえ、いまだに「家」とか「血筋」に拘る傾向があるようです。
ですから、自分の血が入っていない子供を、自分の孫と認めることがなかなか出来ないようです。
ところで、日本人のルーツを探ると、男子は必ず初代天皇である神武天皇に辿り着くことになっているようです。
それが大和民族の団結の礎になっているようです。
ウソかホントか知りませんが、もし、それがホントであれば、大和民族は皆同じ血を持っていることになりますから、大和民族の子供であれば、それは皆、自分の孫と同一でありましょう。
同様に、今の人類は、500万年前のアフリカの女性から端を発しているといいます。
それがホントであれば、「人類、皆、兄弟」であります。
ですから、単純に、連れ子であろうが実子であろうが『同じ』ということになるわけです。
つまり、子供は「神の子」というわけですね。
でも、それは感情が許さないと思います。
もし、小生がその立場になれば、実子とそうでない子とは区別、或いは差別してしまうでしょう。
それも、素直な感情だと思います。
でも、人間には理性がありますから、前述のように、全ての子供は神様からの贈り物・・・だと考えれば、子供は全て大切なものですね。
そうして子供を可愛がることも、素直な気持ちだと思います。
でも、実際は、こんな単純なものではないでしょう。
人生は、確かにいろいろですが、そのいろいろに対応できる能力が、ヒトには備わっていると思います。
カントのように「理性を批判」する人もいますが、割り切ることが大切だと自分に言い聞かせています。
年下なのに、ずいぶんと生意気なことを書いてしまい、申し訳ありません。
あらまさん いつもコメントありがとうございます。
宗教のことは全くご存じないとおっしゃりながら、 素晴らしい宗教感覚をお持ちですね。
あらまさんの仰るように「子供は神の子」であって 自分の子供ではない、 神から預かって育てているのだと考えたら、子供を所有物とみなして、その人生をコントロールする事がなくなるでしょうね。
でも女とは 子供を産んだ時から変わり、母性愛の名の下に、 育ててあげた、親孝行しろ、同居、未来の介護要員というふくざつ怪奇な社会に変化します。
年齢的にはいつまで 「理性」が保てるのでしょう。 私はそれが 怖いです。いつか理性が消えて、記憶が消えて、羞恥心も消えて、ついでに我欲も依存心も食欲もなくなってくれればこれほど有難いことはないです。 その時は 「あっそ~だ 自分も又 神の子なのだ」と想い出して無垢な気持ちにもどってから人生を終わりたいです。
日本の場合は、個人主義が浸透しているとはいえ、いまだに「家」とか「血筋」に拘る傾向があるようです。
ですから、自分の血が入っていない子供を、自分の孫と認めることがなかなか出来ないようです。
ところで、日本人のルーツを探ると、男子は必ず初代天皇である神武天皇に辿り着くことになっているようです。
それが大和民族の団結の礎になっているようです。
ウソかホントか知りませんが、もし、それがホントであれば、大和民族は皆同じ血を持っていることになりますから、大和民族の子供であれば、それは皆、自分の孫と同一でありましょう。
同様に、今の人類は、500万年前のアフリカの女性から端を発しているといいます。
それがホントであれば、「人類、皆、兄弟」であります。
ですから、単純に、連れ子であろうが実子であろうが『同じ』ということになるわけです。
つまり、子供は「神の子」というわけですね。
でも、それは感情が許さないと思います。
もし、小生がその立場になれば、実子とそうでない子とは区別、或いは差別してしまうでしょう。
それも、素直な感情だと思います。
でも、人間には理性がありますから、前述のように、全ての子供は神様からの贈り物・・・だと考えれば、子供は全て大切なものですね。
そうして子供を可愛がることも、素直な気持ちだと思います。
でも、実際は、こんな単純なものではないでしょう。
人生は、確かにいろいろですが、そのいろいろに対応できる能力が、ヒトには備わっていると思います。
カントのように「理性を批判」する人もいますが、割り切ることが大切だと自分に言い聞かせています。
年下なのに、ずいぶんと生意気なことを書いてしまい、申し訳ありません。
あらまさん いつもコメントありがとうございます。
宗教のことは全くご存じないとおっしゃりながら、 素晴らしい宗教感覚をお持ちですね。
あらまさんの仰るように「子供は神の子」であって 自分の子供ではない、 神から預かって育てているのだと考えたら、子供を所有物とみなして、その人生をコントロールする事がなくなるでしょうね。
でも女とは 子供を産んだ時から変わり、母性愛の名の下に、 育ててあげた、親孝行しろ、同居、未来の介護要員というふくざつ怪奇な社会に変化します。
年齢的にはいつまで 「理性」が保てるのでしょう。 私はそれが 怖いです。いつか理性が消えて、記憶が消えて、羞恥心も消えて、ついでに我欲も依存心も食欲もなくなってくれればこれほど有難いことはないです。 その時は 「あっそ~だ 自分も又 神の子なのだ」と想い出して無垢な気持ちにもどってから人生を終わりたいです。
2009年11月19日木曜日
あらま さんが投稿「人生いろいろ~世の中いろいろ」にコメントを書き込みました。
またまたお邪魔します。
小生は宗教のことは全く分りませんが、神も仏もサンタクロースも信じるものだと思っています。
信じていれば、たとえ故人であってもその人の心の中で生き続けるのと同じようなものだと思います。
さて、息子さん、婚約されたのですね。
おめでとうございます。
小生のところの愚息も先日、婚約しました。
ところで、10年ほどまえ、小生の従弟も2人の子供を持った年上の女性と結婚しました。
ところが、その従弟の母親、つまり小生の叔母はその結婚を今でも認めず、連れ子を孫とは認めようとしません。
結局、叔母はその娘さん夫婦を家に入れて継がせ、長男夫婦とは別居しています。
ところが、その娘さんの夫が家を出てしまったのです。
その夫は、婿に入るために結婚したわけではない・・・という考え方のようです。
なかなか叔母さんの思うように行かないようです。
そこで、その叔母さんが、長男のお嫁さんの連れ子を「サンタさんからの贈り物」と思えたら、素晴らしいと思います。
あらまさん こんにちは
ありがとうございます。そうです 息子は婚約しました。 そしてご多分にもれず現在一緒に住んでいます。 それが良い事かどうかはもう私には分からなくなりました。 それと二人の子供の父親もやっています。 女の子はもう 14歳、ティーン エージャーです。下の男の子は 9歳。家庭の中に入り込んだ息子の事をその男の子は 学校の作文の中で 「僕のお父さん」と書いているそうですから うまく行っているのでしょう。
母の日のカードの中に こんなことが息子の字で 書いてありました。
Thank you for everything for putting up with me, during good time and bad time.
Having children under my care 、I now know what I put you through…
いい時 悪い時 こんな自分を支えてくれて ありがとう。
子供と暮らしてみて、親が通った道の大変さが 今 分かりました。
恥ずかしいのですが このカードを読んで涙が出ました。
決してまっすぐな道を歩かず、 水たまりを見つけてはそこに足を入れ、学校の教師からの呼び出し数では記録保持者の息子でした、 やはり 険しい道を選んだようです。彼らの先を楽観していません、でも、息子の人生です。彼らの愛の巣は尊重しようと思います。
小生は宗教のことは全く分りませんが、神も仏もサンタクロースも信じるものだと思っています。
信じていれば、たとえ故人であってもその人の心の中で生き続けるのと同じようなものだと思います。
さて、息子さん、婚約されたのですね。
おめでとうございます。
小生のところの愚息も先日、婚約しました。
ところで、10年ほどまえ、小生の従弟も2人の子供を持った年上の女性と結婚しました。
ところが、その従弟の母親、つまり小生の叔母はその結婚を今でも認めず、連れ子を孫とは認めようとしません。
結局、叔母はその娘さん夫婦を家に入れて継がせ、長男夫婦とは別居しています。
ところが、その娘さんの夫が家を出てしまったのです。
その夫は、婿に入るために結婚したわけではない・・・という考え方のようです。
なかなか叔母さんの思うように行かないようです。
そこで、その叔母さんが、長男のお嫁さんの連れ子を「サンタさんからの贈り物」と思えたら、素晴らしいと思います。
あらまさん こんにちは
ありがとうございます。そうです 息子は婚約しました。 そしてご多分にもれず現在一緒に住んでいます。 それが良い事かどうかはもう私には分からなくなりました。 それと二人の子供の父親もやっています。 女の子はもう 14歳、ティーン エージャーです。下の男の子は 9歳。家庭の中に入り込んだ息子の事をその男の子は 学校の作文の中で 「僕のお父さん」と書いているそうですから うまく行っているのでしょう。
母の日のカードの中に こんなことが息子の字で 書いてありました。
Thank you for everything for putting up with me, during good time and bad time.
Having children under my care 、I now know what I put you through…
いい時 悪い時 こんな自分を支えてくれて ありがとう。
子供と暮らしてみて、親が通った道の大変さが 今 分かりました。
恥ずかしいのですが このカードを読んで涙が出ました。
決してまっすぐな道を歩かず、 水たまりを見つけてはそこに足を入れ、学校の教師からの呼び出し数では記録保持者の息子でした、 やはり 険しい道を選んだようです。彼らの先を楽観していません、でも、息子の人生です。彼らの愛の巣は尊重しようと思います。
2009年11月18日水曜日
人生いろいろ~世の中いろいろ
昨今の流れで 欧州および米国では キリスト教への批判が高まっている。 キリスト教と言ってもこれは カトリックが主体になって 反キリスト教的動きが大きい。
この米国でも 一般メディアとか 商業世界では クリスマスを ハッピー ホリデー と呼び変えられていることは以前のこのブログで書いた。
私自身は 5-6歳のときよりカトリックの社会に居たので、12月24日のイエズス キリストの生誕日をクリスマスとして祝ってきたことへ何の不思議も感じなかった。むしろ 実家の母が仏教的仕来りを一切家庭内に取り入れなかったことのほうが驚きであった。
仏教信仰の家庭に生まれ育った母が 三十代後半になって教育を受け始めたカトリックの信仰もまだ浅く、日曜日に時たま教会のミサへ行く程度の母が 町会内のお祭りの寄付が来ても、 お正月の門松の集金が来ても 「宅はカトリックですから」と断っていた。 そんな 過去への切り捨ての勇気と決断に頭が下がる思いだった。というよりも、 町内が祝う祭りへ参加が出来なかった事が幼い私たちの気持ちを暗くした。
いいよね、お母さんは子供の頃はとっぷりと日本の習慣を楽しみ、 子供たちへは苦もなくご法度の令を下す母へ心の中で恨んでいた。
しかしここに訂正させて頂くが、 カトリックは 他宗教への心情は許されている。しかし私たちが教育を受け始めた頃は 神社仏閣への参拝などは 避けたほうが良いという誤解されて布教されていたのが残念である。 その人の気持ちがそう思うのであれば 参拝も良し、 寄付も良し、 ご焼香もありである。 実際そうあるべきだと思い。 他宗教を参拝したら自分の信仰が揺らぐのであれば そんな信仰はやめればよい。それよりも 他宗教への尊敬が持てなくて何がキリスト教だと言いたい。
しかし 私が育った頃の日本のクリスマスとは 「クリスマス デコレーシオン ケーキ」の一言に尽きる。白あり、水色あり(すいません あの頃は ブルーなんて言わなかった)丸いケーキの周りをヨーロッパの城のごとくにクリームで飾り付け、 なぜか ローソクが立っていたのもあった。
ちなみに私は一度だけ あのケーキを食べたことがある。 カトリックを主張していた母なのに あのデコレーシオン ケーキは 決して買わなかった。 あれは 銀座で呑み歩いている父親族が ご帰宅のときに 子供へのお土産として 銀座の街角で買って帰る品なのだと説明された。 ゆえに 私たちの父親も一度だけ あの 「デコレーシオン ケーキ」を持って帰宅してくれた。 あの甘さは なかなかのものであった。
米国に住むようになってから クリスマスの観念が180度変わった。 家族の集まりの時。 離れて暮らしている家族が帰宅する時。 豪華ではないが、 家族一同で 思い切り食べるとき。 それに伴う、 クリスマスプレゼントという 一年間の想いを兼ねた贈り物の季節となる。 日本のお中元、お歳暮、藪入り、正月が一度に来ると思えば簡単である。 もちろんその前に 感謝祭という 11月第4木曜日の祝日が来るが。
そのプレゼントを子供たちは サンタクロースという白い髭のおじいさんが持って来てくれることになる。
娘が小学生の時に真に真剣な目をして 「ママ~ サンタクロースなんて本当は居ない。 あれは作り話だって 本当?」 と訊いたことがある。 さて困ったナ と思ったら中学生だった 息子が助け舟をだしてくれた。 「自分はサンタクロースを信じるヨ。 「サンタが居ると自分で信じるからサンタがプレゼントを持って来てくれるのでしょ」 「信じるから来るので 信じなかったら クリスマスなんて なくてもいいじゃない」 確かその年だったと思いう、 私たちの多忙から ツリーの飾り付けが遅れていたのを 息子に指摘された。 「早く飾らないと プレゼントを置く場所が無くて サンタが困るから」「If you believe it will come」まさにこれである。
時々想うのだが、 たまたま巡り逢った恋人が離婚経験者で 二人の子持ちだった故に、その二人の子供を丸抱えで受け入れて、婚約したあの息子は かつて自分のモットーとしていた 「信じれば来る」の気持ちをまだ持ち続けているだろうか。
この米国でも 一般メディアとか 商業世界では クリスマスを ハッピー ホリデー と呼び変えられていることは以前のこのブログで書いた。
私自身は 5-6歳のときよりカトリックの社会に居たので、12月24日のイエズス キリストの生誕日をクリスマスとして祝ってきたことへ何の不思議も感じなかった。むしろ 実家の母が仏教的仕来りを一切家庭内に取り入れなかったことのほうが驚きであった。
仏教信仰の家庭に生まれ育った母が 三十代後半になって教育を受け始めたカトリックの信仰もまだ浅く、日曜日に時たま教会のミサへ行く程度の母が 町会内のお祭りの寄付が来ても、 お正月の門松の集金が来ても 「宅はカトリックですから」と断っていた。 そんな 過去への切り捨ての勇気と決断に頭が下がる思いだった。というよりも、 町内が祝う祭りへ参加が出来なかった事が幼い私たちの気持ちを暗くした。
いいよね、お母さんは子供の頃はとっぷりと日本の習慣を楽しみ、 子供たちへは苦もなくご法度の令を下す母へ心の中で恨んでいた。
しかしここに訂正させて頂くが、 カトリックは 他宗教への心情は許されている。しかし私たちが教育を受け始めた頃は 神社仏閣への参拝などは 避けたほうが良いという誤解されて布教されていたのが残念である。 その人の気持ちがそう思うのであれば 参拝も良し、 寄付も良し、 ご焼香もありである。 実際そうあるべきだと思い。 他宗教を参拝したら自分の信仰が揺らぐのであれば そんな信仰はやめればよい。それよりも 他宗教への尊敬が持てなくて何がキリスト教だと言いたい。
しかし 私が育った頃の日本のクリスマスとは 「クリスマス デコレーシオン ケーキ」の一言に尽きる。白あり、水色あり(すいません あの頃は ブルーなんて言わなかった)丸いケーキの周りをヨーロッパの城のごとくにクリームで飾り付け、 なぜか ローソクが立っていたのもあった。
ちなみに私は一度だけ あのケーキを食べたことがある。 カトリックを主張していた母なのに あのデコレーシオン ケーキは 決して買わなかった。 あれは 銀座で呑み歩いている父親族が ご帰宅のときに 子供へのお土産として 銀座の街角で買って帰る品なのだと説明された。 ゆえに 私たちの父親も一度だけ あの 「デコレーシオン ケーキ」を持って帰宅してくれた。 あの甘さは なかなかのものであった。
米国に住むようになってから クリスマスの観念が180度変わった。 家族の集まりの時。 離れて暮らしている家族が帰宅する時。 豪華ではないが、 家族一同で 思い切り食べるとき。 それに伴う、 クリスマスプレゼントという 一年間の想いを兼ねた贈り物の季節となる。 日本のお中元、お歳暮、藪入り、正月が一度に来ると思えば簡単である。 もちろんその前に 感謝祭という 11月第4木曜日の祝日が来るが。
そのプレゼントを子供たちは サンタクロースという白い髭のおじいさんが持って来てくれることになる。
娘が小学生の時に真に真剣な目をして 「ママ~ サンタクロースなんて本当は居ない。 あれは作り話だって 本当?」 と訊いたことがある。 さて困ったナ と思ったら中学生だった 息子が助け舟をだしてくれた。 「自分はサンタクロースを信じるヨ。 「サンタが居ると自分で信じるからサンタがプレゼントを持って来てくれるのでしょ」 「信じるから来るので 信じなかったら クリスマスなんて なくてもいいじゃない」 確かその年だったと思いう、 私たちの多忙から ツリーの飾り付けが遅れていたのを 息子に指摘された。 「早く飾らないと プレゼントを置く場所が無くて サンタが困るから」「If you believe it will come」まさにこれである。
時々想うのだが、 たまたま巡り逢った恋人が離婚経験者で 二人の子持ちだった故に、その二人の子供を丸抱えで受け入れて、婚約したあの息子は かつて自分のモットーとしていた 「信じれば来る」の気持ちをまだ持ち続けているだろうか。
2009年11月13日金曜日
タイチー 2
習い始めたらもう終ってしまった感じのする タイチー だが、一応ワン レッスンが昨晩で終了。実際一週間に1.5時間で何が習えるのかと考えれば、期待をしないほうが良い。
それにこのカンフー氏はよくしゃべる。 タイチー半分、お話半分。 タイチーとは全く関係ない話へと延々と広がっていく。 それでも一応は中国の武術の話を好んでするが、チャン だのワンだの そのまま言葉を言うが、歯が欠けているのかと心配するほどに なんか空気が漏れたような発音ではわからない。 もともとが こちらの人は、このカンフー氏のことだけではない、 外国語への無神経な感覚と 発音の悪さと好き勝手なイントネーシオンをつけるからさっぱりわからない。カラオケ をカリオケ 、すき焼を シュキヤキ式で発音されると困る。 まさか そこの黒板へ漢字を書いてくれともたのめないし~。
アッ いけない、少なくとも 何かを指導してもらった 教師にこのような事を言ってはいけないのだ。
ごめんなさい。
12名で始めたクラスの落ちこぼれが一人だから、カンフー氏はいとも ご満悦である。 流れるようなあの動きが自分のものになったか?と訊かれたら、「ダメでした」と即答が出る。 プロのダンサーは数時間で振り付けを会得するらしいが、 どうして 私はあの動きが覚えられないのだろうと、そのほうが 不思議だ。 言わせて頂ければ、クラスの10名が同じである。 休憩中の会話で知ったのだが、 中の二人は このカンフー氏のクラスにもう一年近く通っているそうだ。 フン それにしては あまり 私たちと違いがない。しかしそれ以来彼らの動きを見ていたら、確かに他の人達とは 多少違う。 カット見開いてカンフー氏を追っていなくても 動いている。 美しく流れるような とは 違うが、まあ、よろしいのではないだろうか。一年ネ~。
昨晩の最後のレッスンで どうやら 何となく、いくらか 水の流れのように とはいかなくても全員が同じ方向を向いて、 同じ側の手を出して??終了したと思う。 さて 次である。 もちろん 一人で出来るか? 出来ない。 絶対に出来ない。 覚えていない。 しかし、次のクラスは一月からだそう。 さて困った。 一週間したら 忘れる年齢の私は一月まで待ったら又 初心者に戻る。なるほどそうやって 商売が成り立つわけか。
Googleで調べたら、 案外あちこちで タイチークラスがあるらしい。 さっそく来週は他のクラスを調べてみるつもり。 我が家から遠くない箇所に一つ、新しく出来た サッカー球場のジムの中でも中国人が教えていると聞いた。 これは 退職者向けだそうだ。 故に月曜日の朝だとか。 また 私の仕事場の近くに中国のお寺があるのだが、 そこでもクラスがあるそう。 私の知人がかつて参加したが 「呼吸法が出来ていない。 腹で呼吸をセイ!」となんども注意されて、彼女出来ないものは出来ない、と止めてしまったお寺である。 でもそこも調べてみよう。 だって 自分の為いだもの。 腹で呼吸セイってどなられないように気をつけよう。
それにこのカンフー氏はよくしゃべる。 タイチー半分、お話半分。 タイチーとは全く関係ない話へと延々と広がっていく。 それでも一応は中国の武術の話を好んでするが、チャン だのワンだの そのまま言葉を言うが、歯が欠けているのかと心配するほどに なんか空気が漏れたような発音ではわからない。 もともとが こちらの人は、このカンフー氏のことだけではない、 外国語への無神経な感覚と 発音の悪さと好き勝手なイントネーシオンをつけるからさっぱりわからない。カラオケ をカリオケ 、すき焼を シュキヤキ式で発音されると困る。 まさか そこの黒板へ漢字を書いてくれともたのめないし~。
アッ いけない、少なくとも 何かを指導してもらった 教師にこのような事を言ってはいけないのだ。
ごめんなさい。
12名で始めたクラスの落ちこぼれが一人だから、カンフー氏はいとも ご満悦である。 流れるようなあの動きが自分のものになったか?と訊かれたら、「ダメでした」と即答が出る。 プロのダンサーは数時間で振り付けを会得するらしいが、 どうして 私はあの動きが覚えられないのだろうと、そのほうが 不思議だ。 言わせて頂ければ、クラスの10名が同じである。 休憩中の会話で知ったのだが、 中の二人は このカンフー氏のクラスにもう一年近く通っているそうだ。 フン それにしては あまり 私たちと違いがない。しかしそれ以来彼らの動きを見ていたら、確かに他の人達とは 多少違う。 カット見開いてカンフー氏を追っていなくても 動いている。 美しく流れるような とは 違うが、まあ、よろしいのではないだろうか。一年ネ~。
昨晩の最後のレッスンで どうやら 何となく、いくらか 水の流れのように とはいかなくても全員が同じ方向を向いて、 同じ側の手を出して??終了したと思う。 さて 次である。 もちろん 一人で出来るか? 出来ない。 絶対に出来ない。 覚えていない。 しかし、次のクラスは一月からだそう。 さて困った。 一週間したら 忘れる年齢の私は一月まで待ったら又 初心者に戻る。なるほどそうやって 商売が成り立つわけか。
Googleで調べたら、 案外あちこちで タイチークラスがあるらしい。 さっそく来週は他のクラスを調べてみるつもり。 我が家から遠くない箇所に一つ、新しく出来た サッカー球場のジムの中でも中国人が教えていると聞いた。 これは 退職者向けだそうだ。 故に月曜日の朝だとか。 また 私の仕事場の近くに中国のお寺があるのだが、 そこでもクラスがあるそう。 私の知人がかつて参加したが 「呼吸法が出来ていない。 腹で呼吸をセイ!」となんども注意されて、彼女出来ないものは出来ない、と止めてしまったお寺である。 でもそこも調べてみよう。 だって 自分の為いだもの。 腹で呼吸セイってどなられないように気をつけよう。
2009年11月11日水曜日
あらま さんが投稿しました
楽しいおしゃべりをありがとうございます。
それにしても、今のアメリカにとって、厄介者は中国ではなくて日本みたいですね。
いままで従順だったのが、チェンジしたら反抗的になった・・・。
日本がアメリカのポチなのか、アメリカが日本の番犬なのかは分りませんが、少なくとも、一滴さまの文章を読ませていただく限り、アメリカは日本の番犬ではなさそうですね。
また、日本も忠犬ポチから脱皮しようとしています。
これから、どういう関係になっていくのでしょうか・・・。
でも、アメリカに敗れて以来、日本人はそれがトラウマになっていることは事実です。
忠犬から脱皮しても、猛犬にはなれないと思います。
もしかしたら、日本は猫になってしまうかもしれませんよ。
家の中で丸くなって・・・
あらまさん おはようございます
日本は猫になる。 良いですね。我が家の猫君は大きな態度で大人を顎で命令します。
猫が居るから したくもない家の掃除をして、したくもない洗濯を毎週して、いっそ 毛の抜ける時期には バリカンで体中の毛を剃ってしまいたいです。
一般に犬は忠犬ですが、 猫は尊大で我ままで、お天気やで、いつも人の腕の長さの外に座りますね。触られたくないからでしょうが、あの距離感の才能は見上げたものです。気分がのると膝に乗って。日本国は猫、懐に入りこむけれど、決して操は許さない。首に綱はつけさせない、あくまでも自由。それでいて愛される。私猫好きです。
それにしても、今のアメリカにとって、厄介者は中国ではなくて日本みたいですね。
いままで従順だったのが、チェンジしたら反抗的になった・・・。
日本がアメリカのポチなのか、アメリカが日本の番犬なのかは分りませんが、少なくとも、一滴さまの文章を読ませていただく限り、アメリカは日本の番犬ではなさそうですね。
また、日本も忠犬ポチから脱皮しようとしています。
これから、どういう関係になっていくのでしょうか・・・。
でも、アメリカに敗れて以来、日本人はそれがトラウマになっていることは事実です。
忠犬から脱皮しても、猛犬にはなれないと思います。
もしかしたら、日本は猫になってしまうかもしれませんよ。
家の中で丸くなって・・・
あらまさん おはようございます
日本は猫になる。 良いですね。我が家の猫君は大きな態度で大人を顎で命令します。
猫が居るから したくもない家の掃除をして、したくもない洗濯を毎週して、いっそ 毛の抜ける時期には バリカンで体中の毛を剃ってしまいたいです。
一般に犬は忠犬ですが、 猫は尊大で我ままで、お天気やで、いつも人の腕の長さの外に座りますね。触られたくないからでしょうが、あの距離感の才能は見上げたものです。気分がのると膝に乗って。日本国は猫、懐に入りこむけれど、決して操は許さない。首に綱はつけさせない、あくまでも自由。それでいて愛される。私猫好きです。
2009年11月10日火曜日
あらま さんが「遠足 2」にコメントを書き込みました。」」にコメントを書き込みました。
>現在の日本は武器を持たなければ、核を持たなければ、世界から襲われることはない。が基本でしたね。
そんなことはないですよ。
そんな考え方をしているのは、日本ではサヨクなどの一部の人間で、多くの日本人は、「丸腰」に危機感を抱いています。
貴国のマッカーサーの作った「日本国憲法」に「武器を持たない」と記されているから、仕方がないので貴国の武器にこの国の運命を委ねているだけです。
もっと簡単に改憲ができるのなら、既にいろいろな条文が改められていたかも知れませんが、なにしろ改憲条項のハードルが余りにも高すぎて、現実的に改憲不可能な憲法です。
さて、日本はハーグ条約に批准していないので、離婚したら子供を連れて実家に帰ることが出来るのでしょうね。
ところで、日本も年金制度とか法律が変わって、離婚しやすくなりました。
そんなわけで、熟年離婚が一般的になり、捨てられた初老の男性が巷に溢れています。
小生も、いつ捨てられるや知れぬとヒヤヒヤしている次第です。
> 男なんて 舌先三寸でどうでもナルンヤ、 甘い顔みせるナ~
それは、一滴さまが素敵な女性だからそう言えるのだと思います。
小生も年頃の男女の子供を持つ親です。
先日、長男が求婚されて結婚することになりました。
それを見ていた小心者の長女は、彼氏に交際を求める勇気が出ずに悩んでいます。
昔は、男性の方から近寄っていたのですが・・・。
あらまさん こんにちは
昨晩友人夫婦が我が家へ食事に見えました。 彼の奥さんは戦後父親が将校としてて家族共々日本に駐屯していた人です。時々その様な経験を持つ人に会うことがあります。皆様一応に日本での幼児の頃の想い出を話します。そしてそれが 皆素晴らしい想い出なのです。 彼らの極楽気分での話を訊いていますと、 時には「アホイエ、その頃の私たちは食べる物も乏しい生活をしていたんだゾ~なにを夢物語を言うか。」と言い返したくなります。 ただ わが亭主殿から 「頼むから思っている事を全部口に出さないでくれ」と言われますので 我慢していますけどね。言葉の上での日米戦争は私にとっては朝飯前です。
昨晩の食事中の会話の中で、 もし日本が北朝鮮などからの奇襲を受けたときに、 本当に米国は条約通りに保護してくれるのか? と質問しました。
その時の我が家の客人の答えは一言「現在のオバマ政権では まず保護できないでしょう、また保護しないと思います。 国内の過去の条例を片端から変えているのが現状です。40年50年前の条約は、オバマ大統領にとっては 過去の遺物以外の何物でもないでしょう。 日本は核を持つべきだし、 軍備をすべきです」いとも鮮やかなる回答でした。実はこの質問はここ5年ほどまえから 機会を見ては 白人系アメリカ人に訊き続けているのです。そして残念なことに返事は皆同じです。 日本は自分で守る為の軍備をすべきだと。
でも憲法があると言いますと。 自国の生存の為に憲法をどうして変えないのかとも返事が戻ってきます。単細胞のアメリカ人の思考であることですけどね。また日本人ほどに、安保条約の知識を持ち合わせていません。 それが怖いのです。
イラクから40、000の兵の要請が出ているそうですが、オバマ氏はその決断を延期しています。 自国の兵士への援軍も出さない大統領が50年前から続いている日米条約を元に日本国民の為に出兵する姿が私には見えません。
自分の頭の上のハエを追うのに一生懸命なのが現在の米国です。失業率12%となった州もありこれからクリスマスへ向かって、15%と上がる州もあるそうです。その人口が失業保険の窓口へ殺到しますから、また税金は上がるでしょう。そこで企業側が失業保険の支払額が上がりそれを維持できない小企業がまた潰れます。 この国は75%が中小企業で成り立っている国です。でも政府から援助金を受けるのは大企業ばかり。まあ、これは零細企業(自営業)を営む私たちの「ゴマメの歯ぎしり」ですけどね。
>改憲条項のハードルが余りにも高すぎて、現実的に改憲不可能な憲法です。<
ハードルは乗り越えるため にあり、規則は破る為にある。 これは誰の言葉でしたかね。 憲法は時代と共に変化が必要ではないですかね。元首も4年毎に変わり、 その国の政変も年々変わります。 またその国々に生きている若き青年たちの生き方も思想にも変化があります。
少しおしゃべりが行き過ぎたようでしたら お許し下さい。
そんなことはないですよ。
そんな考え方をしているのは、日本ではサヨクなどの一部の人間で、多くの日本人は、「丸腰」に危機感を抱いています。
貴国のマッカーサーの作った「日本国憲法」に「武器を持たない」と記されているから、仕方がないので貴国の武器にこの国の運命を委ねているだけです。
もっと簡単に改憲ができるのなら、既にいろいろな条文が改められていたかも知れませんが、なにしろ改憲条項のハードルが余りにも高すぎて、現実的に改憲不可能な憲法です。
さて、日本はハーグ条約に批准していないので、離婚したら子供を連れて実家に帰ることが出来るのでしょうね。
ところで、日本も年金制度とか法律が変わって、離婚しやすくなりました。
そんなわけで、熟年離婚が一般的になり、捨てられた初老の男性が巷に溢れています。
小生も、いつ捨てられるや知れぬとヒヤヒヤしている次第です。
> 男なんて 舌先三寸でどうでもナルンヤ、 甘い顔みせるナ~
それは、一滴さまが素敵な女性だからそう言えるのだと思います。
小生も年頃の男女の子供を持つ親です。
先日、長男が求婚されて結婚することになりました。
それを見ていた小心者の長女は、彼氏に交際を求める勇気が出ずに悩んでいます。
昔は、男性の方から近寄っていたのですが・・・。
あらまさん こんにちは
昨晩友人夫婦が我が家へ食事に見えました。 彼の奥さんは戦後父親が将校としてて家族共々日本に駐屯していた人です。時々その様な経験を持つ人に会うことがあります。皆様一応に日本での幼児の頃の想い出を話します。そしてそれが 皆素晴らしい想い出なのです。 彼らの極楽気分での話を訊いていますと、 時には「アホイエ、その頃の私たちは食べる物も乏しい生活をしていたんだゾ~なにを夢物語を言うか。」と言い返したくなります。 ただ わが亭主殿から 「頼むから思っている事を全部口に出さないでくれ」と言われますので 我慢していますけどね。言葉の上での日米戦争は私にとっては朝飯前です。
昨晩の食事中の会話の中で、 もし日本が北朝鮮などからの奇襲を受けたときに、 本当に米国は条約通りに保護してくれるのか? と質問しました。
その時の我が家の客人の答えは一言「現在のオバマ政権では まず保護できないでしょう、また保護しないと思います。 国内の過去の条例を片端から変えているのが現状です。40年50年前の条約は、オバマ大統領にとっては 過去の遺物以外の何物でもないでしょう。 日本は核を持つべきだし、 軍備をすべきです」いとも鮮やかなる回答でした。実はこの質問はここ5年ほどまえから 機会を見ては 白人系アメリカ人に訊き続けているのです。そして残念なことに返事は皆同じです。 日本は自分で守る為の軍備をすべきだと。
でも憲法があると言いますと。 自国の生存の為に憲法をどうして変えないのかとも返事が戻ってきます。単細胞のアメリカ人の思考であることですけどね。また日本人ほどに、安保条約の知識を持ち合わせていません。 それが怖いのです。
イラクから40、000の兵の要請が出ているそうですが、オバマ氏はその決断を延期しています。 自国の兵士への援軍も出さない大統領が50年前から続いている日米条約を元に日本国民の為に出兵する姿が私には見えません。
自分の頭の上のハエを追うのに一生懸命なのが現在の米国です。失業率12%となった州もありこれからクリスマスへ向かって、15%と上がる州もあるそうです。その人口が失業保険の窓口へ殺到しますから、また税金は上がるでしょう。そこで企業側が失業保険の支払額が上がりそれを維持できない小企業がまた潰れます。 この国は75%が中小企業で成り立っている国です。でも政府から援助金を受けるのは大企業ばかり。まあ、これは零細企業(自営業)を営む私たちの「ゴマメの歯ぎしり」ですけどね。
>改憲条項のハードルが余りにも高すぎて、現実的に改憲不可能な憲法です。<
ハードルは乗り越えるため にあり、規則は破る為にある。 これは誰の言葉でしたかね。 憲法は時代と共に変化が必要ではないですかね。元首も4年毎に変わり、 その国の政変も年々変わります。 またその国々に生きている若き青年たちの生き方も思想にも変化があります。
少しおしゃべりが行き過ぎたようでしたら お許し下さい。
2009年11月9日月曜日
あらま さんが「遠足 2」にコメントを書き込みました。」
なるほど、現場感覚では、武器所有は武器使用の抑止力になっているのですね。
そうした意味では、夫が妻に武器を持たせよとする気持ちが分りますね。
それでも武器を持つことを嫌がる妻。
男の心理と女の心理の違いなんでしょうか。
実際に肌で子供を育てる女性の感覚では、武器で命を落とすなんて、あまりにも愚かに思うのでしょうね。
そうは言っても、人間には狩猟の延長とされる闘争本能がありますから、戦うことが好きな性格は無くせないでしょう。
ところが、最近の日本の男性は「草食化」してきて、襲ったり争うことを嫌う傾向があるようで、それが問題になっているようです。
女性に関心を示さないとか、一生懸命働かないとか・・・。
戦争をしないことはいいことかもしれませんが、男性の本質が抜かれてしまうと、女性の方も困ってしまいますね。
あらまさん こんにちは
まだ二人の子供の子育てで無我夢中の頃でしたが、 我が家の主人は出張が多、く留守がちの自分が子どもたちを守ってあげられないことがとても不安だったようです。 そこで ある日ピストルを引き出しの中へ入れて、 万が一、人が家の中へ侵入したときは これを使うように
「母親が自分の意思で武器を使わず、殺されるのはアナタの自由だけど、私の子供たちは守ってほしい。親が子供を守らなくては親ではない。 又、わたしが殺されて盾になるなどと愚かなことは考えないように。 殺人鬼というものは 母親を殺したあとに子供たちを生かしてくれると思はないように。」これは少し痛かったです。
有難いことに、そのピストルは一度も使う必要なくいまも同じ引き出しにあります。 あらまさん 考え方の違いですね。
現在の日本は武器を持たなければ、 核を持たなければ 世界から襲われることはない。が基本でしたね。 ただ世界中の国々が同じ考えであってくれることを祈るばかりです。
日本男子の「草食化」は私もウエブで読んでいます。 また 「読売小町」という途方もない女性専門の相談室を時々覗かせて頂いていますが、 現在の日本の女性は私の記憶にある日本とはだいぶかけ離れていますね。
男子草食化は仕方がないと思います。 女性群は男性に求め過ぎます。長い恋愛期間に終止符を打つたり、婚約破棄、夫の不倫に対してあいての女性への、女性側から 慰謝料が請求できるなんて 驚きです。
このテキサスでは 離婚しても 妻は慰謝料が請求できません。 慰謝料とは 女性が一人で生活不可能なための援助金ですから、 女性の位置の高いこのテキサスでは 慰謝料は女性を侮辱することなのだそうです。 ところが カリフォルニアなどの リベラルな土地では 慰謝料が未だ存在するそうです。
離婚率は高いですし、片親の子供も多いですが、 養育費の取り損ねもずいぶん解除されて来ました。 離婚裁判の結果、養育費は裁判官によって決められますし、 支払側は裁判所を通して相手側に渡されますので、一度でも滞納があると 即刑務所で一晩お泊りとなります。身近なところで 私のこちらの義弟が一泊しています。 その代り、養育権が母親にあるとしても、父親の子供との面会などを母親が回避すると即養育費に影響が出ます。
先日TVで話題なっていたのが、日本女性が欧米の男性と離婚、即、子供を連れて日本へ帰国するケースでした。 養育権を維持しても、養育費は受け取っても、 相手側が子どもに面会が出来なくなる、他州への移動が許されないのもアメリカです。 母親が転勤で他州へ移動したとたんに子供の養育権がはく奪されたケースを最近見ました。 それゆえ、 日本へ帰国してしまうなど、父権(親権)無視もはなはだしいというわけです。
男子草食化からとんでもない方向に来てしまい申し訳ありません。でも男女平等が激しく進んでいるこの国ですからどこかで「男性の権利も保護」され始めているわけですね。
私にも息子が居ます。 秋男35歳。 「もっとしっかりセイ~、女なんかに負けるナ~、俺をなめるナ~と言ってやれ~」とどやしつけてあげたいこともありますが、また片一方で、娘の直美に「男なんて 舌先三寸でどうでもナルンヤ、 甘い顔みせるナ~」と戒めています。
そうした意味では、夫が妻に武器を持たせよとする気持ちが分りますね。
それでも武器を持つことを嫌がる妻。
男の心理と女の心理の違いなんでしょうか。
実際に肌で子供を育てる女性の感覚では、武器で命を落とすなんて、あまりにも愚かに思うのでしょうね。
そうは言っても、人間には狩猟の延長とされる闘争本能がありますから、戦うことが好きな性格は無くせないでしょう。
ところが、最近の日本の男性は「草食化」してきて、襲ったり争うことを嫌う傾向があるようで、それが問題になっているようです。
女性に関心を示さないとか、一生懸命働かないとか・・・。
戦争をしないことはいいことかもしれませんが、男性の本質が抜かれてしまうと、女性の方も困ってしまいますね。
あらまさん こんにちは
まだ二人の子供の子育てで無我夢中の頃でしたが、 我が家の主人は出張が多、く留守がちの自分が子どもたちを守ってあげられないことがとても不安だったようです。 そこで ある日ピストルを引き出しの中へ入れて、 万が一、人が家の中へ侵入したときは これを使うように
「母親が自分の意思で武器を使わず、殺されるのはアナタの自由だけど、私の子供たちは守ってほしい。親が子供を守らなくては親ではない。 又、わたしが殺されて盾になるなどと愚かなことは考えないように。 殺人鬼というものは 母親を殺したあとに子供たちを生かしてくれると思はないように。」これは少し痛かったです。
有難いことに、そのピストルは一度も使う必要なくいまも同じ引き出しにあります。 あらまさん 考え方の違いですね。
現在の日本は武器を持たなければ、 核を持たなければ 世界から襲われることはない。が基本でしたね。 ただ世界中の国々が同じ考えであってくれることを祈るばかりです。
日本男子の「草食化」は私もウエブで読んでいます。 また 「読売小町」という途方もない女性専門の相談室を時々覗かせて頂いていますが、 現在の日本の女性は私の記憶にある日本とはだいぶかけ離れていますね。
男子草食化は仕方がないと思います。 女性群は男性に求め過ぎます。長い恋愛期間に終止符を打つたり、婚約破棄、夫の不倫に対してあいての女性への、女性側から 慰謝料が請求できるなんて 驚きです。
このテキサスでは 離婚しても 妻は慰謝料が請求できません。 慰謝料とは 女性が一人で生活不可能なための援助金ですから、 女性の位置の高いこのテキサスでは 慰謝料は女性を侮辱することなのだそうです。 ところが カリフォルニアなどの リベラルな土地では 慰謝料が未だ存在するそうです。
離婚率は高いですし、片親の子供も多いですが、 養育費の取り損ねもずいぶん解除されて来ました。 離婚裁判の結果、養育費は裁判官によって決められますし、 支払側は裁判所を通して相手側に渡されますので、一度でも滞納があると 即刑務所で一晩お泊りとなります。身近なところで 私のこちらの義弟が一泊しています。 その代り、養育権が母親にあるとしても、父親の子供との面会などを母親が回避すると即養育費に影響が出ます。
先日TVで話題なっていたのが、日本女性が欧米の男性と離婚、即、子供を連れて日本へ帰国するケースでした。 養育権を維持しても、養育費は受け取っても、 相手側が子どもに面会が出来なくなる、他州への移動が許されないのもアメリカです。 母親が転勤で他州へ移動したとたんに子供の養育権がはく奪されたケースを最近見ました。 それゆえ、 日本へ帰国してしまうなど、父権(親権)無視もはなはだしいというわけです。
男子草食化からとんでもない方向に来てしまい申し訳ありません。でも男女平等が激しく進んでいるこの国ですからどこかで「男性の権利も保護」され始めているわけですね。
私にも息子が居ます。 秋男35歳。 「もっとしっかりセイ~、女なんかに負けるナ~、俺をなめるナ~と言ってやれ~」とどやしつけてあげたいこともありますが、また片一方で、娘の直美に「男なんて 舌先三寸でどうでもナルンヤ、 甘い顔みせるナ~」と戒めています。
じゅんたろう さんが投稿「遠足 2」にコメントを書き込みました。
結構楽しそうな遠足でしたね。銃を使うような目に合わなくて・・ ・、というのは投稿しようとしたらテキサスの基地で銃乱射、 直ぐまたフロリダの事件です。ああ、 アメリカは恐ろしいと言うところですが、 日本でも銃を使わないまでも練炭や睡眠薬で数人の男性を殺した3 4歳女性の事件や、 35歳女性のどうやら6人もの男性を殺した鳥取県の事件などがこ こ数日新聞やTVで報じられています。
それだけでなく、毎日のように殺人のニュースが流れる日々です。
「汝殺すなかれ」。もし私がピストルの携帯を許され、 しかも相手も銃を持っており立ち向かわ無ければならないとしたら 如何するかと考えました。
相手も殺したとしたらこの掟を犯すことになります。しかし、 私が躊躇し相手が先に銃を発射し私が殺されても相手に「殺す」 という罪を犯させることになるのではないだろうかとややっこしい ことを考えました。
結構楽しそうな遠足でしたね。銃を使うような目に合わなくて・・
それだけでなく、毎日のように殺人のニュースが流れる日々です。
「汝殺すなかれ」。もし私がピストルの携帯を許され、
相手も殺したとしたらこの掟を犯すことになります。しかし、
じゅんたたろうさんこんにちは
まず、フォ-ト フードの基地の殺人は 昨晩時点の報告ですと、まだ 殺人を犯した兵士は昏睡状態です。この兵士は アメリカ生まれですが イスラム教、心理学医のインターンです。この五月に前線への出兵が決まっていたそうです、医師補助ということですから 前線で銃を持って戦うことはないそうです。 でも 「イスラム教は戦争を認めず、イスラムがイスラムを殺すことは許されていないから~」と日頃から話していたとか。
イスラム教のことは別に置いておいて、 殺されそうになったから 相手を殺す。 どちらにしても殺人ですが、 自分の身を守る為の殺人は自己防衛になりますね。 もし、 殺されることが分かっていて、あえて殺されることは 「神から預かっている命を粗末にする」となりませんかね。 あるいは 「目前にある殺人へ身をゆだねる」のは 自殺行為に入りますか?。
そのような意味から、私の気持ちの中にはいつもあるのは、イエズス キリストが 汚名を着たまま人類の愛の為に 自分の身を十字架の道へ歩いたことは、ひとつの自殺行為に入らないだろうか と言うことです。 主の力で逃れることが出来た相手側の殺人を させた行為は なんだったのだろう。
「モーゼの十戒」の中の、「汝殺すなかれ」これは 自殺行為も入ります。 ここで 私の考えは止まるのです。 キリストが十字架に掛けられなければならない理由として、
旧約聖書を成就させるため。 人類の罪を担うため。 神の人類への愛の証明―ですね。
神がすべての人類の罪を担って十字架の磔を受けても、 少しもこの世の中から 罪は無くなっていません。 むしろ最近の世の中では 普通の人間では考えられないような理由から 親を子供を、伴侶を殺します。 「このフォ-ト フードの兵士はもしこのまま亡くなれば、 自爆テロ行為を憎きアメリカ兵にしたことで、あの世では 73人の処女を手にして 永遠の密を味わえることなのだそうです。それも彼らの宗教の教えです。
私の軟弱な思考能力では理解できないことです。 「この世の罪を除きたまえ」と祈るより仕方がないでしょう。なんか キリスト教から破門されそうなことを書きましたが。どのみち「隠れキリシタン」の最中ですから許してくださいませ。
2009年11月6日金曜日
あらま さんが投稿「遠足 2」にコメントを書き込みました。
こんにちは、お邪魔します。
楽しく拝見させていただいております。
3人集まれば、日本では「かしまし娘」。 アメリカでは「チャーリー。エンジェルズ」ってところでしょうか?
それよりも更に1人多いのですから、。さぞ賑やかな旅だったでしょうね。
とにかく、運転に集中しなくても無事にご帰還されたことは、アメリカの広さを感じます。
「思い立ったら吉日」。また、楽しい思い出を作ってくださいね。
さて、アメリカは銃社会ということで物騒ですね。
ハンドバッグが危ないとなると、 普段、女性は、どこにピストルを携帯しているのでしょうか?
ボンドガールのように、御足にホルダーを巻きつけて、そこに拳銃を納めているのでしょうか?
…なんて、 よからぬ想像をしてます。
あらま様 投稿ありがとうございます。 鍛冶屋のブログ、毎日楽しませてもらっています。
ご質問の 女性の携帯場所は私も知りません。 やはりバッグが、車の何処かへ仕舞うのでしょうか。でも今はナイフを保持しても入れない建物がありますから 難しいでしょうね。
数年前になりますが、ある警察官が自分の奥さんに銃携帯をさせていたそうです。 その奥さんがレストランで食事中に店内に強盗が乱入。全員をテーブルの下へ伏せるように威嚇した強盗は店主に銃を突きつけて現金を要求していたとき、 その警察官の奥さんがテーブルの下から「私は銃を持っています。 今からそれを使います。 私にはアナタ(強盗)が良く見えます」と大声で怒鳴ったそうです。
その間抜けな強盗は、見回しても何処から聞こえて来たか分からず、現金を盗る前に逃げたとか。嘘か真か分からない話ですが、結局基本になることは、相手も武器を持っているから 自分の武器を使うのが怖い。 なんか 核戦争の話しみたいですけど、これが現実のようです。
楽しく拝見させていただいております。
3人集まれば、日本では「かしまし娘」。 アメリカでは「チャーリー。エンジェルズ」ってところでしょうか?
それよりも更に1人多いのですから、。さぞ賑やかな旅だったでしょうね。
とにかく、運転に集中しなくても無事にご帰還されたことは、アメリカの広さを感じます。
「思い立ったら吉日」。また、楽しい思い出を作ってくださいね。
さて、アメリカは銃社会ということで物騒ですね。
ハンドバッグが危ないとなると、 普段、女性は、どこにピストルを携帯しているのでしょうか?
ボンドガールのように、御足にホルダーを巻きつけて、そこに拳銃を納めているのでしょうか?
…なんて、 よからぬ想像をしてます。
あらま様 投稿ありがとうございます。 鍛冶屋のブログ、毎日楽しませてもらっています。
ご質問の 女性の携帯場所は私も知りません。 やはりバッグが、車の何処かへ仕舞うのでしょうか。でも今はナイフを保持しても入れない建物がありますから 難しいでしょうね。
数年前になりますが、ある警察官が自分の奥さんに銃携帯をさせていたそうです。 その奥さんがレストランで食事中に店内に強盗が乱入。全員をテーブルの下へ伏せるように威嚇した強盗は店主に銃を突きつけて現金を要求していたとき、 その警察官の奥さんがテーブルの下から「私は銃を持っています。 今からそれを使います。 私にはアナタ(強盗)が良く見えます」と大声で怒鳴ったそうです。
その間抜けな強盗は、見回しても何処から聞こえて来たか分からず、現金を盗る前に逃げたとか。嘘か真か分からない話ですが、結局基本になることは、相手も武器を持っているから 自分の武器を使うのが怖い。 なんか 核戦争の話しみたいですけど、これが現実のようです。
2009年11月4日水曜日
遠足 2
どしゃぶり雨がつづく毎日だが、雨にも負けずに家を出て~ 集合地まで一緒と Bさんを迎えにいった、Bさんが何やらご主人と雨の中で 小競り合いをしている。 あれ!何か問題が出たかナ?
なんと Bさんのご主人は 女性ばかりの一泊旅行を心配して 奥様のハンドバックの中へ小型ピストルを入れようとしていたそうだ。 「そんなのいらないわよ」と突っぱねて車に乗り込むBさんは 「まったくも~」といともおかんむり。
分かる! 我が家の亭主もかつて外出などには私にピストルの携帯を要求、いや懇願していた。
冗談じゃない、 よからぬ奴は真っ先にバッグを取り上げるのに、 「すいません、 バッグは持って行って好いですけど、中のピストルは返して下さい、 そうすれば アナタが撃てますから」とでも云うのだろうか? 年に何回かは射撃の練習にも引っ張っていかれたけれど 私はあの爆音が嫌いなので もう止めた。あの音は肌に合わないし、この年齢になったら そのような事件勃発状態のときは もうかまわない 殺してもらう、そのほうが簡単である。しかしこれが アメリカなのだ。
Cさんのお宅に集合、彼女は 一人留守番する旦那様へ ワンちゃんの散歩の指導で忙しい。
要介護のワンちゃんがもう椅子の上へも上がれないとかで、しっかりとお尻を持って手伝ってあげることなど説明していた。
Aさんの旦那様は自営業だったが、最近退職して奥様にレクサスのSUVを買ってくれた。 まだフルタイムで仕事をするAさんから、私の内助の功で買えたのよと反論が出るかもしれないが。
Aさん運転のレクサスへ全員乗りこむ、その頃から 女性軍のオーラに雨は姿を消してくれた。出発と同時にAさんが宣言する。
「主人がね、 アナタが運転するなら、女性郡の会話には加わるナ、会話に耳を傾けるナ、 お友達に運転中は話しかけるナとお願いしなさい と云っていました」。私達も一斉に頭を立てに振って 「ハイ 了解」
そして一路西へ向けて四人は止まることなき会話を続行したのです。
人口36,000 の小さな町 New Braunfels 歴史的建物とGruene(Comminityと呼ばれるドイツ村。
けれど、ナビゲーターのBさんの誘導先は今回の主になるイベントである世界三大ショッピング モールの一つ factory outlet store がこの町に在る。外国へ行かなくても揃えられる世界のブランド商品の店が200店以上。スターバックでのコーヒー一杯で私たちの買い物勤行は7時間続いた。
ドイツ風料理も食べた、ドイツ ソーセージもお土産に買った、つかみ合いもせず、 怒鳴りあいもなし、「タノシイネ~」の言葉連発の遠足は無事終わり、帰路は次の目的地の話し合いを始めた私達の遠足は成功だったのだろう
なんと Bさんのご主人は 女性ばかりの一泊旅行を心配して 奥様のハンドバックの中へ小型ピストルを入れようとしていたそうだ。 「そんなのいらないわよ」と突っぱねて車に乗り込むBさんは 「まったくも~」といともおかんむり。
分かる! 我が家の亭主もかつて外出などには私にピストルの携帯を要求、いや懇願していた。
冗談じゃない、 よからぬ奴は真っ先にバッグを取り上げるのに、 「すいません、 バッグは持って行って好いですけど、中のピストルは返して下さい、 そうすれば アナタが撃てますから」とでも云うのだろうか? 年に何回かは射撃の練習にも引っ張っていかれたけれど 私はあの爆音が嫌いなので もう止めた。あの音は肌に合わないし、この年齢になったら そのような事件勃発状態のときは もうかまわない 殺してもらう、そのほうが簡単である。しかしこれが アメリカなのだ。
Cさんのお宅に集合、彼女は 一人留守番する旦那様へ ワンちゃんの散歩の指導で忙しい。
要介護のワンちゃんがもう椅子の上へも上がれないとかで、しっかりとお尻を持って手伝ってあげることなど説明していた。
Aさんの旦那様は自営業だったが、最近退職して奥様にレクサスのSUVを買ってくれた。 まだフルタイムで仕事をするAさんから、私の内助の功で買えたのよと反論が出るかもしれないが。
Aさん運転のレクサスへ全員乗りこむ、その頃から 女性軍のオーラに雨は姿を消してくれた。出発と同時にAさんが宣言する。
「主人がね、 アナタが運転するなら、女性郡の会話には加わるナ、会話に耳を傾けるナ、 お友達に運転中は話しかけるナとお願いしなさい と云っていました」。私達も一斉に頭を立てに振って 「ハイ 了解」
そして一路西へ向けて四人は止まることなき会話を続行したのです。
人口36,000 の小さな町 New Braunfels 歴史的建物とGruene(Comminityと呼ばれるドイツ村。
けれど、ナビゲーターのBさんの誘導先は今回の主になるイベントである世界三大ショッピング モールの一つ factory outlet store がこの町に在る。外国へ行かなくても揃えられる世界のブランド商品の店が200店以上。スターバックでのコーヒー一杯で私たちの買い物勤行は7時間続いた。
ドイツ風料理も食べた、ドイツ ソーセージもお土産に買った、つかみ合いもせず、 怒鳴りあいもなし、「タノシイネ~」の言葉連発の遠足は無事終わり、帰路は次の目的地の話し合いを始めた私達の遠足は成功だったのだろう
登録:
コメント (Atom)